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    NANO

    @bunnysmileplan1

    置き場
    もしくはデ④推しさんの名前でメディア検索するとだいたい出てくる。

    ⚠⌚裏🐼
    ⚠passは一話のキャプション

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🐼 🐼 🐼 🐼
    POIPOI 36

    NANO

    ☆quiet follow

    まだ下書き状態

    電子の星俺達の世界の半分はすでに電子で出来ている。
    欲しいものや見たいものの大半はネットで手に入るし、良いものも悪いものもネットワークの世界にはごろごろ転がっていて、それはリアルと何も変わらない。
    ネット社会は人間が抱えた闇を覗き見るにはお手軽で、誰もが悲劇の傍観者になれる。
    でも次にその悲惨な目に遭う主人公になるのは、他でもないあんた自身かもしれない。
    悪魔はいつだって人間の心の隙を狙ってる。アンダーグラウンドに潜む狂気に飲み込まれるか、はたまた足掻いて戦うか。人生の分かれ道は案外身近なところにあるものだ。

    『前を見ろ!!』
    俺が山田一郎から受け取った教訓。
    あの日、上手く割り切っては生きられない人間が闇で足掻くことを覚えた一幕。
    今回の物語もそんな悪あがきのストーリー。社会の中で何者にもなれないまま項垂れていた一人の青年が、正真正銘の負け犬になる物語だ。



    谷ケ崎が持つスマートフォンに不可解なメッセージが届いたのは昨日のことだ。

    >闇から生まれたデスペラード諸君へ
    >良い仕事がある。俺のダチを探してくれ
    >お前ら、ちょっとは名の知れた犯罪者なんだろ
    >俺に協力するなら それなりに金はくれてやってもいい
    >言っておくがこれはお願いじゃない
    >お前らのする返事はイエスのみだ
    >DOWNLOSER

    「…………。」
    暇な奴がいたものだ。
    谷ケ崎はこのメッセージを特に気に止めず無視していた。
    しかし、今日になってまた別のメッセージが送られてきて、谷ケ崎はようやく他の三人に文面を見せることにした。

    >おい無視してんじゃねえ
    >お前らが脱獄してからどこに潜伏してきたのか俺は全部分かってるんだからな
    >返事を寄越さねえならお前らの居場所ネットに晒してやる
    >俺は本気だ 後悔するぞ
    >即時レス希望
    >DOWNLOSER

    ファミリーレストランの一角。
    D4はボックス席で夕飯を取っていた。
    不意に谷ケ崎が掲げて見せてきたスマートフォンの画面を、三人はなんだと覗き込む。
    見せられたその文面に有馬は盛大に苛立ち、眉間に皺を寄せる。
    「あ?んだこれ」
    「ダウンルーザー。負け犬ですか」
    時空院も呆れた声色で息をつく。
    「暇な方がいるものですねえ」
    「昨日も同じ名前で送られてきた」
    ほら、と谷ケ崎は昨日のメッセージも呼び出して見せる。そうやって四人で画面を見ていると、ちょうど次のメッセージが送られてきた。まるで見られていることが分かっているかのようなタイミング。

    >D4の皆様へ
    >数々の無礼 お許しください
    >どんな口調がいいのか分からなかったんです
    >どうか皆さんの知恵と力を貸して頂けないでしょうか
    >友達を助けたいんです。どうか直接お話させてください
    >ハスラーが停めてある駐車場で お待ちしています
    >DOWNLOSER

    前二通に比べて やけに下手に出た文章に変わっていた。ネットの弊害だ。人との距離感が分からなくなってしまっている。
    「情緒不安定かコイツ」
    「そうでなくてはこんなメール送ってはこないでしょう」
    「……おかしいですよね」
    そこで初めて、ふむと考え込んでいた燐童が手を挙げた。
    「どうしてこのスマホが僕らの手にあることが分かってるんです?」
    D4が持っている端末はすべて"盗品"もしくは足のつかない"飛ばし携帯"だ。名義はまったく別人。一定期間使えばすぐに機種を変えているし、赤の他人が"D4"に宛ててメッセージを送ってくるなんて不可能だ。

    四人でしんと目配せを交わした後、燐童は立ち上がる。
    「谷ケ崎さん、すぐにそのスマホを破壊して破棄してください。一応僕らも。居場所まで分かると書かれていますから、念のため移動しましょう」
    そんな催促に、有馬はうんざりと煙草を揉み消して言う。腰は重い。
    「こんなもん、ただのネットオタクの遊びだろ?」
    「だとしても、このスマホを奪ってからまだ一週間も経ってないんですよ。手が早すぎます」
    念には念を。そう主張する燐童と懐疑的な有馬を見比べて、時空院は首を傾げる。
    「車はどうします? 車種も言い当てられていますよ。万が一を想定するなら、車に戻るのも危険だと思いますがね」
    ただの冷やかしならまだいいが、警察や中王区に通報されていては厄介だ。
    どう動くのか。話し合いの最後はいつも谷ケ崎に回ってくる。マイペースに食事を進めていた谷ケ崎はハンバーグをしっかり飲み込んでから言う。
    「車に戻ってみて、この負け犬が本当にいるのかどうか確認する。俺達に話があるなら向こうも無闇に通報なんかしてないだろ。それに、コイツが"ホンモノ"ならいくらスマホや車を変えても意味がねえ」
    本人を叩かなくては。まさに正論。黙らせるなら根っこからだ。
    結論は谷ケ崎のまとめに落ち着いて、D4は速やかに会計を済ませる。
    時空院はナイフを手の中で転がし、有馬は踝のホルダーにしまっていた銃を背中に差し替えていた。



    盗難車を置いていた地下駐車場。
    停まっている車は少なく、人気もまったくない。照明灯は時折チカチカと瞬くが、視界は良好だ。
    言葉なく周囲を警戒し、足早に歩く四人分の足音だけが響いている。

    車のそばに、青年が一人佇んでいた。
    「おや、本当にいましたねえ」
    ふふと笑みを含んだ時空院の声。その声に反応して、男はスマートフォンから顔を上げた。年は二十歳そこそこに見える。
    「……本当にいるんだ」
    口の中でそう呟く青年は、自分から呼びつけたくせに唖然とした瞳でD4を見渡していた。ガリガリに痩せ細った猫背の体躯。背も燐童と変わらないくらいで、風が吹いたら飛ばされてしまいそうだった。第一印象で、まさに"負け犬"。そんなオーラを纏っている。

    「何の用だ」
    有馬が威嚇めいた声を掛けて近づくと、青年は慌てて引きつった顔で両手を前に突き出した。
    片手には110をダイヤル表示したスマートフォン。そしてもう片手には小さなバタフライナイフ。本人は叫んでいるつもりだろうが、握り潰された小動物みたいな精一杯の声で言う。
    「メッセージは見ただろ、送り主は僕だ」
    「あっそ」
    ナイフの切っ先は震えていてお話にならない。有馬が「だからなんだ」と一歩詰め寄ると、震えた足で後退りながらも青年は続けた。
    「今ここで僕に何かしたらすぐに警察に連絡する」
    有馬は鼻で笑った。
    「バカかてめえ。てめえをぶっ殺してとっととズラかりゃ警察が来たところで全部おしまいなんだよ」
    「そうでもないよ」
    青年は意を決してスマートフォンの画面を押した。そのボタンが繋いだのは通話ではなく、どこかの電源スイッチだったようだ。
    地下駐車場の一つしかない出入り口の防火シャッターが、ガラガラと激しい音を立てて降りていく。見ればエレベーターのランプも消えている。おそらく今のボタン操作でシャットダウンしたのだろう。
    「……へぇ」
    青年の対策に、素直に感心した燐童は軽く笑う。
    「素人にしては準備は上々ですね」
    あっという間にコンクリートの牢が完成した。遠隔操作のハッキングや配電盤への細工。それなりに強みは持っているようだ。

