「永遠と刹那の狭間で」19.異世界との別れ(終)19.異世界との別れ(終)
何度もくぐり抜けた龍穴。
だけど、その旅もそろそろ終わりが近づいている。
そのことを実感しながら七緒たちは竹生島にたどり着いた。
たまたまというべきか必然というべきか、大和とも竹生島で会い、行動をともにすることとなった。
前は感じることしかできなかった黒龍の気配だが、今は頭に何か呻き声のようなものとして感じることができる。
それは救いを求めるようであり、そして共鳴しているようにすら感じる。
もう既に白龍ではないから気配を感じるのが不思議ではあるが、龍神の神子というのが影響しているのかもしれない。
「黒龍、そこにいるのね!?」
返事はないけど間違いない。
きっとここにいる。
地の底に。
一美の本体ともいうべき存在。そして、自分は自覚がないだけでかつて対でもあった存在。
「待ってて、今行くから!」
導かれた先にいたのは黒き龍、黒龍であった。
大きな瞳はまどろんでいるが、確実に開いている。
やはり黒龍を封じ込めていたのはカピタンであったのだろう。そして、そのカピタンが力を出せなくなった以上、黒龍を束縛するものもいない。
もう少ししたら覚醒するだろう。
一美が黒龍に触れようとした瞬間、五月が慌ててその動きを止める。
「一美さん、君は今後どうするんだい?」
七緒は龍神の姿を捨て、人として生きることを決めた。
だけど、彼女は人として生きる理由はない。
おそらく人の姿になったのも、自分の対である七緒に助けを求めるための一時的なものだろう。
「そうですね。龍の世界に戻ろうかと思います」
予想通りというべきか。きっぱりとした声で一美はそう話す。
「本当は失われるはずの命を拝借していたのだし。私を本当の娘だと思って育ててくれた両親には感謝しているし、学校生活は何かと楽しかったけど、いつまでもこうしているわけにはいかないから。さすがに私のことを知っている人には申し訳ないから、記憶は消しておくけど」
その中に自分は含まれるのだろうか。
できれば自分だけは除外してほしい。そんなことを願わずにはいられない。
一緒に過ごしたのは短い時間とはいえ、東京に来て初めて仲良くなった人だし、元とはいえ対なのだし。それを失うのは寂しいと思った。
「七緒、ありがとう」
そう言いながら一美は黒龍の姿に触れる。そして、見る間に人としての姿が消えていく。そして、黒龍も最後のかけらともいうべき一美の存在を取り戻したのかゆっくりゆっくりと舞い上がっていく。
そして、姿を消してしまう。
まるで黒龍には物理的障害など関係者ないかのように。
『幸村さんと幸せにね』
そんな声がどこからか聞こえてきた気がした。
だけど、黒龍の姿はどこにもなく、そこにあるのはただ虚無の空間のみであった。
しばし呆然としていた一行であったが、そろそろ現実に戻らないといけない。
龍穴を探していると思いの外、あちこちにあることが判明した。
「ここにも龍穴が……」
「本当、これだけあったら令和の世のあちこちに出没できそうだね」
たくさんあるのはいいが、どこから帰るのが一番効率がいいのかつい考えてしまう。
実家に顔を出して安心させた方がいいのか、それとも東京に先に帰った方がいいのか。
「カピタンが放った怨霊はここから東京に来たのかしら」
「ええ。七緒の気を探った結果、東京にたどり着いたのかもしれませんね。関ヶ原や竹生島でしたら龍脈を穢す気は目立ちますが、東京は人も多く欲望も渦巻いている。カピタンにとって東京は好都合だったのでしょう」
幸村の説明を聞いているとなるほどなと思う。
一方で、あれだけの人が溢れかえっている中、よくも自分を探し出したなとある意味感心するところではあるが。
「でも、なんで私を探したのだろう。あの頃は白龍そのものだってわからなかったはずだし」
「龍神の神子に召喚させて、やってきたところを傷つけるか捕まえようとする魂胆だったんじゃねーのか。あと、池袋の件は俺も聞いたけど、たまたまだったかもしれねーな。怨霊ぶっ放そうと池袋に行ったら怨霊がわんさかいたから使役したとか、そんなんじゃねーの」
「確かにそれだと納得だね」
もし自分が捕らえられていたらどうなっていたのだろう。
個人としても、日の本の平穏という視点から考えても、恐ろしい可能性が浮かび上がってくる。
いくども危機が訪れたが、何事もなくてよかったと改めて思う。
そして、その度に守ってくれたとなりの青年の存在が愛おしく思う。
「ここから帰りましょうか」
勘で探り当てたのだろうか。幸村がひとつの龍穴に足を踏み入れようとする。
すると、大和がイヤそうな顔をして見つめてくる。
「お前らカピタンが使ったかもしれねー龍穴使うの? 神経太すぎ」
しかし、幸村はそんな大和の言葉に動じず、笑みを見せる。
「私が七緒のいる令和の世に行ったのも、もとはといえば怨霊を追っかけたからです。細かいことを気にしてはいけないですよ」
「あーはいはい」
言っても無駄だと判断したのだろう。
大和は幸村の言葉を聞き流す。
でも、永遠に続くと思われていたとりとめのない会話ももう少しで終わり。
ここをくぐり抜けると大和とはもう会えなくなる。
いつかまた龍穴が開くときが来るかもしれないが、生きている間に開くとは限らない。
そう思うと七緒はしんみりとした気持ちになる。
「七緒、元気でな」
大和も同じ気持ちだったのだろうか。声がいつもとはちょっと違って勢いが欠けているような気がする。
「うん、大和も元気でね」
いつも以上に力が入ってしまう言葉。
令和の世に比べ、医療が整っておらず、食生活も充実はしていない。
だからこそ、大和がいつまでも元気でいることを願わずにはいられない。
「他の奴らにも伝えとく。七緒たちが元の世界に帰っていったって」
「ありがとう」
本当はかつて八葉だったみんなに挨拶をしていきたかった。
しかし、幸村の立場上、会うのが難しいものもいたし、今ごろは戦後処理で多忙なものもいるだろう。
もう二度と会うことは叶わないかもしれないけど、彼らがいつまでも元気であることを願わずにはいられない。
「白龍でもなく、父上の娘でもなく、天野七緒としての人生か……」
龍穴を潜りながらそんなことを考える。
白龍の逆鱗を使って時空を越え、天野家の一員となってから、幸村と出会うまでの約十年間は「普通の人間」として生活していた。
幸村との出会いというと語弊があるが、異世界の異変によって怒涛のような日々がはじまった。
ようやくそんな穏やかな日々を送ることができる。大好きな人とともに。
そして、隣にいる男性も数々の役目から解放されて「真田幸村」というひとりの男性として生きることがようやく許されるはず。
「想い出をいっぱい作りましょうね」
それに反応したのか幸村が自分の手を握ってくる。
強くて優しくて温かい。
そして、七緒もそっと握り返す。
令和の世でひとりの「天野七緒」とひとりの「真田幸村」としてどんな生活が待ち受けているのだろう。
そして、ふたりでどんな風に人生を彩るのだろう。
それらを期待しながらふたりは龍穴をくぐり抜けた。
終(エピローグに続く)