もし岡〜もしもズールのボーカル組が岡崎事務所に移籍になったら〜6「"どうか…忘れてくれ"かぁ…。」
移籍後、
テレビ局を始め
様々な場所での売り出しが結果を出し始めて、
少しずつ仕事が入り始めた。
元々、良くも悪くも話題性がある俺たちだが、
岡崎事務所の力は
そんな俺たちを上手く良い方向に捉えさせる実力がある。
(本当に…感謝しかない…。)
改めて、
その幸せを噛み締めていた
そんな、今日この頃。
俺は単独で最強の戦場に駆り出されてる気分だった。
『どうか…忘れてくれ。』
それがこのドラマで、
俺が唯一与えられた台詞。
抗争に赴く俺の役が、
ずっとその他大勢とつるんでいたヒロインに唯一掛ける言葉。
最初で最後の、
この役の見せ場。
自分自身を?戦いを?
自分の心を…?
「う~ん…わからねぇ…。」
俺自身は、
ずっと"忘れられる"ことが嫌で、
今も抗い続けてるから…
その台詞に込めた真意を、
俺は余計に読み取れないでいた。
(その言葉の先に、
コイツは"何"を伝えようとしたんだろ?)
紡がれることのない、
コイツの言葉や想いを伝えられるのは、
俺だけで…、
コイツの願いを表現できるのも、
俺だけなんだ。
それがわかってんのに…上手くいかない。
「おぉっ、悩んでる感じだな~」
「良いことだな。
そろそろ煮詰まって来ただろ?」
休憩室の片隅で
うんうんと悩んでいたら、
二階堂大和と八乙女楽が現れた。
「二階堂さん!八乙女さん!
お疲れ様です!」
「お疲れさん。
現場入りは、これからか?」
「そうっす。」
「今回は監督がいつもより凝ってるかな〜
覚悟してなさいな。」
「…聞いてます。
腹はくくってきたつもりです。」
台本を渡された時に、
千さんから
監督の手腕はよく聞かされて来た。
自身も若手ながらも、
妥協を許さず、
そして、結果を残してきた人。
そんな人に目を向けて貰えたことに、
驚いたとともに
背筋が伸びる思いだった。
「二階堂と、
狗丸はどんな演技をするんだろうなって話してたんだよ。
どうだ、掴めそうか?」
「…正直、まだです。
せっかく監督さんが俺を指名してくれたのに…
悔しいです。」
思わず、
台本を握る手に力が入る。
「…煮詰まれ、考えるのを止めるな。
その思考を燃やし続けて、
自分を具現化して描けるような炭を作れ。」
八乙女さんの瞳が真っ直ぐ、
俺を射抜く。
「えっ…?」
「前に映画を撮った時に言われた言葉だ。」
「自分を具現化して描けるような炭…。」
「そうだ。
考えるのを止めるな、追い求めろ。
お前にしか表現できないものがあることを、
お前自身が忘れるな。」
(考えるのを止める…かぁ)
違う意味で、
台本を握る手に力が入る。
「ありがとうございます!」
「よし!いい顔になったな。」
八乙女さんの笑顔が眩しい。
(TRIGGERって、
もっと孤高の狼みたいな感じかと思ってたのに…)
蓋を開けてみれば、
目を逸らさなければ、
こんなにも簡単なことだったんだ。
”こんなもん“だったんだ…。
「はぁ〜またお前は…。
”出会い方を間違えた“なんて、
俺は思わないからな。
それは今のお前を、
そして“俺達”を否定することだ。
そんなことを、俺は絶対に見過さない。」
思わず噛み締めていた唇が緩む。
「それに俺は、
お前達を"許せない"じゃない。
"許さない"んだ。
俺の感情を一方的に決めつけて、
勝手に背負い込もうとすんな。」
「俺…また顔に出てたっすか?」
「ははっ、かなりな。」
「せっかくいい顔してたのに、
もったいねぇ!」
「そう怒んなさんな、八乙女。
まぁ…湿気た面が見過ごせないのはわかる。」
「俺…そんなに湿気ってました?」
思わず、俺は自分の頬をつねる。
ずっと下を向いていたからか、
その頬は乾いて少し引きつっていたかもしれない。
「嫌われたがんなよ!
