「永遠と刹那の狭間で」 9.出会い9.出会い
「テレビやネットで見たことがありますが、やはり東京は大きな街ですね」
岐阜羽島駅から東海道新幹線に乗り、途中、名古屋駅で乗り換えをしつつ浜名湖や太平洋、そして異世界では登ったことすらある富士山を眺めているうちに新幹線はビルとビルの間を走っていた。
途切れることのない街並みに幸村は目を見開いているが、七緒自身も東京に来るのは数えるくらいしかないため、やはり戸惑いを覚えてしまう。
気がつけば終点の東京駅についていた。
そして、電車を乗り継ぎ、これから住むことになる街へたどり着いた。
そこは、東京でありながらも駅前には古風な感じのする商店街が立ち並び、どこか懐かしさを覚えるような場所だった。
大学も自転車で通える距離にある。
「ここか……」
駅から約10分ほどのところにあるアパート。新築ではないものの、清潔感に溢れており、そのことに安心する。
家具や家電は先週、東京に仕事をしに来た両親がそのついでに搬入してくれたため、ふたりは今すぐ生活をすることが可能だった。
窓から見えるのは戸建て住宅の壁。
今まで見てきた自然豊かな環境と異なり、人がすぐ近くに住んでいることを実感するにはしばらく時間が掛かるかもしれない。
それでもやはり憧れていた都会の生活がはじまるとあって七緒の胸はうきうきしていた。
「幸村さん、ここでたくさんの思い出を作りましょうね!」
思わずそう言ってしまう。
ただ、その思い出が必ずしも楽しいものばかりになるとは限らないということを七緒は知らないでいたが。
☆ ☆ ☆
「七緒、もう少しでゴールデンウィークだけど、何か予定あるの?」
そう七緒に話してきたのは薙刀部の2年生・地井一美であった。
大学生になったのだからサークルに入って別の世界を見たい気持ちはどこかにあったものの、薙刀をすることで得られたこともあるため、部活に入って続けることにした。
地井一美は薙刀部の部室の前で入部を躊躇していた七緒を勧誘した人物であり、そのこともあってか何かと七緒のことを気にかけてくれる。
長身に黒い短髪、そしてはきはきした性格。
典型的な女子校でモテるタイプの女性であるが、姉御肌ということもあり学部では男子からも慕われているらしい。
ゴールデンウィークか……
新しい街での生活に、高校とは違う授業の仕組みに、部活での新しい人間関係。
正直なところ、カレンダーは次の日を見るのが精一杯で、翌週のことを考える余裕すらなかった。
だけど、現実には次の週の土曜日からゴールデンウィークが始まることになっている。
「正直なところ迷っています。本当だったら実家に帰るべきなのでしょうが……」
五連休になるとはいえ、行きも帰りも新幹線が混雑することは予想されるし、帰ったところでこれといってすることもない。
そのために幸村と自分、ふたり分の交通費を出すことにも躊躇いを感じる。
そして、同時に七緒には気になることがあった。
「そういえば部活の練習や試合はないのですか?」
「うん、ゴールデンウィーク初日の土曜日だけは練習があるけど、あとはカレンダー通りの休みだから少なくとも4日間は休み。みんな、この時期は疲れているしね」
「なるほど……」
確かに大学の4月は忙しい。
在校生は在校生で履修届けに健康診断、部活やサークルでは新入生歓迎があり、学年問わず生活環境が大きく変わる。
そこで薙刀部ではゴールデンウィークは無理をしない方針を取っているらしい。
「せっかく東京に来たのだから、私と1日くらい遊んでみない?」
「先輩と、ですか?」
「あら、不満?」
一美の言葉に七緒はぶんぶんと首を横に振る。
せっかく東京に来たというのに、大学と家の往復ばかりで都会の生活を満喫しているとは言いがたい。
もっとも大学でできた東京在住の友達に言わせると「東京の人は案外、都心に行かない」らしいのだが。
