「いい天気だね」
「そうだな」
昼下がり。二月の少し寒さが和らいだ日の光が、部屋に入り込んでいる。ローテーブルに二つ並んだコーヒーが立てる香りが、燐音の気持ちを和やかにさせた。
「たまにはこんな日があってもいいね、心が安らぐよ」
「そうだな」
「ふふっ、兄さん、さっきから同じ言葉しか返してくれないね」
「っはは、そうだな?」
燐音は笑いながらクッキーをつまんだ。ホットケーキミックスの味がするそれは、燐音が初めて焼いたお菓子だ。口の中でさくさくと溶けていくクッキーは、初めてにしては上出来だ、と燐音は評価した。一彩も兄に倣い、ひとつ手にとる。幸せそうにゆっくり食べる様に、燐音は笑いながら言った。
「そんな大事に食わなくったって、また作ってやるよ」
「本当? 楽しみにしてるね」
「おう。お前もなんか作ってくれよ」
「なにがいいかい?」
そう言われ、燐音は首をひねった。会話の流れでついお願いしてしまったが、お菓子作りの難易度は分からないのだ。変に難しいのを頼むのもなんだかと考えて、
「じゃあ小麦粉からつくったクッキーを食わせてくれ」
「いいよ。チョコチップやココア生地をつくっても楽しいね。型はなかったはずだから、今度買いに行こう」
燐音のリクエストに笑った一彩は、楽しげにスマートフォンをとりだした。燐音がその肩に寄りかかって画面を覗くと、様々なクッキーのレシピが並んでいる。気が早い弟だな、と思いながら、適当に指さした。
「これニキがよく作ってた」
「アイシングクッキーだね。僕にもできるかな」
「お前はなんでもできる」
「なんでもはできないよ」
「いや、できる」
燐音は一彩の肩を抱いて、乱暴に頭を撫でた。あはは、と聞こえる笑い声に気をよくして、そのまま寝技をかけようと足をひっかけた。さすがに気づいた一彩が、抵抗すべく引きはがしにかかる。二人どたばたとじゃれあって、ごろりとラグの上へ寝転がった。
窓から差し込む光が、暖かに二人を照らす。その光に包まれて、燐音はふぁあとあくびを一つ漏らした。続けざまに一彩も大きな口をあけてあくびをしたから、二人目を合わせて笑う。
「うつったな」
「うつったね」
「どうしてうつるんだろうな」
「さぁ。…いい天気だね」
「そうだなぁ、昼寝にはもってこいだ」
「兄さん、仕事してたんじゃないの」
「んぁ? いいのいいの。別に今日明日までとかじゃねぇし」
「そう」
燐音は体をずらして弟が横になるスペースを作った。一彩がごろりと横になったのを確認して、目を閉じる。すこしだけあけていた窓から入るすっきりとした風が気持ちいい。街の雑音と、カーテンが揺れる音。一彩の手が背中に回るのを感じながら、心地よい空気の中、燐音はゆっくりと眠りに落ちた。