    「僕を殺しても貴方達はここからすぐには逃げられない。メッセージは見たでしょ、手を貸してほしい。友達を探してるんだ」
    「なめた真似しやがって」
    「有馬さん」
    彼の胸ぐらに掴みかかる勢いの有馬を制して、燐童は青年に向けて問う。
    「二つだけ質問に答えてください。一つ、なぜ僕らの居場所が分かったのか。二つ、なぜ僕らに依頼するのか」
    手短にと付け加える。青年はすっかり怯えた様子で有馬をチラチラ見やる。その萎縮した視線がまた有馬の苛立ちを増幅させるのだが……。

    「居場所はネットの情報で全部分かるよ。依頼するのは、D4はこの手の事件に強いってネットで調べたから」
    根拠はすべてネットから得たものか。燐童はやれやれと首を振る。
    「報酬は用意出来るんですか? 僕らはそう安くありませんよ」
    「三百万じゃ足りないですか」
    こんなガキにそんな大金を用意出来るのか。あまりにもきっぱりと答える様子に、四人は眉を潜める。しかし実際に暴力でねじ伏せるという選択肢を省けば、現状、一歩上手を取っているのはこの青年だ。
    「僕に協力してくれるならシャッターはすぐに解放します。早くしないとこのビルの警備会社が来るよ」
    「分かりました」
    「おい」
    すかさず懸念を訴える有馬に、分かってると視線で頷いて返す。
    「ひとまず場所を変えましょう」
    「協力してくれるの!?」
    先手を打った警戒心はどこへやら。青年は能天気にぱあと目を輝かせる。
    子犬が尻尾を振って駆け寄ってくる。そんな幻覚に、燐童さえも苛立って思わず舌を打った。
    「調子に乗るなよクソガキ」
    一瞬だけ漏れ出る、まったく別人のような恐ろしい声。青年はヒャッと驚いて後退する。
    その様子に満足して、にっこり笑ってやった。
    「詳しい話を聞かないと僕らだって安請け合いは出来ませんよ」

    そのやり取りを見て、有馬は渋々車のキーを開けて運転席に乗り込む。助手席には燐童が乗る。
    青年がスマートフォンを操作すると シャッターは無事に上がり、エレベーターも稼働を開始した。本当にその端末ひとつで何でも出来る時代だ。
    感心している谷ケ崎の横を通り抜けた時空院は、ぬるりと青年の顔を下から覗き込むように腰を曲げた。

    「良いナイフをお持ちですねえ。ただ、」
    次の瞬間、青年が「あ」と切ない声をあげる。手に持っていたバタフライナイフが真上に吹っ飛んでいた。くるくると宙を回転して落ちてくる柄をノールックでキャッチした時空院は、口元だけ歪ませた笑みを見せる。
    「こういうものは使い慣れた人間でなくてはいざというとき使いものになりませんよ」
    あっという間の強制武装解除。D4屈指のナイフの使い手は、凍りついた青年をスルーして後部座席のドアを開けて乗り込んでいく。
    「おいさっさとしろ」
    車内からの有馬の催促。最後、谷ケ崎はぽてぽてと気怠い歩幅で青年の目の前まで歩み寄る。静かな溜め息で青年を後部座席に促した。黙らせるだけのつもりが、何だか厄介なことになりそうだ。
    「乗れ」
    端から見れば 誘拐のように見えるこの邂逅が、これから始まる残酷なショーのプロローグだ。


    車は駐車場を離れ、また人気のない路地裏で停車した。
    時空院と谷ケ崎に挟まれて乗車した青年はすっかり大人しくなって肩身を狭めている。
    まるで規格外の大型犬に押し潰されそうなチワワだ。バックミラーに映るぎゅうぎゅうに詰まった後部座席に、有馬はやれやれと煙草に火をつけて「視界がうぜぇ」と悪態を吐き出していた。

    さて、聞き取り開始だ。
    燐童は助手席から後ろを振り返り、青年を見やる。
    「聞きたいことがありすぎますね。さっき僕らのことをネットで知ったと言っていましたが、それはどういうことですか?」
    青年は目をぱちくりと瞬かせて全員を見渡した。
    「え…? 自分達のスレがあること、知らないの?」

    そうしてスマートフォンで見せられたのは、ディープウェブに存在するとある掲示板。
    一般的なサーチエンジンには引っ掛からないその掲示板には、匿名で様々な書き込みが散見された。D4についてまとめられたスレッドのタイトルは『絶望を知る者』。
    「……おいおいなんだこれ」
    「デマが多いようですが、真実も紛れていますねえ」
    ほらと時空院が指を差したコメント欄には、今まさに自分達が潜伏している地域の名前が書き込まれていた。目撃情報と銘打たれている。
    「こういう本物の書き込みをピックアップして整理していくと、逃走経路とか使ってる車やスマホが浮上してくるんだ。みんなが今使ってたスマホは一週間前に若いやくざから奪ったものでしょう? それを調べてメッセージを送りつけるくらいはすごく簡単なことだよ」
    簡単にされては困ることだが、有益な情報だった。
    「D4は人気だからね。脱獄からしばらく経つけど、今でも結構盛り上がってるスレッドだよ。今ここには無いけど 僕の端末を使えばもっと深いところまで潜れるし、皆のことも色々分かる」
    本人達を目の前にしていることを忘れてしまったかのような口振りでダウンルーザーは語っていた。
    ネットに深さがあることは理解していたが、それを巧みに使いこなすには技術と知識が必要だ。微かな劣等感に胸をざわつかせながら、燐童は出来るだけ平然とした声で問う。
    「色々、とは?」
    青年は燐童を見て、何てことない口振りのまま返答する。
    「阿久根燐童。元は言の葉党で働いていたんでしょ」
    言葉を飲んだのは燐童だけじゃなかった。全員が自然と目配せを交わす。それを知っているのは"ホンモノ"だ。冷やかしじゃない。
    当人はけろっとした顔をしていて、自分の知識がどれほど危うい部分に触れているのかをまるで分かっていないようだった。
    「もしかしてネットに強い人いないの?」
    悪気のないマウントに、ついに燐童はうぐっと喉を詰まらせた。
    「~学んでいないわけではありませんよ!僕はフィールドワークが専門だっただけです!!」
    「何に対抗してんだよ……」
    呆れて目を据わらせる有馬は やれやれと息をつく。燐童の調査能力は今のままでも充分有馬達の助けになっている。失敗ばかり数えてしまう本人は、その自信があまりないのかもしれないが…。

    「我々の話はもういいでしょう」
    掲示板の存在を知ったところで、自分達に出来ることは何もない。赤の他人から書かれることをいちいち気に掛けていても仕方がないことだ。時空院は穏やかに笑って話を流し、青年を見る。
    「キミ自身のことを聞かせてください。ダウンルーザーとお呼びするのは少々憚られます」

