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    NANO

    @bunnysmileplan1

    置き場
    もしくはデ④推しさんの名前でメディア検索するとだいたい出てくる。

    ⚠⌚裏🐼
    ⚠passは一話のキャプション

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    POIPOI 36

    NANO

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    不気味な豪邸に関わるD4。下書き中

    悪魔の棲む家標的にしたのは山奥に立つ一件の豪邸。
    資産はとんでもない額だが、家主の夫婦が変わっていることでも有名だ。
    現代的な生活を拒んでいて、前時代的な生活をしている。こんな山奥に住んでいるにも関わらず車は持っていない。家畜を数匹飼っていて、荷物の運搬にはまさかの荷馬車を使っている。電気は通っているがネットは繋いでおらず、未だに連絡手段は固定電話のみ。
    子供は二人。十代半ばの姉と弟がいた。いた、という過去形になるのは、姉のほうが病気で亡くなったのが最近の話だからだ。

    親交のあった者達がどれだけ助言しても、両親は長女を都心の医者に見せることを拒み、信仰している神に祈ることで救われると本気で信じていたらしい。
    今のご時世そんな子育ては虐待とも言える。しかし両親…特に母親がかなり狂信的で手に負えない。
    そんな家庭環境に弟の身も心配されているが、どんなケースワーカーも今はお手上げなのだそうだ。宗教に狂ったヒステリックな資産家なんて、警察もほとんど見て見ぬふりだ。
    長女が死んでからはメイドも解雇され、いよいよ世間のコミュニティから外れている。セキュリティーシステムもロクに組まずに隙だらけの大豪邸。
    こんな好都合な物件はなかなかない。
    もちろん闇界隈でターゲットにどうだと話題に上がっている。
    しかし、みなこの豪邸の不気味さに気味悪くなって手を引いているのが現状だ。


    この家族に関わっていた男が一人、不可思議な死を遂げている。
    男の職業は自治体が運営している児童施設のケースワーカー。病にかかる長女をどうか病院にと夫婦に働きかけていた唯一の人間。
    彼は町にある教会の前で倒れているところを発見された。背中を鞭かナタでズタズタに引き裂かれたような裂傷が死因。
    『獣か何かが彼に馬乗りになってビリビリと爪を立てたような傷跡だった』
    病死でもなければ殺人でもない。獣害にしては獣の痕跡も一切ない。どう調査しても彼がこのような死に方をする原因は突き止められず、狭い町では都市伝説めいた噂話が広まるばかりだ。

    『これはあの家の呪いだ』

    もちろん証拠も根拠もない絵空事だが、その変死事件は町でそう噂され疎まれていた。

    「……んなもんあるわけねえだろ」
    少し身を引いて眉を寄せた有馬に、時空院はにやんと不気味に笑う。
    「おや、そうとも限りませんよ? 実際スピリチュアルな理由で事業が停滞したり、どうにも説明のつかない未解決事件はこの世界中に腐るほどありますからねえ」
    「ハッ……何、お前そんなもん信じてんの」
    「いえ? 自分が信じるか信じないかの話ではなく、『信じている人間がいる』というお話です」
    掴み所がない笑みで話す時空院に、燐童はやれやれと息をつく。
    「まぁこの死亡事件はともかく、この家の銀行口座からは毎月信仰している宗教団体に多額の送金があります。資産が豊潤なのは確かですね」
    「宗教絡みは面倒くせえぞ。トチ狂ってる素人が一番厄介だからな」
    「ただの強盗や詐欺では私もあまり興味を引かれませんねえ」
    三人がそれぞれに意見を出す中で、集められた資料に目を通していた谷ケ崎は挟み込まれた一枚の写真を指差す。
    「……コイツは生きてるんだろ?」
    腐るほど金は持っているのに、まともじゃない両親の方針で姉を喪った弟。……引っ掛かるものがあった。

