「このスパイスの香りも、きっと忘れてしまう」
最後の夜、賑やかだったオンボロ寮が静まり返っていて、彼女の声はやけに大きく響いた。談話室のソファに座ったまま俯く俺の髪を一房持ち上げて唇を寄せた監督生は少しだけ寂し気だ。それが、気に食わない。泣いてしまえよ、たったそれだけの気持ちなのか、なんて、八つ当たりをしたくなる。
「・・・随分と薄情なんだな」
彼女の指から落ちていく髪が首筋をくすぐる。影が揺れる。月明かりが照らす肌は淡く光っている。
「私も忘れたくないけど」
「本当に?」
「ジャミル先輩ごと持って帰りたい」
寂し気な顔のまま、小さく肩を上げてくすりと笑った彼女は少しだけ目を伏せた。
「でも出来ないから」
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