    青年は"シュージ"と名乗り、山形で実家暮らしをしている引きこもりのネットユーザーであると語った。
    谷ケ崎はファーストコンタクトでスマホとナイフを掲げていたシュージの強い眼色を思い出し、首を傾げる。確かに身体は震えていたが、あれは引き下がるつもりはないと覚悟している目だった。
    シュージは見るからに暴力ではD4の誰にも敵わないだろう。それなのに、自らを"負け犬"と名乗る引きこもりにしては、なかなか度胸があるんじゃないだろうか。
    (……友達を助けたい…)
    自分の為ではなく、友達の為にナイフを握った負け犬。
    谷ケ崎はただ黙って車内のやり取りを眺めていた。


    「ご友人を探しているというお話ですが、我々に協力を依頼するということは警察沙汰には出来ない事態なのですか?」
    MCは燐童から時空院に交代している。年下を相手にするのは時空院のほうが向いていた。
    「『助けたい』と書かれていましたよね?」
    「……失踪した友達の名前はアキラです。経緯をお話しますね」

    「アキラは僕と同じで山形の田舎町で育ったんです。年は二十歳。僕の故郷は娯楽も仕事も何もない場所なんだけど、アキラはそんな田舎を飛び出してこの都会の専門学校に進学しました。僕らは離れてしまったけど、数日置きに通話をしたりメッセージを送りあったりしていて、全然おかしな様子はないと思っていたんです」
    「急にいなくなってしまったんですか」
    シュージは膝に置いていた両手をぎゅっと握り締める。怯えた震えが戻ってきていた。
    「三週間前から連絡がつかなくなって、既読はつかないし電話にも出ない。余計なお世話かと思ったんだけど心配で、学校のほうにも連絡を入れてみたらずっと行ってないことも分かりました。それで不安になって、僕は一人でアキラの家まで来てみたんです」
    「ご家族は? 行方不明なら警察に届け出ればよろしい」
    時空院の提案は最もだが、シュージはふるふると力なく首を横に振った。
    「アキラは家族には元からほとんど連絡をしてなかったから、たぶんおばさん達もアキラがいなくなったこと、まだ気がついていないと思う」
    「キミはまだ誰にも彼のことを話してないのですね?」
    自分でもこれが正しい対処だとは思っていないのか、シュージはもどかしげに狼狽えていた。
    「正確には学校とかバイト先とかアキラが関わってたところには一通り顔を出しました。でもどこも空振りで……」
    「普通その時点で警察だろうが」
    それまで黙っていた有馬は、堪えきれずにバッサリと言い放つ。シュージは目に見えて明らかに震え始めた。高圧的な有馬への恐怖心ではない。脳内にフラッシュバックする映像に苛まれて、強く目を閉じているようだっま。

    「……アキラの家で、見つけちゃったんだ」
    「何をだよ」
    「呪いのビデオ」
    D4は揃って「はあ?」と口を開ける。
    呆れ返る面々とは逆に、シュージは本気で怖がっている。
    「きっとあれを見た僕はもうすぐ殺されちゃうんだ」
    何言ってんだコイツ。ぱちくりと目を瞬かせていた燐童は とりあえず半笑いで問い掛ける。
    「内容はどんなものなんです? まさか井戸から髪の長い女が出てき」
    「人が人じゃなくなる光景」
    冗談を聞く気にはなれない。そんな様子で、シュージは燐童の言葉を遮って言った。
    「アキラの家に案内します。あの映像を皆にも見てもらいたい。それで……どうしたらいいか教えてほしいんです」
    「どうしたらって言われても……」
    「お金もアキラの家にいけば本当にあるんです。三百万、相場よりずっと高い報酬のはずでしょ? お願いします、僕はもうあの家に一人で戻りたくないんだ…!」
    鬼気迫る訴えに、一同は眉を潜めて困ってしまう。視線は自然と谷ケ崎に集まった。
    ここまで聞いて、放り出すわけにもいかないだろう。はぁあと重い溜め息を吐き出して、頷いて返した。
    「……分かった。とりあえずそいつの家に行く。どうせなら泊まらせてもらう」
    シュージは心底安心したのか、胸を撫で下ろしていた。
    殺人犯に囲まれているリアルに安堵するなんて、やっぱりちょっとどこかズレてるネットユーザーだ。



    D4とダウンルーザーを乗せた車は、とあるアパートの脇に停車した。
    失踪した青年の住処は、一階と二階に3部屋づつある二階建てのよくあるタイプの一人暮らし向けアパートだ。建物横にある階段を上がって、真ん中の部屋。玄関の前で一度足を止めたシュージは後ろの四人に向けて、低い位置の壁を指差す。
    「この電気メーターの扉の裏に合鍵を貼りつけてありました。去年の夏、僕が遊びに来た時に「いつでも来いよ」って言ってくれて、そこに隠しておくことにしてたんです」
    言いながら、その扉を音が立たないように慎重に開けて見せる。
    「他に鍵の場所を知ってる奴は」
    有馬の問いには首を横に振った。
    「僕が来た時、鍵を貼ってたガムテがカラカラに乾いていたから、あの夏から誰も剥がしたりしてないと思う」

    室内も、至って普通のよくあるワンルーム。
    人一人が入るだけで満員の玄関。続々と五人も来訪すれば、最後、谷ケ崎のスニーカーは脱ぎ置ける場所がない。床に置くのはなんとなく気が引けたので、有馬のミッドナインの上に重ねておく。履く時に文句を言われるのは、まあ無視すればいい。

    先導するシュージが動線にある電気のスイッチを入れていく。
    「電気やガスは止まってないんですね」
    「……でもポストに督促状があったから、今月いっぱいなんじゃないかな。家賃のほうはまだ確認してないど、そっちは親に連絡がいくと思います」
    玄関からすぐにトイレ、風呂場、台所。五歩もあれば渡りきれる廊下の先に六畳一間の洋室。壁や家具に飾り気はなく、一番大きく場所を取っているのは組み立て式のパイプベッドとパソコンデスクで、これといった特徴のない部屋だった。
    「最初にこの部屋に入った時はどうだったんだ?」
    問いの意味がピンとこない様子のシュージに、有馬は微かに苛立って舌を打つ。
    「異臭がした、物が壊れてた、見覚えのないものがあった。そういう違和感はなかったのかよ」
    意図を察して、シュージはようやく慌てたように手振り身振りで否定する。
    「そういうことは全くなかったです。僕がこの部屋に来て三日経つけど、使ったのは水回りとベッドだけだから、現状は今と変わりません」
    話を聞きながら、D4はそれぞれに室内を物色し始める。
    「ある程度、手がかりになりそうなものは探したつもりだけど……」
    入室してすぐに手慣れた様子で家捜しを始める有馬と時空院に、シュージは怖々と言う。
    「違ぇよバカ」
    「例えば拉致監禁だとして。それが計画的なものであった場合、盗聴器やカメラを仕込むのはよくあることですよ」
    それは対象者を監視する為だけでなく、こうして探しにきた者を警戒するためにも役立つ手口だ。もしも犯罪に巻き込まれているとしたら、こちらも油断してはいけない。