    D4がこの邸宅に手を出したのは、そんなほんの些細な気掛かりだった。




    新しい担当だとケースワーカーを名乗ってその邸宅へ訪れたのは燐童と時空院。それらしいダブルスーツ姿で訪問した。提示した身分証はもちろん偽造だ。

    「わざわざご挨拶に来てくださるなんて。さぁ座って」
    母親は想像以上に朗らかに燐童達を迎え入れ、リビングに招いてくれた。
    高い天井にシャンデリア。年季の入った燈台や時代が染み込んだ革張りのソファー。
    まさに豪邸に相応しいそれらが、しかし妙に薄汚れている。メイドを解雇してしまった今、これらをすべて掃除管理するのは難しいのだろう。
    こうした生活の綻びがいずれ人を破滅へと導く。そんな人生をいくつも見てきた。表向きは何にも不自由なく優雅に暮らしているように見えるが、この家にはどこか違和感がある。
    燐童は向かいのソファーに座る母親へ、人当たり良く微笑みを向ける。
    「前任者が亡くなって、僕達がペアで担当させていただくことになりました」
    「えぇ。彼にはとてもよくしていただいたので、事件のこと、とてもショックです……」
    「事件のことはどこで?」
    「警察の方がうちに訪ねてきましたから。ヒドい傷だったとか。惨いことをする人間がいたものだわ」
    「人間の仕業かどうかはまだ分かりませんよ」
    出されたクッキーを遠慮なく口に運びながら、時空院はけろりと言う。燐童はその様子に微かに苦い顔をするが、母親のほうは変わらずにこやかだった。
    「なら、神のご意向だったのかもしれませんね」
    顔見知りの死に対して、何の躊躇いもなくそう言えてしまうのか。
    「息子さんはお元気ですか?僕達の仕事は彼の様子を見てあげることなので」
    病気やいじめ、その子の個性、どんな事情であれ、学校に通わない子供には自治体からの定期的な家庭訪問が義務づけられている。虐待を早期発見するために中王区が制定した法のひとつだ。
    「長女が亡くなってしばらくは塞ぎ込んでいましたが、近頃は夫の手伝いを」
    「すまないが手を貸してくれないか」
    父親がリビングに顔を出してきた。まるで会員制のゴルフに行くかのような格好。その背後には中学校に通わずにいる息子が少し不安げな表情で燐童達を見てくる。
    「はじめまして。新しく担当になる者です」そう立ち上がって父親とも握手を交わし、軽く自己紹介をした。
    「家庭訪問は来週だと聞いていたんだが」
    「娘さんのこともありましたから、早いほうがいいかと」
    父親は母親よりも少し部外者を警戒している目をしているが、取り繕うように苦笑いを見せる。
    「悪いね、荷馬車の調子が悪くて。男手が必要なんだが……」
    「では私が」
    にこやかに手を上げた時空院は父親と息子に次いで庭へ出ていった。


    「娘さんのご葬儀は教会を使われなかったんですね」
    リビングに二人きりになり、燐童は注意深く母親の目を見ていた。
    「以前は日曜のサミットにも通われていたと伺っていますが……」
    「祈る神を変えることにしたんです」
    娘は精神的に不安定で対人恐怖症でもあったと母親は話を続けたが、それを裏付ける正式な診断はない。
    「そのおかげで娘は最期までとてもいい子でした」
    燐童は微かに感じる違和感を微笑みで誤魔化し、首を傾げてみせた。
    「誰に祈らなくても、我が子というのはみな尊いものなのでは?」
    「…………」
    奇妙に黙った母親の表情は貼りつけた仮面のような平たい笑顔だった。
    「えぇ、もちろん。我が子が愛おしくない親などいませんよ」
    この女は嘘つきだ。その笑顔の作り方なら自分もよく知っている。
    「子供たちは私の宝物です」
    「それは良かった。僕にとっても子供はみな等しく幸せであってほしいので」
    何かに仕返すかのように、燐童は彼女に同じ笑顔を返してやった。


    庭もあまり手入れが行き届いていない。
    資金繰りに困っている背景もないのに、この広さの邸宅でメイドを全員解雇してしまうとは。……なぜ?
    父子に連れられた時空院はすっかり枯れた噴水の脇に駐められた馬車に手を貸した。滑車からズレていたタイヤを三人がかりで嵌め直す。
    「馬をこんなに間近に見るのは久しぶりです」
    父親が工具を片付けに離れたタイミングがあった。馬にブラシをかける息子の傍に立つ。「いい子ですねえ」と馬の頬を撫でてみる。
    「……慣れてるんだね」
    人見知りな表情だが、息子は時空院を見上げてそう話しかけてきた。ニコッと笑んで頷いて返す。
    「えぇ、私の実家にも馬がいました。乗馬の訓練などがありましたが、みな賢くていい子達でしたよ」
    こういう時は穏やかに本心で話すのが一番だ。

