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    torinokko09

    @torinokko09
    ♯♯一燐ワンドロシリーズはお題のみお借りしている形になります。奇数月と偶数月で繋がってますので、途中から読むと分かりにくいかもです。

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    torinokko09

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    五月一週目「想像、妄想」

    ##一燐ワンドロ

    きらきらと輝いて五月

    「妄想、想像」

     隣に座る弟が、手元にある銀色のカギをぎゅうっと握りしめた。開いては閉じ、その感触を確かめる。先ほどから何度も繰り返す行為に、燐音は思わずそのカギを取り上げた。
    「あっ」
    「鍵は没収~」
    「兄さん!」
     ひょいと取り上げた鍵を、高く持ち上げる。取り返そうとする一彩の手を避けて、右へ、左へ。ふらふらと宙を舞う銀色の合鍵を夢中で追いかける弟に、燐音はあきれてものも言えなくなった。
     五月の新緑が輝くころ、燐音は寮をでて一人暮らしを始めた。ESにほど近いマンションで、隣と高いフェンスで仕切られた小さな庭付きの一階の角部屋。上層はファミリー向けになっていて、治安もいい。リノベーションされて新しい空気をまとったこの部屋へ、燐音は荷物を運びこんで自分の居城とした。
     一彩を呼んだのは、引っ越しが落ち着いて、たまたま休みがかぶったからだ。二月にマロングラッセで告白され、三月にあいまいな返事をして以来、一彩は熱心に燐音へアタックしている。初デートだった花見では、行き道から燐音の手を握ってリードしては赤面させた。一緒に食べたお団子も、きれいだった花も、思い出すたびそのすべてを一彩の顔と声で塗り替えられる。デートを思い出して唸った燐音の手を、一彩がぐいと引っ張った。
    「つかまえたよ! これは渡さない!」
    「あーはいはい」
     数度のごはんデートのあと、燐音は一彩に一人暮らしをはじめると伝えた。すると、一彩が自分も一緒に住みたいと騒ぎだしたのだ。わめく姿は完全に弟の挙動で、デートだ何だと言い抜かしていた男はどこだ、と燐音は顔をしかめた。お前はまだ未成年だし、寮に暮らして社会勉強しろ、と燐音は二人暮らしを断って、代わりに一彩に用意していた合鍵を渡した。それからずっとあれは鍵をみつめてはにやにやしている。いい加減にしろ、これもデートなんだろうが、と言いたくなる衝動をぐっとこらえ、燐音は奪われないようにと両手で鍵を隠した一彩にデコピンした。
    「ばぁか」
    「嬉しい」
    「鍵一本くらいで喜ぶなよ」
    「だって、兄さんに許された証拠じゃないか」
    「許すも何も、身内に鍵くらい渡すっつーの」
    「ここは兄さんの部屋だ」
    「そうだけどよ」
     このままではらちが明かない。押し問答になるだけだ、と燐音はあきらめてコーヒーをすすった。都会に出てから覚えたこの味は、燐音の舌を落ち着かせる。慣れ親しんだ味に鳴らした鼻歌とは反対に、一彩は苦い顔で同じコーヒーを口につけた。
    「無理すんなよ」
    「僕も飲めるようになる」
    「おまえ、辛いのも大丈夫なくせにこれはダメなのな」
    「飲めないわけじゃないさ。ただ、好き好んで飲もうと思わないだけだ」
    「じゃ、好きに飲まなかったらいい」
    「うるさい」
     ぷい、と顔をそむけた一彩が、「香りは好きなんだよ」と小さく反論した。普段との声のボリュームの差に、燐音は思わず噴き出した。
    「あはっ、そんなにムキになるなよ、ほら、牛乳と砂糖もってきてやっから」
     燐音はそう言って、自身のコーヒーカップを置いて立ちあがった。キッチンに立ち、冷蔵庫から牛乳パックを取り出す。風呂上がりには牛乳だよ! と元気よく教えてくれた姿を思い出して、ちらりとソファに座る弟を見た。コーヒーカップを置いた弟はまた鍵を見つめていて、燐音はふ、と息を吐いた。そんなに気に入ってくれたのなら、まぁ嬉しくないわけはない。小さいころ、どんぐりや昆虫を見せては同じような顔をしていたな、と懐かしい記憶がよみがえる。鍵に夢中な弟のコーヒーカップに砂糖と牛乳を注いで、燐音は一彩に話しかけた。
    「はい、お子様にはコーヒー牛乳だ」
    「ム、それは大人もよく飲む飲料だよ」
    「はいはい、そうだな。俺っちもたまに飲むよ」
    「お風呂上りにもいいんだよ」
    「そーかよ。あとはフルーツ牛乳とかな」
    「あれも美味しかった」
     前に連れて行ってもらった銭湯に置いてあったんだ、と一彩は銭湯の話を始めた。隣に座り、話を聞く。きらきらと楽しそうに話す一彩の表情に、燐音は嬉しくなった。この顔がずっと見たかったんだ。抑圧された仮面のような弟よりも、断然いい。燐音はふわりとほほ笑んだ。すると一彩の口がぴたりと止まる。急に止んだ会話に、燐音は首をかしげてたずねた。
    「一彩?」
    「…いや、なんでもないよ」
    「じゃあなんでやめたんだよ」
     俺になんかついてたか? と尋ねるも、頬を真っ赤にした一彩は黙って首を振った。そわそわとコーヒー牛乳をくちにつけ、手元のカギをいじっている。その行動が気になって、燐音はもう一度追求した。
    「言ってみろよ」
    「いや、その。その、ね」
     一彩はきょろきょろと視線をさまよわせて、鍵をギュッと握りしめた。
    「さっき、鍵を見ながら思ったんだ」
    「僕と兄さんが二人暮らしを、その、同棲という形でするようになったら。兄さんはどういう風に笑うのかなって」
    「その頃はきっと、僕らは長く愛し合っているだろうから。優しさをたっぷり詰め込んだ瞳で僕を見てくれたらいいな、なんて想像していたら、」
     想像通りの瞳を今見せてくれたから、としりすぼみに告白した一彩の妄想に、燐音は首まで真っ赤にして目をそらした。
     五月の新緑の緑がきらきらと輝いている。あぁ、これは新しい始まりなのかもしれない、と燐音は自身の心境が変化するだろう様を思い浮かべた。
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