    「当たり障りない部屋ですね」
    室内は有馬達に任せ、燐童と谷ケ崎は水回りを物色する。冷蔵庫は谷ケ崎の腰ほどまでしかない小さなもので、屈んで開けないと中が確認できないサイズだった。期待は出来ないが、買い込んだものである程度のスケジュール予定は見通せる。
    「水と調味料くらいしかないな」
    「元から料理をするタイプではなかったようですし、さすがに長く留守にするつもりがあったかどうかまでは分かりませんね」
    一目で分かるのはこの部屋の主は日常的にほとんど家におらず、自炊も積極的にはしていないこと。
    あまり物を置いていないが、生活感を抑えたい趣味嗜好やミニマリストだったというよりは、必要最低限の家具家電以外を買い込む金銭的余裕がない生活をしていた印象だ。
    ギリギリの収入で学業とバイトを往復している学生なんてこんなものだろう。D4なら、盗みや寝床としては絶対に選ばない物件だ。


    初動捜査を終えて動きが落ち着いた四人を、シュージはパソコンデスクに呼び集める。
    自身はデスクチェアーに座り、その周りをD4が囲った。
    「まず見てほしいのはこれです」
    デスクの上にあるノートパソコンのディスプレイには、動画のウインドウが開いていた。
    「このパソコンはアキラのもので、最初から開いてここに置いてありました……」
    その四角い窓枠の中にいるのがアキラなのだろう。ずいぶんと頬が痩けていて、生気のない眼差しをしている。
    田舎から行き勇んで都会に飛び出してきた快活な少年というよりは、リストラ寸前の灰になったサラリーマンだ。
    「僕が最初に見つけたのがこの動画なんだ。アキラの、····たぶん最後の挨拶…」
    シュージは全員がデスクに集まったのを確認してから、動画再生のアイコンを押した。再生される映像はカラーなのに、一昔前の粗い画質で撮られたホラー動画の始まりのようだった。


    カメラを見ているアキラの目は虚ろで、でも薄く笑っていた。
    背景はこの部屋で間違いない。アキラの後ろには今も掛けてある壁掛け時計が七時過ぎを示している。夜十九時の映像なのだろう、部屋の照明がついていて、逆光のせいかアキラの顔色は泥みたいに暗い。
    「これを見てるってことは、もうこの部屋に来たんだな。とおさんかかあさんか。もしかするとシュージかもしれないな。そしたら俺はあの部屋から帰ってないことになる。これからどうなるのか、死ぬほど怖いよ。でも、行ってくる」
    この笑い方は危険だ。感情が壊れている人間のものだ。見ているだけで不安に駆られる。
    「こっちに出てきても、なにもうまくいかなかった。寝ないで働いても身体を壊すし、うちの専門学校は卒業しても就職先もあまりないんだってさ。このアパートの家賃も二ヶ月払ってない。皆にカッコつけて家を出たくせに、おれには東都の水は合わなかったみたいだ」
    アキラはなんとか笑顔のままでいようとしながら、泣き顔になった。まるで間近に処刑を控えた受刑者だ。普通に社会で暮らしている学生がする顔じゃない。
    「どうせおれなんか負け犬だからどうなってもいいんだ。前払いでもらった金はベッドの下に置いておくよ。おれなんかの為には使わないで、もっと有意義なことに使ってほしい。シンヤ、お前はおれなんかと違って優秀だから、しっかり勉強してうちの一家を助けてやってくれ。お前は馬鹿な夢なんか見ずに家を出ないで、きちんと授業料が安い大学に合格するんだぞ。あとは頼んだ。じゃあ、もういってくる。あぁ、怖いな。あと二時間しかないよ。ごめんなさい、……さようなら」
    最後の一言のあと、数秒間、アキラは不自然にカメラを見つめて固まっていた。微動だにしないその視線は画面越しに谷ケ崎達を見つめている。
    「………」
    モニターの中から向けられる過去の眼差しに、現実から掛ける言葉は無い。液晶を介しての見つめ合い。奇妙な沈黙が室内を支配していた。
    この血の気の引いた顔が言う死ぬほど怖いことがなんなのか、考えてもまだ分かりそうにない。
    結局アキラは無言のまま諦めたように撮影を切る動作をして、動画は止まった。

    最後まで、きっと誰にも「助けてほしい」と言い出せなかった青年は小さなディスプレイの中に閉じ込められていた。


    シュージは画面の中の友人を、苦しげに食い入るように見つめていた。おそらく何度も見返しただろうが、目が離せないのだろう。誰が見ても、これはほとんど遺言だ。
    「拉致監禁の線は薄いですねえ」
    あっさりと告げる時空院に、同じく淡々と燐童が続け、有馬もうんざりと息をついた。
    「脅されたという印象もありませんね。自分から出ていった。……にしてはずいぶん怯えていますから、前向きな失踪ではないんでしょうけど」
    「まぁこのガキが何したにせよ、事前に金を払われてるってことは相当よろしくないお仕事に関わったってのが当たりだろ」
    裏社会に飲み込まれた一人の青年。正直、そんなのは表沙汰にならないだけでこの腐った世界にはいくらでも転がってる話だ。

    「シンヤっていうのは兄弟か」
    谷ケ崎が気になったのはアキラが囚われた闇よりも 彼自身のことだった。
    シュージはようやくモニターから顔を離して谷ケ崎を見上げる。
    「弟です。二歳下だから、今度大学受験なんだ」
    このワンルームで暮らしていた青年が、自分の人生をあそこまで卑下して、自分より優秀だからと弟にこの悲劇が繰り返さないように言い聞かせていた。
    「その弟もまだ何も知らないのか」
    「……知らせるか迷ったけど、アキラが無事に見つかればこんな動画も意味がなくなるでしょ」
    これを見てもまだ取り戻せると思っているのか。無知は愚かだ。表紙に触れただけでも、D4の誰もがこの物語に明るい結末は予想していない。

    (ぬるいな)
    燐童は呆れたような溜め息をついて 本題に入ることにした。
    「それで? 呪いのビデオというのはどれのことですか」
    シュージは重々しく後ろの面々を振り返る。
    「僕はたっぷり見たからいいよ」
    言いながらデスクチェアーを谷ケ崎に譲り、自分は一番後ろに回り立つ。怯えて影に入ろうとしてくるシュージに有馬は疎ましく眉を寄せる。
    「DVDは入ったままだから、そのままスタートすれば見られるよ……」
    チェアーの脇に立つ時空院がノートのDVDドライブを起動した。
    アキラを映していたウィンドウは、DVDの映像に上書きされてタブに閉じられる。
    まずモニターに映ったのは、どこかのクラブの円形ステージだった。


    誰もいない客席側から見たステージの全景。
    花道の先に大きな円形のステージがあり、薄暗いクラブの中でそこだけがスポットライトで円錐状に照らされている。
    ストリップでも行われていそうな造りだが、ステージはなぜかアクリルかガラスか透明な壁で囲われていて、客席側から手を出すことは不可能なようだ。なぜそんな囲いがされているのかはこの先の映像で分かる。

    映像は所謂撮って出しのファミリービデオではなく、きちんと編集が入った手の込んだものだった。
    カメラはゆっくりと薄暗い室内をパンしていく。
    ステージから一段低いフロアには、わざと錆びたように加工されているゴシック調のソファー席や丸テーブルがいくつも並び、ワイングラスやオードブルが用意されている。
    これから客を入れるのだろう、最初からうっすらと流れていたBGMを聞き取った時空院が あぁと頷く。
    「バルトークの青髭公の城ですね。なるほど、だいたい分かりました」
    「は? え何が?」
    訝しく問う有馬へ時空院は微笑み、指先でしーと黙らせる。
    「見ていれば分かりますよ。どうやらこのステージは血に飢えているようです」
    おどろおどろしいオペラに乗せて、次はカメラが本日の演目を映し出す。
    おそらく客席の最後列辺りから映した映像だ。
    客席は半分ほど埋まっていて、男も女もフォーマルな格好をしている。その全員が、互いの顔が分からないように仮面グラスをつけていた。まるで自分達も出演者になったかのようだ。その没入感もまた売りだったのだろう。
    しかし、これから彼らが観劇するのはフィクションやエンターテイメントでは決してない。ただ、人が人ではなくなる光景だ。