    「動物には嘘がなくていい」

    息子は少しだけ顔を強張らせた。どうやら時空院の言葉が何かに刺さったようだ。
    時空院はチラと父親の動向を確認する。もう少しだけ目を盗めそうだ。
    「何か困っていることはありますか」
    少し立ち位置を変えて、息子の表情が父親から見えないようにする。まるで哀しみを共有しているかのように息子の手を取った。
    「キミの年頃でネットにも触れられないなんて、不満ではありませんか」
    まだ幼さが残る息子の肩を抱き寄せる。時空院との体格差ですっぽり包まれるようだ。労るようにその背中を擦ってみるが、子供に身体の痛みを感じている様子はない。身体的な虐待は見受けられない。
    「お姉様のことでも、つらい思いをされたでしょう」
    「、……」
    時空院の調査的な思惑を素直に労りだと受け取ったのだろう。一瞬、子供は何か言おうとした。
    「修理は終わった?」
    母親。燐童に庭を見せると連れ出してきたタイミング。息子はハッと時空院から離れ、咄嗟に声色を変えて母親を見た。
    「終わったよ、もう大丈夫」
    そうして時空院を見る。まるで自分に言い聞かせるように…。
    「もう大丈夫」
    そう繰り返した。


    邸宅をあとにした燐童と時空院は乗ってきた車に戻った。燐童はやれやれと重く息をつくが、時空院はもう興味がないかのようにシロップ入りのスキットに口をつける。
    「……どう思います?」
    「明らかに家族ぐるみでの隠し事がありますねえ」
    ただの資産家でもなければ、虐待家庭という単純な話でもなさそうだ。
    「姉の死因は本当に病死なんでしょうか…?もう少しこの家族のこと、調べてみましょう。谷ケ崎さんと有馬さんには夜になったら家の中を調べに来てもらいます」
    「選手交代ですね」


    そう、ここからは選手交代。
    谷ケ崎と有馬が暗闇に紛れて邸宅の付近から捜索を開始する。可能なら侵入して間取りや家財道具の位置などを把握したい考えだ。
    馬小屋の裏手から侵入し息を潜めていると、母家から父親と息子が出てきてしまう。
    物陰に隠れてやり過ごそうとしていると、思いも寄らない会話を聞いてしまった。
    「母さんがまた姉さんのこと叩いてたよ……」
    「あれは必要な儀式なんだ。姉さんには悪魔が取り憑いてる。お前だって見ただろう……死人だって出してしまった…。私達家族が封じ込めなくては……」
    「でも姉さんはもう大丈夫だって」
    「それも悪魔が嘯いてるだけだ。聞き入れるな」
    「でも、」
    「とにかく、お前も危険だから地下にはもう行くんじゃないぞ」
    思わず谷ケ崎と有馬は目を見合わせる。
    まるで娘が今も生きてるかのような口ぶりだ。いや……実際、おそらく生きている。

    人気がなくなったことを確認して、谷ケ崎と有馬は邸宅の壁に沿って慎重に歩みを進める。
    雑草が生い茂るその足元、灯りを感じた二人は身を屈める。
    半地下になっている通気孔のような細い窓。そこから地下が薄暗く見えた。覗き込んだ有馬は思わず呟く。
    「……おいおい嘘だろ」