「じゃあ、決まりね」
ふたりが行くことにしたのは池袋だった。
池袋で待ち合わせをすると地方出身者の場合、お互い会えない可能性がある、ということで地元の駅で待ち合わせをし、一緒に電車で向かっていく。
そして、着いた池袋駅。
電車から溢れる人混みにも、そして信号を渡る人の多さにも、もちろん歩行者天国を埋め尽くす人の数にも驚きながら、七緒は一美の案内で目的地まで向かっていく。
「この人の多さに慣れない人もいるけど、私はむしろ人が多い方が安心するの」
隣の一美がそう話す。
それを聞いて、七緒も少しわかった気がする。
実家は人里離れた山奥という表現が的確な場所であるし、関ヶ原の街自体もそんなに大きくはない。
確かに人が多いとそれだけの怨念や情念も溜まりやすくなるため、龍神の神子であった自分にはよくないのかもしれない。しかし、それよりも人々のエネルギーを多く感じることができる。
「大学始まって1ヶ月になるけど、ホームシックになったりしない?」
そう言われて七緒はこの1ヶ月のことを思い返す。
幸村が傍にいたためだろうか。幸い、「寂しい」という感情に潰されることは今のところない。
五月も忙しくも充実した生活を送っているのだろうか。めったに連絡は来ず、来たとしても簡潔な内容で終わることが多い。
ただ……
ときどき思い出すのが1年と少し前にともに旅をしてきた仲間の存在。
彼らは彼らなりにそれぞれの想いを果たすべく活躍をしているであろう。
ただ、それを見届けることができないのがもどかしかった。
七緒が暗い顔をしたことに気づいたのだろうか。
「悪いこと聞いちゃったみたいだね、ごめん」
そう言って一美は七緒の髪をくしゃりと触れてきた。
その温かさと優しさ。まるで姉ができたような感覚にすらなる。
別れもあれば出会いもある。
幸村はこっちの世界についてきてくれたし、大学でもたくさんの出会いがある。
私は前を向こう。そう思いながら七緒は一美とともにサンシャイン通りを歩いた。
ふたりが来たのはサンシャインシティであった。
ショッピングに食事にエンターテイメント。
どれもが充実しており、施設内を歩くだけでも楽しい。
「まずは食事でもしようか」
ちょうどお昼時ということもあり、一美がそう提案してくる。その言葉に七緒は頷く。
ふたりが入ったのは、カップル・女性同士問わずランチの定番であるパスタ屋さんだった。
注文を受けてから麺を茹でることもあり、待ち時間にふたりは他愛もない話をする。
「じゃあ、七緒は彼氏と同棲しているってわけ?」
一人暮らしをしているのか聞かれ、答えに詰まった結果、誘導尋問のような形で七緒には彼氏がいること、そして一緒に暮らしていることを話してしまった。
行動に移すときは深く考えなかったし、家族も五月以外は特に反対しなかったため自分でも受け入れていたが、世間的には聞こえがいいものでないことに気がつく。
-さすがに時空を越えてめぐりあった、なんて言えないよね
七緒がそう思っているとふたりのもとにパスタが運ばれてきた。
七緒はカルボナーラ、そして一美はミートソース。
「海鮮が苦手なんだよね」。そう一美は笑いながら話す。
会話はいったん中断し、パスタを頬張っていた七緒だが、徐々に異変を感じる。
身体が重くなり、座っているのがつらくなる。やがて視界も暗くなっていき、目の前の一美の姿が見えなくなる。
そして、耳に入ってくるのは異世界で数えきれぬほど聞いた怨霊の声に似たもの。
音という音ではなく、雰囲気だけが伝わってくるが、だからこそ彼らの嘆きが伝わってくる。
耳を傾けてはいけない。
そう思うものの、七緒の耳に目に見えぬものの声は自然と入ってくる。
目の前の一美も七緒の異変に気がついたらしい。
「七緒!?」
やがて座ることすらままならず七緒は身体のバランスを崩してしまう。
そして、温もりを感じながら七緒は意識を失った。