    花道の奥には 鉄の扉がある。
    最初にその扉を開けて花道に出てきたのは一人の男だった。
    モヒカンにぴったりと張り付くような革パンツ。上半身は裸で、身体の至る所にピアスがついていた。
    男は円形のセンターステージまで辿り着くと客席を見渡しながら練り歩く。時折外周を囲う透明なアクリルの壁に大袈裟な仕草で張りついて舐めてみせたりする。
    やけに舌を出して見せるモヒカン蛇男のウォーキングは、これから起こるショーへの前振りだった。

    ステージの真ん中に置かれていたスツールに座ると、今度は鉄の扉からスーツ姿の男が現れる。後ろからは同じくスーツ姿の女が続き、ストレッチャーを押してきた。
    モヒカン蛇男はストレッチャーに自ら横たわり、その脇ではスーツ姿の男が医者のように手袋を装着する。アクリルに覆われたそこはまるで簡易的な手術台。

    なんと、バツンとそのハサミで男の舌を裂いたのだ。
    舌を切られたモヒカン蛇男は痛みを感じないのか、むしろ恍惚とした表情でだらだらと唾液を垂らしている。
    処置が済んだ男は颯爽と立ち上がり、まるでお気に入りを見せびらかすように舌を出して歩き回る。二つになった舌の先からは唾液と血液が混じった体液が、尾を引いてステージに落ちていた。

    「………おいおい、何だこれ」
    「こんなのがずっと続くんですか………」
    「うん……そういうショーみたい」
    唖然としていた有馬と燐童は同時に眉を寄せる。正気じゃない。
    「次の人は少し長いから、早送りするよ」
    そうでなくては耐えられない。シュージは特等席に座る谷ケ崎の後方から腕を伸ばして画面をタップした。

    次に出てきた男は簡単に言うと、背中に羽根が生えた。
    ステージの上で十字に磔になった全裸の男は身体中にタトゥーを入れている。時空院曰く、そのどれもが宗教画や聖書の文言。
    扉からドラマチックに登場したジェイソンの恰好をした人間が、得意げに鉄の杭を振り回し、磔になっている男に切っ先を突き付ける。
    「おいおいおいおい………」
    肩甲骨の辺りにその杭が刺さる寸でで、さすがに有馬は天を仰ぐ。いったいいつからこんなイカれたショーが一般人に向けて公開される世界になったのか。

    「次が最後だよ。メインイベントなんだけど……」
    出てきたのは上半身が裸の女だった。嫌な予感がする。
    女は乳房の根本に止血帯を巻いていた。最初のモヒカン蛇男と同じようにステージを練り歩いてから、ゆっくりと手術台に寝そべった。
    脇に座った男が、手術用ナイフとノコギリを客席に見せて回る。
    「あーもうマジかよ……」
    何をするつもりか分かってしまった。こういう時に自分の勘の良さが悔やまれる。
    思わず目を反らすと、隣では燐童も目蓋に手を翳して液晶を直視しないようにしていた。
    「あの、すみません、これって三倍速以上はないんですか?」
    うんざりとした燐童の声に、NOと首を振るシュージはぷるぷると震えるチワワだ。
    パソコンの前では特等席の谷ケ崎とその隣に立つ時空院が、顔色一つ変えずに画面を見ている。
    「どっちも取っちまうのか」
    「豊胸手術の逆ですねえ」
    体から切り離されて張りをなくした乳房がふたつ、溶けかけたアイスクリームのように銀トレイに並べられて客席に向けられる。
    客席から巻き起こる盛大な拍手は女にではなく、乳房のほうを讃えているようだった。

    映像はその後ゆっくりと暗転し、最後には真っ黒の背景に赤い血文字のようなフォントで『F&B No.5 063』と浮かび上がって終わった。


    主のいないワンルームは一拍、しんと静まり返る。どこを何から話せばいいのやら。
    「興味深いですねえ」
    時空院が誰にも許可を取らず当然のようにもう一度映像を再生し始めると、谷ケ崎は今度はこの残酷なショーの出演者達の様子を注視する。
    「これは全員生きてる人間だろ?」
    同じように注意深くモニターを覗き込む時空院は「そうですね」と頷く。
    「意識はあるようですがおそらく薬で酩酊状態なのでしょう。死体ではショーとして盛り上がりに欠けます。被験者の同意があるのかは定かではありませんが、殺しを魅せるというよりはただ純粋に人体解体をショーとして楽しんでいるものかと」
    対象が死体でなければ、血飛沫が派手に飛ぶこともあるのだろう。観客を汚さない為のアクリル板だ。よく見れば、ステージの床は鈍い赤黒さで汚れていた。
    「あぁいけませんね。あんな刃こぼれした鋸では傷が汚い。ほら、見てください。こんなに切断面がボロボロですよ。私ならもっと美しく切り落とせます」
    言いながら 時空院は画面をピンチアップする。ディスプレイ全体に切断された乳房だった肉塊が映し出され、有馬と燐童は同時に勢いよく顔を背ける。
    「ぉおいお前もう黙ってろバカ…!」
    「勝手に拡大しないでください…!」
    まともな感覚で込み上げる吐き気をなんとか飲み込んで、二人は胸をさすっていた。
    燐童はぐったりとしながらも考えうる可能性を説く。
    「最後の数字は正直なものじゃないですか? おそらくこの円盤はF&Bというところが発行している5巻の63枚目のコピーなんですよ。何番のコピーが誰のもとに渡ったのか、きっと厳重に管理されているはずです。何せ内容がヤバすぎますからね……」
    「F&Bってなんだ?」
    谷ケ崎の問いにはシュージが答えた。
    「フレッシュアンドブラッドっていう、SMクラブのことだよ」
    「いやSMプレイの度が過ぎんだろ……」
    引きに引いた有馬の横で、シュージはいそいそと一枚の名刺を取り出して全員に見せる。
    「僕もその表記が気になって探ってみたんです。完全会員制の過激なSMショーをやってるって書き込みを見つけた。でも会員になるには人伝に紹介してもらうしか方法がないみたい」
    「一見さんお断りというやつですねえ。おそらく会員になる前に身辺調査もされるでしょう。他言無用、門外不出を守らせる為に」
    そしていざという時は口を塞げるように……。


    「金はベッドの下って言ってたな?」
    有馬は言いながらベッドの下を浚う。そこから出てきたスポーツバッグの中には、札束が乱雑に押し込まれていた。
    「本物だな」
    有馬は札束の一つを手に取って指先で紙幣をバラバラと撫でる。三百万は嘘じゃない。
    「前払い、ねえ……これはもう完全に口封じか報酬で間違いねえだろ」


    「僕はアキラを見つけたい」
    「お前本気で言ってんのか?」

    「この趣味の悪ぃ映像が家に隠されてて、ただの学生じゃ到底貯めきれねえ大金が置いていかれてる。どう考えてもそのアキラってやつはこのショーをやる側かやられる側になっちまったってことだろうが」

