sudden decisionリムサ・ロミンサの潮風とは違い、カラりと乾いた風が気持ちの良いウルダハの昼下がり。サファイアアベニュー国際市場は買い出し日和だ。
青空の下、色とりどりの織物やきらめく装飾品、砂漠でも強く育つ畜産物などが露店に並び多くの人が行き交っている。
食材を買い揃え既に重くなった紙袋を抱えたテッドは一際目を引く鮮やかな露店の前で思わず足を止めた。店に並ぶのは通りかかるだけで香ってくるほどに山積みされたオレンジだ。
オレンジと言えばラノシアオレンジでリムサ・ロミンサで買う方が安いのだがウルダハのオレンジは少ない水分と照り付ける太陽で育てられとても甘いのだ。
足を止めた客に目敏く声を掛ける店主にまんまと乗せられ、近頃生活も安定してきた事だし、とほんの少し奮発してオレンジをいくつか購入してしまった。
「随分と賑やかだね」
「ウェド!いいワインは買えた?」
「ああ、ありがとう お待たせ、持つよ」
別で酒屋に寄っていたウェドはテッドの腕に抱えられた紙袋をひょいと貰い受けるとオレンジをひとつ取り出し顔に近付けた。爽やかで甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「オレンジか いいね 美味しそうだ」
ウェドの言葉を聞いてテッドの笑顔が咲く。
長い間、食を切りつめることが習慣になっていたせいで今でも嗜好品を贅沢に感じてしまうところがテッドにはあった。
ウェドは常日頃、食に限らずテッドに好きなものを好きなだけ自由に求めて欲しいと切望しており、テッドが選ぶものにケチを付けたことは一度だって無かったがそれでもテッドはウェドの反応が気になった。
ウェドが喜んでくれれば何よりの喜びになる。それはテッドもウェドの食生活を豊かにしたいと言う思いがあるからだった。
「へへ、美味しそうでしょ ウェドが釣ってきた魚にも合うと思うんだ」
「それなら、今日買ったワインにも合うな」
顔を合わせ微笑む。
「さあ帰ろう」そう言葉を続けようとした瞬間、人の波がざわめき、ザル大門付近から数名分の悲鳴があがった。
「何かあったのかな」
テッドはパッとそちらを向き、すぐに駆け出していた。こういう時の瞬発力はウェドですら敵わない。
(何か面倒な騒ぎで無ければいいけど)
ザル大門の手前、人波を掻き分け一歩前に出たテッドの眼前にふわりと白いものが舞った。いや、白いなんてものでは無い。それ自体が光り輝いていると錯覚するほどの眩い純白。
朝霧を集めたような薄く透ける繊細なチュール生地に更に微細な結晶が散りばめられたかのような美しい刺繍が施されたヴェール。
ふわりとそのヴェールが透ける先も同じく純白で、ぴったりと寸分狂わずサイズのあった品の良いデザインのドレス。
花嫁さんだ。勿論その隣には花婿が微笑んでいる。
「どうやら事件、ではなさそうだね」
「…うん 花嫁さんだ」
「美しいな」
ほんの少し遅れて到着したウェドが口笛を鳴らす。
きっと婚儀を終えて帰ってきたのだろう。ザル大門は両人の友人らしき人が集まっており、聞こえてきたのは新郎新婦を迎える歓声だったのだ。
大きく開かれた門から見える青空と純白の花嫁、そしてオレンジの香り。テッドはなぜだかその情景から目が離せないでいた。
一方ウェドは幸せな夫婦に釘付けになっているテッドを見詰め、自身の中でひとつの思いが弾けるのを感じた。
「……さあ、帰ろうか」
「あっ、うん!荷物半分持つよ」
「それより、俺と手を繋ぐってのはどう?」
「へへ、勿論!」
紙袋を片腕で持ち直し手を差し出すと愛しい手が握り返してくれた。
突然芽生えた決意のせいか、ウェドはほんの少しいつもより自身の手のひらが熱い気がした。