悪ぶれんなよ!
自分から悪役になろうとすんな。
その役は、
大切なヤツを守るために取っておけ!」
その言葉に、
俺は顔を引き締めて
「…はい!」
と、一言だけ答えた。
俺のその表情に、
八乙女さんはカラカラと笑った。
「狗丸は、
どちらかというと千さんタイプっぽいからなぁ。」
「え?」
「やぁ、呼んだかい?」
ふと呟かれた、
二階堂さんの言葉に目を丸くしていると、
千さんが颯爽と登場した。
「…呼んでないですよ。
休憩時間ですか?」
「監督から一発OKを貰ってきたよ。
僕を除け者にするなんて、
寂しいじゃないか。」
「さすがですね〜
除け者なんてやめてくださいよ。
狗丸が誤解するでしょう?」
「えっ!?」
いきなりの名指しにびっくりして、
思わず声が出る。
「ふふふっ、大和くんのほうが誤解されてそうだよ?」
「どっかの誰かさんのようにいじってないんで大丈夫ですよ。
なぁ、狗丸?」
「えっ!?はい!
三月さんからも
『大和さんは、
あぁ見えて結構面倒見良いから、
頼ってやんな!』
って言われているので大丈夫ッス!」
その言葉を聞いて、
ニッカリ笑う八乙女さん。
吹き出してツボに入ったような千さん。
眉間にシワが寄る二階堂さん。
三者三様の反応に俺は、
また何か口を滑らせたか?と不安になっていたら…
「…この前も気になったんだけど、
狗丸はなんで、
うちのミツのこと
名前で呼んでるんだ?」
二階堂さんからの、
突然の質問が飛んでくる。
「えっ…?
あぁ…和泉…
弟さんの方をうちのハルに合わして、
和泉って呼んでたら、
三月さんが
『なら、オレは名前呼びで良いよ!
オレも狗丸って呼ぶからさ!』って。
それからです。」
「ふ~ん。」
「なんだか気に入らない感じッスね…。」
しどろもどろ答えた俺を見る、
二階堂さんの眉間のシワが増えたことに、
肩身が狭い思いをしていると、
「気に入らないじゃなくて、
気が短いだけなんじゃないかな?」
笑い終えたらしい千さんが、
二階堂さんの頬をつつく。
(↓以下、ダイジェスト)
「なんで、
いつもお膳立てしてくれんですか?」
「君の言う“それ”がお膳立てなら、
まるで僕が自ら好んで差し出してるみたいじゃないか。
自惚れないでくれるかな。
」
「お膳立てじゃないよ。
キミが良いように使われてるだけだよ。」
「マスコミ的に考えても、
君が一番楽だからね。
何か書かれても売り出しに使えるし。」
「なにより、
あの運動部三人のおもちゃにされても、
キミなら生き残りそう。
キミ、無駄に体力あるでしょ?」
「まぁ…
モモがキミの側で寝てたのは、
予想外だったけどね。」
「えっ…そうなんスか?」
「まぁ、俺はないな。」
「俺もないですよ。
そこの人が怖いんで。」
「大和くん。
一言余計だよ。」
「千さんと二階堂さんって仲良いッスよね?」
「うわぁ~やめてくださいよ。」
「そう見える?
嬉しいな。」
「非常に不本意ですが、
これは友情カテゴリーです。
所謂、腐れ縁ってヤツですよ。」
「ボクとの絆は腐っているのかい?」
「異臭がプンプンしますよ~」
「釘なら抜けなさそうだな。」
「途端に強い絆に思えてきたよ。」
「そんな、
さびれた関係で良いんスか…?」
思わず、
ツっこんでしまった。
この三人の動向についていけない。
(ダメだ…!
ツッコミがいない!)
「どうか…忘れてくれ。」
せめて、
この先の未来が幸せであるように…
願い、俺は笑った。