    「このままじゃアキラはただの失踪者として片付けられる。僕らみたいな負け犬にだって帰る場所くらいはあったっていいでしょう?」

    「自業自得だろ」
    「そんなの分かってるよ、でも助けてやりたいんだ」

    「有馬さんには友達がいないの」


    「どちらへ?」
    「煙草買ってくる」


    「お前、余計なこと言うな」

    「伊吹にそんなことを言われてしまうなんてねえ」

    「どうしたんです?」
    「車ヤられた」
    「え?」
    「フロントがペンキまみれなんだよ。おい、てめえさっきダチの関わってたところには一通り顔出したって言ってたな? まさかこのとち狂ったクラブにも行ったんじゃねえだろうな?あ?」

    「表向きはただのSM風俗店だよ。だから、フロントでアキラの写真を見せて「この人がこの店に来なかったか」って聞いただけだ。知らないって言われたし、何も収穫はなかったよ」
    「てめぇはバカだ」


    「これはネットの中で起きてることなんかじゃねえんだよ! 現実だ!」
    苛立った有馬の声は刺すようだった。
    「てめえのダチのほうがよっぽど利口だったな、自分の置かれた状況が怖ぇことだってことをちゃんと分かってた。それなのにてめえはどうだよ、軽い気持ちでフラフラ俺らのこと嗅ぎ回って、こんなヤベェもんに手ぇ出そうとしてる。手を貸してほしけりゃもっとまともに考えろこの引きこもり野郎が」



    「これで我々も、この素敵なショーの主催者に目をつけられたというわけですね」

    「……もしかして僕も狙われてるの」
    「だからそうだって言ってんだろうがよっ」
    「次にショーに出るのはキミかもしれませんねえ」



    「正直、俺もコイツは既に死んでると思う。それでも本気で俺たちに依頼するんだな?」

    「分かった。結果はどうであれ、この金は受け取るぞ」



    「あの、本当は帰ってくる前に済ませれば良かったんだけど……」

    「買い出しに行きたいんだ。すぐそこのコンビニなんだけど……怖いから、誰かついてきてほしい……です」
    心底うんざりと有馬は目を据わらせる。
    「だとよ」
    ぐいと顎を谷ケ崎に向けてあげる。お前が行けや。その意図を汲んだ谷ケ崎もさすがに深く溜息を吐く。
    「……わかった」
    「私もご一緒しても? この家にはメープルシロップすらありません」
    待ってくださいと引き止めたのは燐童。
    「警護は一人二万円ですよ」
    ビシ!とピースサインをシュージの顔に突きつける。
    「がめつい男ですねえ」
    「しっかり者と言ってください」
    「いいから行くぞ」



    「兄弟なのにか?」
    「……兄弟だからって、何でも話せるわけじゃないでしょ」
    そうなのか?と不思議そうに首を傾げる谷ケ崎の横で、時空院の放つ空気は冷ややかだった。
    「伊吹が知らないだけですよ」
    キンと冷え切った声色が珍しくて、谷ケ崎も思わずその顔を見やる。
    「家族という組織は幸福の象徴ではありません。ただDNAの一部が一致するだけです。元になった個体と新たに生まれた個体の両者をまとめたものを親子と呼ぶのです。ただそれだけで尊び愛し合わなければならないなんて、そんな不合理で窮屈な場所は他にありません。憎悪や諦め、疎ましさは生めど、親兄弟の存在など人生において何の意味もありません」
    ほとんど息継ぎもなく早口でそう言い切った。時空院がここまで語るのは初めて聞いた。

    「……というのが私の持論です」



    「どちら様でしょう」
    明らかに待ち伏せていた様子だ。
    谷ケ崎は軽く口許を手で隠して シュージに言う。
    「俺から離れるな」
    目線は時空院に投げる。暗黙の了解で谷ケ崎の意図を受け取った時空院は彼らを見たまま ふふと笑う。
    彼らがただ見ているだけで(監視しているぞ)と警告されるだけならまだ良かったが、すれ違い様に 案の定 敵意を持って動いた。背に隠していた腕を振り上げて殴りかかってくる。エッジの効いた人を抉るタイプのナイフが見えた。
    「走れ!」
    谷ケ崎はシュージの背中を押して駆ける。
    その場に残った時空院が二人まとめて相手をした。クハハと笑い声が口から漏れる。
    今、リーダーから殺意の暴走が許可された。あぁこんなにも楽しいことがこの世に他にあるだろうか。血飛沫はやはり自分で浴びてこそ。エンタメショーで満足する輩なんて、仮初めの半端者だ。
    「滾りますねえ」
    ナイフを振り回して笑うその姿は、公園で走り回る子供と変わらない。
    「僕達、襲われてるの…!?」
    背後で人が苦しんで倒れる音に、シュージは顔面蒼白だ。
    「振り返るな、お前は何も見ていない。このまま家まで走るぞ」

    ドタバタと帰ってきた二人に、パソコンを借りて調べものをしていた燐童は目を丸くする。
    「どうしたんですか、そんなに走ってくるなんて」
    そうしてすぐに足りない頭数を問う。
    「時空院さんは」
    「表の掃除をしてる」
    「……なるほど」
    どうやらいよいよどっちが狩られるか、次の悲劇の主人公を探すゲームが始まったようだ。


    翌日、午前中は睡眠や食事、風呂に充てた。
    昼食の時間が朝食になる。食べ終わると有馬はシュージをアパートの外に引っ張り出した。
    ホームセンターに買い出しに行き、車にぶちまけられたペンキを洗う。
    シュージの手際の悪さに苛立って、結局有馬も一緒になってフロントを拭き始めた。

    「あの、……ごめんなさい」
    「ぁあ?」
    「僕なんかのせいで、こんなことに巻き込んでしまって……」
    「まったくだな」


    「」

    「変な話をしてごめんなさい、でも知ってほしかった。僕にとって友達は特別なんだ」

    「シュージ」
    はい、と食い気味に返事をしてしまう。
    「ネットに載ってねえことを一つ教えてやる」

    「俺もフレディは好きだ。QUEENを好きな奴に負け犬はいない」

    「てめえが決めたことなら最後まで腹括れ。日和ったらそこから食われて終わりだ」


    「谷ケ崎さんにも思ったんだけど、有馬さんも……案外悪い人じゃないんだね」
    「ぶっ殺すぞ」






    「アキラからだ!」

    「かけなおせ」
    谷ケ崎の催促でようやく指が動いたシュージは、電話の向こうから聞こえるアナウンスに更に顔を真っ青にさせる。縋るように谷ケ崎を見やる。声は震えていた。
    「だめだ……電源切ったみたい」
    「泣くのはあとにしろ、行くぞ」
    谷ケ崎は端的に言いながら有馬を振り返る。有馬もそれを分かっていたようにポケットから車のキーを取り出していた。窓を拭いておいて良かった。今すぐに飛び出していける。
    「どうしよう、アキラのあんな声初めて聞いたよ……っ」
    怯えて狼狽えるシュージの頭をベシと叩いた。
    「泣いてんじゃねえ!てめぇが助手席だ、ナビしろナビ!」
    狭い玄関でモタモタと靴を履くシュージをせっつきながら、三人はドアを閉めることもせずに走っていった。

    「…………」
    「…………」
    ワンルームに残った燐童と時空院は、遠退いていくエンジン音にそっと息をつく。燐童は時空院に問う。この二人には、部屋を飛び出そうとする気配さえなかった。
    「……間に合うと思いますか?」
    「無理でしょうね、ここからアサクサまでは 二十分はかかるでしょう。人は死のうと思えば十分と必要ありませんから」
    感情論のない冷静な推察。