    娘が、壁に掛けられた十字架や祭壇に向かって祈っている。その背中を母親が細い竹で幾度も鞭打っていた。
    ピシャッピシャッという苛烈な音。
    打たれる娘は悲鳴もあげずにただ耐えて延々と祈りを続けている。震えているその背中は隙間がないほどに裂傷だらけで、着ているTシャツはボロ布のようになって赤く湿っていた。
    「どうかしてる」
    有馬が言っていたようにこの家庭は『トチ狂った素人』だ。闇の住人よりもそんな奴らのほうがよっぽど想像を絶する残酷な行いをする。
    今ここで突入するのは簡単だが、二人は目の当たりにした現状に打ちのめされて唖然とし、一度場所を変えようとそこから移動した。ふざけんなよと小さく舌を打った有馬はスマホを取り出して通話を繋ぐ。
    「何か収穫がありましたか」
    電話に出たのは燐童だ。
    「何かどころじゃねえよ、娘は生きてる…!」
    「え、どういうことですか」
    「娘が死んだってのは偽造だ、今地下に幽閉されて」
    「―有馬」
    ピンと張りつめた谷ケ崎の呼び声。と同時にガチャリと聞き覚えのある音。
    なんだと谷ケ崎の顔を見れば、その視線は厳しい眼差しで背後を見据えている。
    視線を追って自分も振り返ってみると、弟である息子がライフルの銃口をこちらに向けていた。
    緊張しきった切迫した表情だ。それを人に向けたことはないのだろう。狙いが定まっていない。銃の扱いこそ、素人ほど危険なことはない。
    「……よせ」
    二人はゆっくりと両手を上げて、敵意はないと弟に示してみせた。
    「落ち着けよ」
    電話口では燐童が「有馬さん谷ケ崎さん」と安否を心配して声を荒げていたが、有馬は何も説明せずに通話を切った。
    「俺たちは昼間にここに来た奴らの仲間だ」
    「姉貴に起こってることはお前にも起こるかもしれねぇーぞ」
    「今ならこのまま俺たちと逃げることができる」
    この段階で有馬も谷ケ崎も、示し合わせることなく共通した目的は『息子の保護』だった。息子は二人の眼差しにその本心を感じ取り、微かに目が泳がせる。
    葛藤がある。姉が受けている虐待と両親への疑念。でも子供にとって、親は一番近くにある世界そのものだ。
    しばらく谷ケ崎と有馬を交互に睨んで構えていた息子は、次第に諦めたように脱力してゆっくりと銃口を下ろした。
    途切れた緊迫感に谷ケ崎は小さく息をつき、有馬は「それ寄越せバカ」と子供からライフルを受け取ろうとした。しかし、……
    「無理だよ」
    次の瞬間、背後から強い打撃で頭を叩きつけられた。反撃のひまもなく、二人は地面に倒れる。
    いや、反撃なら出来たはずだ。でもそう出来なかった。何故なら草陰から飛び出して二人を重いライフルの銃身で殴りつけてきた父親が、……何かに悔いて堪えるように泣いていたからだ。



    「――…有馬」
    トンと足を軽く蹴られた感触。静かな呼び声。
    頭の鈍痛と自由の効かない手足の感覚で有馬はうっそりと目を覚ます。横たわったまま自分の状態を把握し、見えた景色にこれみよがしと深い溜め息をついた。
    「〜……怠ぃな」
    両足首は麻縄で縛られていて、後ろ手に回された両手首も麻縄をみっちりかけられている。先に目を覚ましていた谷ケ崎も、有馬の隣で同じように拘束されていた。何とか上体を起こして、面倒なことになったなと気怠く壁に凭れる。
    大豪邸に隠された秘密の地下室。そこに幽閉されていたのは、亡くなったとされていた娘。至るところに蝋燭やランプを灯している薄暗く湿っぽい空間。そのぼんやりとした光源の中に、先ほど外から盗み見た傷だらけの少女の背中が見えた。
    娘は捕縛されている大人の男二人のことなど気にも留めず、祭壇に向かって跪いて祈りを続けている。有馬は鬱陶しく言う。
    「意味あんのか、それ」
    何が呪いだ。何が儀式だ。そんなもん全部、何の意味もない。谷ケ崎も少女に声を掛ける。
    「お前は外の世界じゃ死んだことになってる。病気だったんじゃないのか?」
    少女は電源を切ったラジオのようにぷつりと祈りを止めた。振り返らない背中は、打たれた痛みとは違う怯えで震えていた。
    「……あのケースワーカーの人…やっぱり死んじゃったんでしょ……?」
    娘の言い回しに、谷ケ崎達は眉を寄せる。その男の死に関わっているのか。
    「あぁ、昼間に次の担当者がここに来てる」
    「知ってる。二人いた。そこの窓から見えたから……」
    先ほど外から覗いた窓。見やれば足場になるような台座が置かれている。この娘にとって唯一見える外の世界。なんて狭く見渡せない世界。
    「俺たちはその二人が昼間の家庭訪問じゃ不審だって言うから交代で来たんだよ」


    助けてほしかった。
    気づいてほしかった。
    ただそう願っただけだった。
    脳内にフラッシュバックする。

    「私が殺した」

    「お前が殺った証拠はない」
    「でも私には出来るんだよ」
    「ハッ自分には超能力でもあるって言いてぇのか、母親と娘でとんだ妄想癖だな」

    瞬間、娘が振り上げた手でバンと強く床を叩いた。床に亀裂が入る。それはまるで『獣か何かがビリビリと爪を立てたような傷跡』だった。

    二人に向かって手をかざす。
    まるで見えない壁に押しつぶされるような圧力がその手の平から放たれて、二人は後ろの壁に吹き飛ばされる。強かに背中から打ちつけられて、うぐと肺が詰まった。

