ジューンブライド六月
「ジューンブライド」
ツアーの合間のことだった。夕方から行われるライブ前のちょっとした休憩時間。燐音はぶらりと散歩に出ていた。まだ夏とは言えないこの時期は散歩にちょうどいい。
ふらふらと大通りを通り過ぎ、適当に路地へと入る。時刻はおやつ時に差しかかる頃。店の看板はスイーツでいっぱいだ。ライブ前に少しくらいならいいかもしれない。そう考えながら歩いていると、通りを抜けてしまった。歩く先に静かな住宅街が見えてきて、燐音は引き返そうと踵を返した時だった。
ふと、遠くから鐘の音が聞こえた。高らかに鳴り響くそれが、通りを覆う。燐音は音の方向へと足を向けた。きっと、これは祝福を表している。だって六月なのだから。
角を曲がったところに、その鐘はあった。白い教会を模した建物を守るように、高い柵が世界の境界線を引いている。階段に並んだたくさんの人たち。明るい笑顔で、花弁を両手に持って扉を見つめている。燐音は柵の隙間から、ひっそりと見守った。
やがて、スタッフが扉をゆっくりと開けた。白いリボンとたくさんの花で彩られ、細やかな彫刻を施された扉から、純白の美しい衣装に身を包んだ二人が現れる。はにかむような笑顔をみせて、ゆっくりと歩みだした。
「おめでとう」
「幸せになってね」
たくさんの言葉と花びらを浴びながら、階段を下りていく二人はとてもまぶしかった。燐音はその白さに目を細め、邪魔しないようにと柵から離れた。
来た道を戻りながら、スマートフォンを取り出して、一番上に出てきた連絡先を見つめる。燐音の一番大切な人。差し伸べられたその手を燐音が取るまでには時間がかかったが、今ではそれでよかったのだと思っている。
「あ、」
画面を閉じようとしたとき、着信音と共に、先ほどまで見つめていた名前が表示された。そのタイミングの良さに、燐音は笑いながら電話に出る。
「よぉ、弟くん」
『ウム、兄さん。今大丈夫だったかな』
「大丈夫だぜ。タイミング良すぎて、近くにいるのか疑ってる」
『えっ、今はいつものスタジオにいるよ』
「おーそうか。休憩中?」
『そうなんだ。ふと兄さんの声が聞きたくなってね。ライブは夕方からだったはずだし、大丈夫だろうと思って』
電話したんだ、という一彩に、燐音はそうか、と答えた。
「今散歩してたとこ」
『こっちは雨だけれど、そっちはどうだい?』
「超晴れてる。結婚日和って感じ」
燐音の言葉に、首をかしげたらしい一彩が『結婚日和?』と尋ねた。燐音は笑いながら、結婚式を見てきたことを話した。
『へぇ。素敵な結婚式だろうね』
「あぁ、幸せそうに笑っちゃって、こっちまで幸せ気分っしょ」
『ふふ、それは僕も見てみたかったな。……ねぇ、兄さん』
「ん?」
『兄さんがツアー終わって時間ができたら、……。いや、なんでもないよ』
「言いかけたんなら言えよ」
『帰ってきたら言うことにする。じゃ、もう休憩終わるからまたね。今日のライブも頑張って』
「おう。お前も仕事がんばれよ」
『ウム。またね』
「またな」
プツン、と通話が切れる。燐音はスマートフォンをポケットにしまい、路地へ入った。一彩が言おうとしていたことは予想がつく。それをやめたことも。きっと、帰ってきてから面向かって言うべきだと考えたのだろう。間接的に攻めても燐音には分からない、と彼は知っている。
くっくっく、と喉を鳴らしながら、燐音はとある看板に足を止めた。季節ではないが、きっとおいしいはずだ。ライブの集合時間にはまだ間に合うし、とそのカフェへ入る。案内されたテラス席に座って、燐音はケーキセットを指さした。
「ケーキはどれになさいます?」
「モンブランで」