何度でも脱thu····時空院丞武がいない。
その現実に、今、三人は直面している。
「~どうしましょう谷ケ崎さん…! これじゃ僕らD3になっちゃいますよ…!?」
目に見えて一番動揺しているのは、燐童だった。
「何言ってんだお前」
あわあわと駆け寄ってくる燐童に対して、谷ケ崎は平然としていた。
「生きてりゃまたどっかで必ず"次"がある。その時には絶対に"四人"だ」
それは、未来を信じている言葉。
「だから今は丞武の分も俺たちがやるしかねえだろ」
谷ケ崎は当たり前のように、真っ直ぐだった。
山田一郎への憎悪から自身を解放することが出来た谷ケ崎は、ここ最近ですっかり大人びている。普段は相変わらずぽてぽてと間の抜けた仕草をするくせに、こういう窮地に立った時にはリーダーの顔つきに変わっていた。
「っ……そうですね、ここは僕らで乗り切るしかありません…時空院さんの分も……」
打って変わって人恋しさを誤魔化さなくなった燐童の表情には、まだ少し不安が垣間見える。
信頼と裏切りの狭間で苦しんできたからこそ、時空院を連れ出せなかったことを一番悔やんでいるのは、燐童なのかもしれない。
有馬は どうするかと相談する谷ケ崎と燐童を眺めながら、上着のポケットに手を入れて斜に構えていた。
時空院との別れ際、混乱した乱戦の中で咄嗟に拾い上げた眼鏡を心なしか握り締めてしまう。 あのバカの一番近くに陣取っていたのは自分だった。
『先へ』
迫る猛攻に一人立ちはだかる背中でそう言われて、一瞬だけ足が躊躇したのは確かだった。
合流地点に二人ではなく有馬一人が現れた時、「時空院さんは」と恐る恐る尋ねられた 言葉と じっと見つめてくる静かな白眼に言葉が詰まった自分にも腹が立つ。
コイツらのことで後悔なんて、したくなかったのに……。
結局、時空院のみ捕縛された結果を聞いても、燐童も谷ケ崎も有馬を責めたりは決してしなかった。
むしろ、ならば次の手をと諦めずに模索している。
その様子が訳もなく苦しくて、どうしようもなくムカついた。
「いや無理だろ」
言い放った有馬を、二人は振り返る。いっそ失望の視線を浴びる覚悟で言った。真意は伝わらなくてもいいと思った。
「あのバカの抜けた穴なんざ埋められるわけねえだろ」
一拍、二人はきょとんとフリーズした。目をぱちくりと瞬かせて、少しだけ目配せを交わす。
そうして有馬をもう一度見やった谷ケ崎は、何かに納得したようにふわと和らいで笑った。
「そうだな、俺たちに代わりはいない」
……くそが。どうしてお前はこういう時だけ勘がいいんだよ。
「……別にそんな話してねえわ」
伝わってしまった真意をはっきりと言葉にされて、有馬はぐぬと苦い顔をした。
どこか嬉しそうにも見えた谷ケ崎の表情にそれ以上言い返すことが出来ず、目を据わらせる。何見てんだよ。
「確かに、時空院さんに出来ることは僕らには出来ませんよね! ガムシロ一気飲みとか!」
燐童の気持ちも前向きになったようで、茶化したように一本指を立てて見せる。それはそうだ。思わず有馬と谷ケ崎がうむと頷くと、笑みは深くなる。
「でも、代わりはいないからこそ、今ここで僕らは三人でやりきるしかありません」
そうだ。ここが僕らの居場所。
追い詰められた状況を覆すのが、脱獄犯の腕の見せ所。
「お前ら準備はいいか」
「もちろん!」
「いちいち聞くんじゃねえよ早くしようぜ」
谷ケ崎が信頼を込めて寄越す力強い視線を受け取って、燐童と有馬も先を見据える。
俺たちは難攻不落の刑務所を何度でも飛び出す常習犯。
清く正しい世間様には悪いが、こちらは諦めの悪い生き方しか出来やしない。仲間一人捕られて、このまま引き下がるようなタマじゃない。
丞武、せいぜい看守と仲良く待ってろよ。
ここを乗り切ったら、必ず会いに行きます。
この三人でバカなてめえを一発殴りにな。
北の地に派手な爆発音が鳴り響く。
D4の行進を、この先の未来に進めるために……。
■■■後日談■■■
「探し物が無事に見つかって良かったです」
黒いフレームの丸眼鏡。時空院は汚れていたレンズを軽く拭いてから顔にかけ、「どうですか」と谷ケ崎を振り返った。
珍しく脱走に不手際があったD4は、その時時空院を残して塀の外に出た。