    「……ほら。出来るんだよ」


    壁際にあった祭壇が吹き飛んで谷ケ崎と有馬に向かって飛んできた。二人のすぐ真上、壁に激突した祭壇は飛び散って粉々になる。激しい衝突音。
    身を屈めて避けていた二人は床に散らばった木材の破片を唖然と見やる。

    「コントロールできないの。だから間違って人を殺してしまった。私は悪魔に取り憑かれてる。お母さんは正しい…」
    「それは違う」
    俺の目を見ろ。乱暴さはなく、静かで芯のある声。言われて娘は谷ケ崎を見る。白い目。あまり見ない色だ。
    「取り憑かれてるからじゃない。それはお前がたまたま持ってた能力だ。俺だって少し人と違う。間違えて物を握り壊すことくらいよくある」
    「いやそれは加減覚えろ?」という有馬の秒速で細やかなツッコミ。谷ケ崎は無視して続ける。
    「このままで良いはずがない。お前が良くても、弟はどうなる」
    『弟』その一言で、娘の目の色は微かに変わった。
    「弟にお前と同じような能力がないとは言い切れない。いつか同じことができるようになったら、今度は弟が同じ目に遭う。ここにいたらダメだ。俺たちなら二人まとめてここから逃がしてやれる」
    谷ケ崎は真っ直ぐに娘を見る。一言ずつゆっくりと言う。
    「縄を解いてくれ。ここから未来を変えるんだ」
    階段を降りてくる足音。錠が外された扉が開け放たれて、ライフルを構えた父親と息子が入ってくる。次いで降りてくるのは母親だ。笑っていた。
    「食事の時間よ」


    ダイニング。家族の食卓。電灯は最小限で、所々に揺らめいているのは蝋燭の火だ。
    母親は映画のワンシーンのような見事な食事を用意していた。
    「さぁ祈ろう」
    ダイニングテーブルを囲って座する家族四人が手に手を取って円を描き、空に向かって目を閉じる。
    「蜘蛛の糸の導きがありますように」
    まるで家族の一員かのように谷ケ崎と有馬も並んだ椅子に座らされていた。両足は椅子の脚に、手首は背面に括られている。
    「くだらねぇな」
    祈りの言葉を続ける食卓に、有馬は冷ややかに言う。その視線は母親へ向けられていた。
    「てめぇそんなもんで本気で何か変われると思ってねえだろ。結局目の前のガキ共から目を反らしてるだけだ」
    理解できない子供をまともに更正しようと足掻く両親が、金を持っていたが為に新興宗教団体に目をつけられて泥沼にハマっていく。
    『可哀想に。娘さんは悪い穢れに取り憑かれています。この糸には穢れを浄化するチカラが宿っているのです』よくある話だ。
    『それは間違った神に祈っていた報いです。これ以上娘さんが理不尽な報いを受けないよう、その遺体はお返しすると良いでしょう』
    娘が誤って殺してしまったケースワーカー。彼を教会に放置したのもこの両親だろう。
    後戻りできなくなった両親は子供を巻き込んで、こうして狂っていく。
    「自分は悪くないって言い聞かせて責任逃れしてるだけだろうが」
    「食べよう」
    有馬を無視して、父親はシチューを口にする。ゴクリと飲み込んでその直後、嘔吐した。泡を吹いて皿に顔を沈めて動かなくなった。
    子供たちは青ざめる。谷ケ崎と有馬も目を見開いて息を飲んだ。
    これはもう何もかも隠し通せないと踏んだ両親が下した、一家心中の始まりだ。

    「さぁ食べて」
    動かなくなった夫を確認してから、母親はにこやかに子供達に食事を勧める。笑顔と同時に追い込む圧倒的な威圧感。
    「何考えてんだ……」
    谷ケ崎は信じられないと母親を見やる。
    テーブルを囲んだ家族は谷ケ崎達のことなどまるで見えてないかのように振る舞い続ける。
    「温かいうちに食べましょうね」
    「おいおいふざけんな…!てめぇ、」
    「食べなさい」
    有馬の制止を遮って放たれる悲鳴のような怒号に、子供達は肩を跳ねて震え上がる。意を決して弟がスプーンを手に取った。ガバッとシチューを掬うが、手が震えてそのまま動かない。谷ケ崎は芯に込めた瞳と声色で弟に言って聞かせる。
    「…やめろ、そんなことしなくていい。こっちを見ろ。必ず助ける。スプーンを置け」
    「いい加減にしろや!てめぇそれでも母親か…」
    「食べなさい」