    「死の概念が歪んでいるサイコキラーさんから見て、今回の件はどう思われますか?」

    「ずいぶんな言われ様ですね。
    私は人の死と向き合うことが何よりも楽しみですが、それに観客を入れてエンタメにしようとは思いませんね。あくまでも私個人の楽しみです」

    「このDVD、いくらだと思います?」
    「さぁ? SMプレイには生憎興味がないもので」
    「六万五千円です」
    六万五千円の人体解体ショー。円盤として何枚もコピーされ、何もかもがエンターテイメントとして擦られる。
    「社会の中で個はどこまでいっても消費されるものなのでしょうね」

    「個を消費している側が何の罰も受けずにのうのうと蔓延るのは、正直胸糞悪いです」

    「阿久根くんは案外まともですよね」
    「えぇそうですよ。だから捨てられたんでしょうね」
    「おや、自分から言いますか」
    「最近の僕は結構開き直ってきたんですよ。嫌ですよね、バカ正直な人達と一緒にいるからかな」


    「例え彼が見つかっても、この件からは手を引かないに一票入れます」
    「残念ですね、賭けになりません。僕もそっちに一票なので」

    「待ってください、僕もマップを開きますから」

    遺体で発見される。



    「僕のせいじゃない」
    「誰もお前のせいだなんて思っちゃいない」

    「結果は分かった。僕はもう帰る」
    「てめぇふざけんな」


    「最初から分かってたんだ、どうせ僕らには何も出来やしない。最初から都会に住んでて、どこへでも簡単に出ていける恵まれた環境の人には僕らみたいな田舎者の気持ちなんか分かりはしない。谷ケ崎さん達は、自分の力で檻を壊して戦えるからそんな風に立っていられるんだ!」

    「誰とだって戦えるような強い人には僕らみたいな負け犬のことなんか分からない!」

    「アキラは生きることに負けたんだ!僕だっていつかは同じ運命だ、希望も未来もありはしない。僕はもう山形に帰る。家に帰って、どこへも行かない。何も見てないし、何も知らない。それが一番安全だし、結局それが一番利口な生き方なんだよ」


    「お前が山形に帰って引きこもりになるのは別に構わない。どこでどう生きるかは、他の誰かじゃなくてお前自身が決めることだ」

    「でも、ひとつだけ言わせてくれ」

    「お前は俺たちのことを何でも知ってるんだろ、なら知ってるはずだ。俺たちだって今までの人生で何にも勝てちゃいない。TDDにだって少しも敵わなかった」


    「どこで生きていようが、俺たちは結局失ったものばかり目につくんだ。負け犬なのは俺だって同じだ。でも、負け犬にだって帰る場所があってもいいと言ったのはお前だろ。俺は俺たちにナイフを向けたお前を、有馬に言い返せるお前を、臆病だとは思わなかった」

    「この結果は確かに勝ちじゃない。でもせめて最後に、アキラのところに戻ってやれ。アイツを名前も無いまま冷たい世界に独りで置き去りにしておいていいのか。お前があいつを帰るべき場所に還してやるんだ。ここまで探しにきたんだろ。あいつはあの部屋で独りであの動画を撮って、独りで死んでいった。最後まで独りぼっちにさせるんじゃねえ」

    「一人で行けとは言わねえよ。俺も一緒に行く」

    シュージは立ち上がった。目にほんの少しの光が灯った。真正面から注意深く見つけようとしなければ見逃してしまうような小さな小さな光。それは希望の光ではない。負けを認める覚悟を決めた光。鈍いその光から俺が感じ取ったのは諦めじゃない。強さだ。

    「わかった。もう何も取り戻せないけど、最後までやり遂げるよ」



    電話の向こうにも聞こえていた。
    「やはり賭けは成立しそうにありませんね」
    「まったくです」

    谷ケ崎は決して完璧な強い人間じゃない。
    有馬から見ればまだまだ世間知らずで、燐童や時空院が甘やかすせいで いつまで経っても手のかかるワガママなクソガキだ。
    そのくせ妙なとこで真面目だから、ネガティブを捨てきれずに勝手に落ち込んだりもする。
    『負け犬なのは俺だって同じだ』
    きっと良い人生だったなんて微塵も思っちゃいない。……それは俺も同じか。

    『起きてんだろ、燐童』
    あの時、あんな言い方をしていたが、燐童が抱えていた中王区への遺恨を晴らしてやると決めて、手を貸したのは谷ケ崎のほうだった。今もそうだ。
    負け続ける人生を知っているからこそ、人が弱った時に手を差し出せるのだろう。
    弱い人間は一人では前を向けないと知っている。
    『俺も一緒に行く』
    最後、思わぬ言葉に有馬も谷ケ崎を見た。
    逃げ出そうとするシュージを見つめるその横顔は憐れんだ同情や薄っぺらい激励なんかじゃなく、静かな芯のこもった熱い眼をしていた。
    悲しみにうちひしがれて歩くシュージの背中にそっと片手を添えて歩く谷ケ崎の姿は、いつもより頼もしく見えた気がした。



    来た道を戻っていくと、野次馬の隙間から現場が見えた。有馬は足を止める。
    「サツが来てる」
    谷ケ崎にもそれは見えていた。先に立ち止まったのはシュージだ。背中を押してくれていた谷ケ崎を振り返る。
    「僕一人で行くよ」
    大丈夫かと目で伺われ、シュージは戸惑いながらも頷いた。小さな深呼吸をしていると、野次馬の向こうから「あの兄ちゃん達だ」と指を差される。有馬を引き留めた野球のユニホーム姿の男達だ。
    谷ケ崎と有馬は振り返る野次馬達から顔を背け、速やかにその場を離れる。はっきりと告げる声は背中で聞いた。
    「彼は僕の友達です」
    名乗りを挙げたシュージは、そのまま警官と共に人集りの中に吸い込まれていった。


    車はアサクサの大通りを過ぎていく。
    「出来れば生きたまま見つけてやりたかった……」
    窓の外を見たまま、谷ケ崎がぽつりとそう言った。有馬も独り言のように返す。
    「最初から言ってただろ、死んでる可能性のほうが高かった」
    「でもついさっきまで生きてたんだぞ」
    重く吐き出された溜め息に、つい強い調子で言い返してしまう。
    「魚の餌になってたっておかしくなかった。身体が見つかっただけでもラッキーだ。いいか谷ケ崎、電話があろうがなかろうが、どっちにしろ俺たちは間に合わなかった」
    マイナスに引っ張られていく気持ちに、負けるなと言い聞かせる。
    「過ぎたことまで背負う必要はねえんだよ。お前そんなに器用じゃねえだろうが」
    その言葉に込められていたのは乱暴な優しさだ。
    「俺達の仕事はここまでだ。あとは三百万頂戴しておさらばでいい。余計なことまで引きずるな」
    「有馬はそれでいいのか」
    納得していない谷ケ崎に、言う。