別れ際、乱戦に立ち塞がる時空院が落とした眼鏡を拾ったのは有馬で、それがおもむろに燐童に渡され、最終的にやはり四人でなくてはとここに戻ってくる頃には谷ケ崎の手に渡っていた。
三人の手を順に巡った眼鏡のフレームは少しだけ歪んでいたが、谷ケ崎からそれを受け取った時空院はにっこりご満悦だった。
「実は、これは最初に脱獄した時に手に入れた眼鏡なんですよ」
そうなのか。谷ケ崎の目にはあまり違いが分からないが、使っている本人には何か使い心地の合う合わないがあるのだろうか。それとも…
「お前みたいな奴が過去の物を大切にするとは思わなかった」
平然と何気に失礼な物言いをした谷ケ崎に、時空院は思わずははと笑う。
「そうですねえ。私も自分にこんな感性があるとは思いませんでした。キミ達といると驚かされることばかりだ」
その笑顔は満更でもなくどこか嬉しそうに見えて、谷ケ崎も釣られて表情が和らいだ。
「なら次はちゃんと落とさないようにしっかりついてこいよ」
自然と掛けられた柔らかい言葉に少しだけ驚いて、一瞬、喉の奥で言葉が詰まってしまった。両腕を広げて、茶化してみせる。
「おや、次も誘って頂けるんですか? 失態を犯したこの私でも」
「当たり前だろ」
きっと有馬や燐童なら同じように茶化して返しただろう場面で、谷ケ崎はどこまでも誠実だった。
「丞武、失態だなんて誰一人も思ってねえ。俺達はならず者なんだ、何度でも脱獄すればいい」
まるで言い聞かせるように真っすぐに見つめて言う谷ケ崎の眼は、時空院が微かに見せた躊躇や遠慮を誤魔化しはしない。その白さが恐ろしくもあり、今は少しだけ、頼もしくもあった。
「それに、」と続ける谷ケ崎は、思い出したかのようにふと笑う。
「有馬も燐童も同じこと言ってた」
『次は四人で』
素っ気なく付け足したように言った有馬も、あのハンドサインを掲げて笑った燐童も、同じ想いだったに決まってる。不意に欠けたピースを埋めるために、一人一人が必死だった。時空院の分を、必死に背負ったんだ。
当の本人は谷ケ崎の言うことが信じられないと眉を上げている。
「本当ですか? 私には一言もそんなこと言ってきませんでしたよ」
それはそうだろう。何せあの「Dominator」と「Sweeper―A」だ。素直じゃないのが代名詞。
まさか谷ケ崎からこんな告げ口をされているなんて、きっとあの二人はちっとも予測してないはずだ。
「その眼鏡からお前に外の景色見せてやろうとしてたな」
「なんですかそのエスパー設定。私そんなこと出来ませんよ」
理路整然とツッコむ言葉でついに我慢出来ず、谷ケ崎は俯き加減にも肩を揺らしてクスクスと笑っていた。
まったく、置いて行かれたこちらの気も知らないで、お三方共にずいぶんと楽しんできたご様子だ。……でも、…彼らは戻ってきた。「妙なものを拾った」と軽口を叩きながら当然のように……。
しんと神妙な微笑みで見てくる時空院に気が付いて、笑っていた谷ケ崎は小首を傾げる。
「なんだ?」
「いえ、……」
ありがとう、という言葉では浅いように思えて、口にはしなかった。
「招き入れられる居場所があるのだと思うと、……何と言えばいいのか…胸が詰まりますねえ」
彼らが外に出ている間、一人で考えてしまうのは彼らのことだった。……心配、していた。
先に逃がした有馬が一瞬だけ見せた悔い苦い表情や、本当は寂しがりの阿久根のこと。そうして、そんな彼らをきっと凛と引っ張ってくれるだろう伊吹のこと。
思っていた以上にD4というものが自分の中に食い込んでいた。
一人ではなかったというこの偉大な気づきに、まさか彼らから離れた故に思い知らされるとは。こうして届けられた古い眼鏡に温かさを、執着を、感じてしまう私もまたやはりただの人間なのだ。
妙な沈黙で物思いに耽る時空院に、谷ケ崎は笑う。
「次はちゃんとお前も連れていくからな」
さらりとそう言われて、反射的に叫んでいた。ごちゃごちゃと考えるよりも、もうシンプルに嬉しかった。ぱあと目を見開いた笑顔は、少々狂気だった。
「愛ですねええ!」
「うるせえ」
ぴしゃり。ついさっきまでの優しさはどこへやら。手の平を返してツンと言い放った谷ケ崎はさっさと歩いて行ってしまう。
「ねえねえねえねえ伊吹!!」
どんと肩がぶつかるように隣に駆けた時空院はにやと悪どく笑う。
「次はどんな脱獄をしましょうか」
「それを今から決めに行くんだ」
四人揃ってな。