    「――やめて…」

    姉が耐えきれずに叫んだ。
    その瞬間、弟の手からスプーンが自我を持ったかのように弾け飛ぶ。驚いた一同が姉を見つめる。俯いて震えていた姉は叫び続けた。
    「もう嫌!こんなの、もう嫌」
    食卓のテーブルが思いきり滑り出して母親を直撃する。息絶えている父親を無視して椅子がひっくり返る。同時に、谷ケ崎と有馬も椅子から突き飛ばされたように振り落とされた。縄が切れる。

    すべてが一瞬だ。

    テーブルに弾かれた母親は咄嗟にナイフを握り締めた。
    奇声のような悲鳴をあげて、その切っ先を振り上げて娘に振り下ろす。
    拘束が解かれ 谷ケ崎が駆け寄ろうとするよりも先に、有馬が銃身を抜くよりも先に、娘と母親の間に弟が飛び込んできた。背中に姉を守って立ちはだかる
    ザク…ッ。人間の皮膚が避ける音。
    弟の胸に、ナイフが突き立てられていた。

    「――」
    その場にいる全員が目を見張り、凍りつく。
    慄いた母親は息子に突き刺してしまったナイフの刃を抜き取った。あ…と言葉にならない息を漏らす。刺されたまま固まっている弟を挟んで行き交った母と娘の視線は、もう後戻りできない失望感に染まっていた。
    私達はもう、……家族じゃない。
    瞬発的に、母親は懲りずに再度甲高く悲鳴をあげて血に濡れたナイフを振り上げた。娘へと容赦ない殺意で。
    しかしその切っ先は届かない。
    パンッ。有馬が撃った一発が母親の手からナイフを弾き落とす。同時に谷ケ崎が彼女の腹を思いきり蹴り飛ばし、子供達から遠ざける。吹っ飛んだ母親は家具に打ちつけられて床に倒れるが、死にかけた虫のように手足で藻掻いて立ち上がろうとした。
    子供達を背後に庇って掲げられた谷ケ崎の腕を安定台代わりにして、有馬はもう一発を母親の足に撃ち込んだ。髪を振り乱して足掻く姿は、まるで井戸から出てくる化け物だ。

    刺された弟は自分の胸に触れ、手の平の血を見つめていた。脇に立つ姉がこの体を支えながら懸命に名前を呼び掛けてきている。でも周りの音が遠くて、すべての動きが緩慢に見える。別の世界にいるみたいだ。
    (本当は分かってたんだ……)
    母に刺されたという事実は、なぜか心を安堵させていた。
    (やっぱり、愛されてなかったんだな…)

    ふ…と意識を手放して床に崩れ落ちた弟を、姉は決死の表情で抱きかかえ止血を試みる。
    (どうして…!)
    どうして弟がこんな目に遭わなければならないのか。
    どうして…どうして……どうして!
    悔しさと憤りで母親を睨もうと顔を上げた。めちゃくちゃに引き裂いてやりたいと願った。自発的に悪意をもって力を使おうとした。
    けれど目の前には、自分達を守るようにして二人の大人が立ち塞がってくれていた。

    もう何も見なくていい。
    もう何も聞かなくていい。

    そう言ってくれているかのような背中が、悲しいほどに心強く、うぅと苦しい嗚咽が止まらなかった。
    執念深くゾンビのように千鳥足で立った母親は、有馬と谷ケ崎に内緒話を話すかのように囁き声で言う。
    「この家には悪魔が取り憑いてるのよ……」
    ……もう終わりだ。
    彼女はもう母親には戻れない。

    「それはお前だ」

    静かな厳しさでそう断罪した谷ケ崎を、母親は不気味に笑った。そうしてゆっくりと、操る糸が切れたかのように倒れていった。



    弟は一命を取り留め、タンカに乗せられて運ばれていく。毛布に包まって立つ姉はサイレンを鳴らして発進した救急車を見送っていた。その様子を谷ケ崎と有馬は後ろから見守る。
    おそらく通話が切れてから燐童たちが通報したのだろう。逃げる時間はあったが、二人は駆けつけた警察に「自分達はこの家族の知り合いだ」と説明してこの場に残っていた。だが、どうせすぐに身元は割れる。ここに居られるのはほんの数分だ。
    保護者を失った子供達は施設に保護されるだろう。
    『私が殺してしまった』
    彼女が超能力で人を殺めたなんて立証はできないし、母親からの虐待のほうが大きな問題になる。
    しかし法で罰せられなくとも、きっと闇は彼女を逃さない。自分の犯した罪やコントロールできない感情とこれからどう向き合っていくか。それらが独りで抱えるには重すぎることを、谷ケ崎は知っていた。

