楽園に火をつけて 彼女と同じ色の炎が弾ける。たき火を挟むように僕と彼女は座っていた。空にはいくつもの星が並び、昼間活発に動いてたモンスター達は寝床で眠っている。湿気った風が頬を撫で虫の合唱がぽつぽつと聞こえた。
たき火越しの彼女は今夜の夕食をさも当然のように作っている。
火の扱いは得意だと、だから料理は任せてほしいと彼女が言うので頼んだ。――いや正確には彼女の願いを聞いてやりたかったのだと思う。
イーラ王国首都アウルリウムから遠く離れた僻地、アレッタ地方。特に目新しさも無ければ大きな街があるわけでもない。ほぼ豊かな自然とモンスターが占めるこの地にアデルの姿はあった。その後ろには不機嫌そうに腕を組み腰まで伸びた金糸の髪を揺らして歩くブレイドの少女がいた。
「ねぇ。こんな何にもない所にわたしを連れ出してどうするのよ」
苛つきを隠すことなく声に乗せて少女はアデルに問う。
「まぁまぁ。それは着いてからのお楽しみということで」
彼女の様子を知ってか知らずか、アデルはにこにこと笑みを浮かべながら歩を進めた。
道中村民から感謝されたりおかえりなさいと労われたりとしながら歩くこと数分。前を歩くアデルの足が止まった。やっと着いたのねと少女は視線を上げると、そこにはこの僻地の村には少々大きい屋敷の門があった。内心呆気にとられるも表情を崩す事なく少女は視線をアデルにむけた。
「さ、着いたよ。中に入って」
「……」
心底嬉しそうにアデルは少女に笑うと大きな声で「ただいまー!」と帰宅の知らせを告げた。
屋敷の玄関に彼の声が響く。すると廊下に並んだ扉の一枚が開き中から女性が一人現れる。特に着飾った服装でもないその女性に使用人かと少女は少々冷めた視線を向けた。
女性はやや小走りでこちらにやってきた。そしてアデルを見て目を細めると朗らかな笑みで二人を出迎えた。
「おかえりなさい。アデル」
「ただいま。ウテルス」
二人の間には花が舞うが如く甘くふわふわした空気が醸し出される。眼前で繰り広げられる甘ったるい世界にいったい何なのと少女は目を丸くさせた。
「あ、紹介が遅れたね。彼女は僕の妻のウテルス」
そして彼女がヒカリ。と続けてアデルは妻に少女ヒカリを紹介した。ウテルスはふわりとした笑みを携えたままヒカリに顔を向けるとゆっくりと腰を折った。
「初めまして。妻のウテルスと申します。よろしくお願いしますね」
そう言って彼女は顔を上げると再びヒカリに無垢な笑みを向けた。
どうやらアデルは同調したヒカリに家族を紹介したかったそうだ。もちろん愛する妻に会いたかったのもあるだろうが、それは本人が言わなくても見て取れる事だったのでヒカリは特別言及しなかった。
これからメツ討伐に向けて一緒に戦う仲間なのだから、特に君にはきちんと僕の事を知ってもらいたかったんだ。横に並んで歩くアデルは屋敷のリビングにヒカリを案内しながら伝えた。
これから命を賭して戦う仲間。一分一秒の判断が生死を分かつのだ。パートナーを信用できないじゃ話にならない。きっとそういう事だろう。なるほどとヒカリは納得すると案内されたソファで足を組んで座った。
しばらくするとウテルスがお茶とお菓子をトレーに乗せて持って来た。
「おまたせしました。今日はセリオスティーと自家製クッキーですよ」
ソファの前に置かれたローテーブルにティーカップと綺麗に成形されたクッキーが並んだ。湯気と共に香りが立ち上り鼻孔を擽る。甘い香りの中にどこかすっきりとした清涼感を覚えヒカリの鼻を楽しませた。
テーブルに全て並べるとウテルスはアデルの横に腰掛けた。
ヒカリの視界には香りを感じながらカップを傾ける自分のドライバーと微笑を浮かべて彼を優しく見つめるウテルスの二人が並ぶ。まさか彼が既婚者だったとはと正直面食らったが、ここまでの道中のやりとりを思い出すと納得せざるえなかった。
彼はヒカリを一個人として対等に接してくれた。周囲の人間が彼女の力に畏怖の視線を向ける中でだ。そして彼女をきちんと女性として気遣ってくれた。宿屋の部屋は別に取り、戦闘になれば彼女の力に頼るのではなく自身が前に出て戦う。負けじと彼女が前に出て力をみだりに振り回せばまるで子どもを叱る大人のように注意した。だがその後必ず怪我は無かったかと聞いてくれた。ブレイドなのだから傷を負っても問題は無いというのに。
もの思いに耽っていたヒカリはふと視線を感じてティーカップから顔を上げた。すると満面の笑みを浮かべつつ興味津々といった様子が隠しきれていないウテルスと目が合った。
「……何? そんなに見つめられても何も出ないわよ」
腕を組み足を組み替える。自分が特殊な産まれなのは理解しているがだからといって好奇な目に晒されるのはいい気がしないのだ。
「あ……すみません」
笑みが消え申し訳なさそうにウテルスは頭を下げた。先ほどまでキラキラしていた瞳は悲しみに濡れ狼狽えている。まさかそんなにショックを受けると思わなかったヒカリは眉間を抑えた。
「謝らないで……その別に……ただ何かあるのかと思って?」
なるべく彼女を傷つけないように精一杯言葉を選んでヒカリは会話を試みる。正直面倒だ。だがウテルスには何故か強く出れなかった。
「ご、ごめんなさい。ついついヒカリちゃんが可愛いから見てしまって……」