    「どうすんのか決めんのは俺達じゃねえだろ」





    「帰ってくるまでに考えたんだ。僕はアキラの死を無駄にしたくない。不審死、自殺、そんな言葉で片付けられたくない」

    「コイツらに復讐してやりたい。アキラが闇に飛び込んだ勇気を、今度は僕が引き継ぐんだ」

    「依頼内容の変更だな」



    「どうするつもりですか」

    「俺が次のショーに出る」
    「最高ですねえ!」
    場違いに舞い上がったのは時空院だけで、他は呆れた顔で谷ケ崎を見ていた。


    谷ケ崎、わざと襲撃される。
    全然気絶出来ない。素人のやり口。
    「真面目かあのバカ、適当にやられたふりすりゃいいだろうが」
    「仕方ありません、伊吹は正直者ですから」
    「やり返さないだけ良しとしましょう」
    「マジでなんでそんなにあいつに甘いんだよお前ら」

    「大丈夫かな、谷ケ崎さん凄く痛そうだけど……」
    「あぁ平気平気、あんなの谷ケ崎なら蚊に刺された程度だ」


    「やっと連れていかれましたね」
    「ちょっと待ってください」

    「谷ケ崎さんが出るショーは一体いつの何時なんです?」


    ショーの裏。薬で動かない。体を拘束されている。

    「これまで何人犠牲にしてきたんだ」
    「犠牲? 人聞きの悪いことを言う。彼らは皆自分から志願してショーに出ていた。私達の行いは犯罪にはならないんだよ」
    書類に動かない指を持たれて判を押される。おそらく同意書か何かだ。
    「金儲けならいくらでも方法はあるんだよ、谷ケ崎伊吹」
    だとしてもこんな胸糞悪いやり方は、俺は願い下げだ。
    「喜ぶといい、キミの右腕は五百万で売れそうだ。さすが名の売れた犯罪者は高い値がつく」
    伯爵は笑う。
    「さあ、楽しんできてくれ」

    ショーの始まり。


    「これ間に合わなくね?」
    「こんなにセキュリティ対策が万全とは思いませんでしたね」

    「僕がやる」



    銃声。間に合った。本当は内心バクバクしていたが、平静を装っての開幕の合図。

    乱入に気を取られることなく、ジェイソンは自分の仕事を全うしようとした。
    ギャリギャリと悲鳴を上げる電動ノコギリを谷ケ崎の腕に向かって振り上げる。
    「がっ…」
    その背後に、時空院が笑っていた。ばったりと倒れたジェイソンを軽く足で退かし、時空院はストレッチャーの上の谷ケ崎を覗き込む。
    「お待たせしました伊吹。身体はくっついていますかぁ?」
    なんとかな。そう応えるように、谷ケ崎は動かせる範囲で親指を立てる。
    噛まされていた猿轡が外されて、身体を固定していたベルトも外されていく。

    「初めまして。僕らの名前はD4。闇から生まれた者達です」

    「今、僕らの仲間は同意なく被害者としてこのステージに上げられていました。皆さんはそれを通報することなく傍観していた。僕らと同じ立派な犯罪者というわけですね」
    メインステージ、前に立った燐童の宣言に、観客席の空気は一気に青ざめる。
    「数週間前このショーで手首を切り落とされた青年が、先日遺体で発見されました。この中には観客として彼の解体を目撃した人もいることでしょう」
    出口に雪崩れ込む客を銃声で黙らせたのは有馬だ。
    「全員席に戻れ。良い子に出来ねえなら顎を撃ち抜いて吹っ飛ばしてやる。好きだろ? そういうショーがよ」

    客の一人がドアを開けようと試みたが、封じられていて外に出ることは出来なくなっている。



    アクリル板が鈍く割れる音。
    時空院が中からナイフで割り砕いたのだ。囲われていた血の部屋から、のっそりと欠片を踏み締めて谷ケ崎が出てくる。すかさず、燐童が手錠の鍵を解錠した。
    「無事で良かったです」
    ぁあと唸るような溜め息をついて、谷ケ崎は首を回す。怪物の解放。

    「お前ら、人間の体が壊れるところを見てえんだろ。たっぷり見せてやる」

    電動ノコギリを持ったジェイソンに、谷ケ崎は指で手招いて挑発する。

    「さぁ、罪を償う時間だ」



    ジェイソンは意識を飛ばして、センターステージに倒れた。

    シュージは燐童の後ろから パソコンのカメラですべて撮影していた。
    しんと静まり返った会場で、花道を歩く。

    「今この場で起きたことは全部、このパソコンから生配信してる」

    背中に隠していた黒塗りのDVDを高く掲げた。きっとどこかで見ているであろう首謀者へ向けて、シュージは強い意思で睨んだ。

    「僕の握った証拠が怖いだろ。殺しに来てみろ。僕には今、最強の護衛がついてる」
    言いながら、腕に乗せたノートパソコンのカメラをD4一人一人にパンさせる。そうして会場全体を見渡して叫ぶ。
    「やれるもんならやってみろ!誰にどう言われようとも、僕はこの狂ったショーを許さない!ここにいる奴らは全員、人の体が切り刻まれるのを楽しんでいた異常者だ!!」

    警察が雪崩れ込んできた。
    逃げ惑う客と捕らえようとする警察でごった返す中、D4はシュージを連れて逃げ出した。

    「アハハハ!」
    シュージはハイになっていた。泣きながら笑っている。悔しい気持ちと達成感で感情がごちゃ混ぜになっていた。
    「やってやった!ざまあみろ!アキラ、僕はやってやったんだ!」

    「まあ実際に倒したのは伊吹ですが」

    「やると決めたのはお前だ。俺たちはお前の依頼を受けたから動いただけだ」

    「配信に使ったのはアキラのパソコンだろ。いい弔いになったな」
    谷ケ崎が緩やかに笑うと、ようやくシュージも疲れたように笑った。


    オーナーはバラバラ遺体で発見された。本丸を叩くには至らなかったが、アキラの死はただの自殺ではないと証明されたのだ。
    心の弱さにつけこみ金と業で飲み込んだ闇は、D4によって淘汰された。



    見送る。
    負け犬にだって牙はある。そう証明してみせた。この数日で、シュージの顔つきはすっかり変わっていた。
    「いつか山形に来ることがあったら、僕に連絡して。娯楽も何もないところだけど、身を隠せる場所ならいくらでも案内するよ」

    「谷ケ崎さんに叱られて、僕も未来を変えてみたくなったんだ」

    右手は一本指、左手はピースを横に向けて。
    表からはD。裏から見れば4。
    『D4』 シュージがそのハンドサインを高く掲げる姿がホームに見えた。
    その姿を受け取った面々は、思わずふと口許を笑わせる。





    ところで、と谷ケ崎は据わった目で他の三人を振り返った。
    「お前ら来るの遅くなかったか?」
    ぎくり。三人共が微かに肩を凍らせる。しかし、有馬は白々しくにこやかに笑いながら谷ケ崎の肩に肘を置く。まるで長年付き合いのある親友のように。もしくは、互いを腹の底まで知り合っている兄弟のように。
    「おいおい谷ケ崎ぃ~、俺たちがお前を見捨てるわけがねえだろ~?」
    すかさず燐童もにっこりと愛らしい笑顔で続く。
    「有馬さんの言うとおりです。まさかセキュリティ解除に手間取って結構ギリギリだったなんてことはありませんよ」
    「まあ万が一我々が遅れてしまっても、伊吹なら腕の一本くらい無くなっても構わないでしょう」
    俺をなんだと思ってる。うっそりと据わった目で見返しても、三人はけらけらと軽い調子で歩き始める。



    ダウンルーザーという通り名のハッカーがネットワーク社会で活躍しはじめるのは、この少し先の未来の話だ。
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