    「……どうする」
    救急車が道の奥に消えてから、谷ケ崎は娘の背に問いかける。このまま彼女を失踪させることはD4なら簡単だ。闇での生き方なら教えてやれる。
    娘は救急車が見えなくなっても、サイレンの音が聞こえなくなるまでずっと見送っていた。ぽつりと独り言のように答える。
    「弟の傍にいなきゃ。唯一の家族だもの」
    そう言って独りで道に立つ少女の背中に、有馬は少し眉を寄せる。厳しさの中に微かに滲む、その道を危惧した声色。
    「簡単なことじゃねえぞ」
    娘はようやく二人を振り返った。
    「簡単だったことなんて今までだって一つもなかったから」
    不安はあるだろう。だが、覚悟した瞳だった。
    「……分かった」
    谷ケ崎は娘が『姉』として決めた想いを尊重し、そっと片手を差し出す。
    別れに求められた握手を見て、しかし娘は自身を卑下したように苦笑った。背中に手を隠してしまう。
    「握り潰しちゃうかもしれないよ。私は『悪魔』だから……」
    「そんなにヤワじゃない」
    娘の言い分を遮るように、隠されたその手を少し強引に引っ張り出してやる。ぐっと気持ちを込めて握った。
    ほら、大丈夫だろ。

    「……、」
    握られた手の心強さに、思わず言葉に詰まった。本当は言わなきゃいけない言葉がたくさんあるのに、射抜かれていた。
    芯のある白い瞳。恐れや疑いもなく、ただ私という存在を真っ直ぐに見てくれた。
    この瞳を、私はきっと一生忘れないだろう。
    胸に込み上げる想いで涙を堪え、出来るだけ強く強くその手を握り返す。
    そう、私はきっと大丈夫。乗り越えてみせる。
    「ありがとう…」
    返ってきた手の力から少女の想いを受け取って、谷ケ崎は柔く笑って頷いた。そうして静かに言う。
    「アルファベットのDに数字の4」
    え?と目を丸くする少女とは違い、有馬は谷ケ崎の背を見てひっそりと笑う。身元を明かすなんて日頃なら蹴り入れるところだが、今回はまぁ…許してやる。
    名刺はない。決まった連絡先もない。
    必要な者が自ら望めば現れる、闇の住人。
    「困ったら連絡しろ。俺たちは…『悪魔』からしか依頼を受けねえからな」
    「!」
    少し悪戯めいた谷ケ崎の一言に、少女は久しぶりに、ははっと声を出して笑った。




    「お手柄でしたねえ」
    邸宅から少し離れた場所で、時空院と燐童は二人を出迎えた。逃走用の車はすでに後ろに準備済。
    無事に警察に身元が割れる前に姿を消してきた谷ケ崎と有馬を、しかし燐童は大人しく車には乗せようとしない。
    プンプンとわざとらしく頬を膨らませ、両手を腰に当ててみせる。
    「確かにお手柄だったかもしれませんね。でも!お二人共、せっかく家の中に侵入できたのに何の成果も得られてないんですか?」
    それでも指名手配犯ですか!とお叱りモードな燐童の様子に、谷ケ崎と有馬はチラと互いに目配せをする。
    この悪名高い闇の住人を舐めてもらっては困る。
    二人はまるでシンクロするようにポケットに突っ込んだままだった両手を外に出す。その指や手首には見事な指輪やネックレス、腕時計など高級な貴金属がじゃらじゃらと巻き付いていた。ほとんど無表情に黙ったまま、しかしどこか自慢気に「どうだ」と言わんばかりの谷ケ崎と有馬に、燐童はにんまりと大満足だ。
    「上出来です」
    時空院が眼鏡を上げてふふと笑う。
    「とんだ悪魔ですねぇ」


    悪魔なんてどこにでもいる。
    どんな悪さをするかは、その悪魔の次第だ。


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