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    koshikundaisuki

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    第三者に「この二人さっきまでセ⚫︎クスしてたな」と勘付かれるようなリョ幸

    午前0時、都内某所コンビニにて 品出し作業が捗る深夜、店内に響きわたった自動ドアのチャイムに意識が向いた。顔をあげると、ひとりの若い男が入店するところだった。ひどく見覚えがある。「いらっしゃいませ」の挨拶も忘れ、ポカンと口を開けたまま固まる。絶対にどこかで会ったことがあるはずだ。でも誰だか思い出せない。、彼はこちらには見向きもせず、真っ直ぐ目当ての棚に向かって歩いていく。その後ろ姿に目をやりながら首を傾げ、立ち上がった。しばらく屈んで作業していたせいか、立ちくらみによろけ、雑誌ラックにぶつかる。その拍子に乱れた雑誌を直すために手を伸ばして、「え」とも「あ」ともつかない声が漏れた。手にした『月刊プロテニス』の表紙からこちらを見ていたのは、先ほどの客と瓜二つの男だった。

     『月刊プロテニス』の表紙を飾るプロテニスプレーヤー──越前リョーマを知っている人間が、今この国にどれだけいるのかは分からない。街頭調査をすれば10人に一人は名前を言い当て、二人は「見たことはある」と言い、四人は首を傾げたあと回答を見て「ああ、この人が」と言うのではないか。
     180はある長身にすらりと長い肢体、恵まれた体格。はっきりした目鼻立ちと、艶やかな黒髪。目の前を通りかかれば思わず二度見しまうほど惹きつけられる何かが、越前リョーマにはあった。しかも、それはあくまで外見の話で、本当に特筆すべきは才能にある。
     
     謙虚とは対極にある彼は、常に強気で挑発的で、おまけにマスコミ嫌いなものだから、記者会見のたびに炎上していた。越前リョーマは基本敬語を使わない。アメリカで生まれ育ったため日本語が苦手なのだと擁護するファンもいたが、言い訳としてはやや苦しい。両親は日本人で、中学からは日本とアメリカの二拠点で活動していた越前リョーマの言語能力は問題ないどころか、ニュアンスの難しい言い回しや単語も難なく使いこなしていた。言ってしまえば同級生で同じくプロに転身した遠山選手より流暢に喋る。(遠山選手もかなり砕けた口調でものを言うが、彼は越前リョーマと違って愛嬌があった)

    「その質問、テニスと関係ないけど聞いてどうするわけ」
     冷めた視線と冷ややかな声を記者にぶつけるその姿は、世間に衝撃を与えた。アスリートには清く正しく、そして謙虚であることを求めるこの国では、彼のようなタイプは敬遠されやすい。不遜だ、生意気だと国民から叩かれていた越前リョーマは語りばかりの謝罪すらせず、アンチからの心ない声を気にした様子もなく、弱冠17歳で全米オープンのタイトルを獲った。
     一試合の勝利ならまだしも、優勝などまぐれでできるものではない。有言実行を果たした後もその姿勢を崩さず、ストイックにテニスに打ち込むその姿を見て「彼を誤解してたかもしれない」と思う者、「調子がいいのはこの瞬間だけで、その驕りによって今に身を滅ぼすに違いない」と嫉む者──世論が二極化した結果、マスコミも彼をどう扱っていいのか迷い、公の場に現れた場合を除いて越前リョーマに関する報道を控えるようになった。日本には、ランキングこそ越前リョーマに及ばないものの、強く、フレンドリーで礼儀正しい選手がたくさんいる。世間では彼らの方が「人気のテニス選手」として認知されている。越前リョーマを認識しているのは、テニスが好きな人間だけだ。

     ここまで越前リョーマに詳しい俺は、「テニスが好きな人間」に分類されるのだろうか。確かにテニスはやっていた。小学生まで通っていたテニススクールでは「神童」だなんて持て囃され、コーチや保護者に将来を期待されていた俺は、治安の悪い地元の中学ではなく、テニスの強豪として知られる進学校に進学した。学校の成績は最悪だった。それでもお前はテニスさえできればいいと、家族や親戚はみんな俺の肩を叩いた。入部早々のレギュラー入りは難しくとも、2年にあがる前までには準レギュラーには固いだろう。そんな夢想をする俺に現実は容赦なかった。1年は球拾いの1年間だった。レギュラーどころか準レギュラーの2年生にも歯が立たなかった。学年という厚い壁を感じながら、それでも2年になれば何かが変わると信じてラケットを振り続けた。来る日も、来る日も──とある試合で越前リョーマと出会うまでは。


    「これの抹茶味って置いてます」
     背後から突然聞こえた人の声に、ぎょっとした。あからさまに身体が震えたのをごまかすようによろよろと立ち上がる。平坦なトーンで、それでもわずかに語尾があがったその言葉は、店員である俺への問いかけに違いなかった。
     越前リョーマの骨張った手の中には小さなカップアイスが収まっている。「ラクトアイス」ではなく、「アイスクリーム」と表現される類のものだ。コンビニでは必ず見かける定番ブランドだが、手にしているのは和風スイーツをコンセプトにした期間限定商品だった。装飾品の付いてないすらりと長い指の隙間から覗く「黒蜜きなこ」のパッケージの豪華さと相まって、まるで広告のポスターから飛び出してきたような越前リョーマが、目の前にいる。
    「あ、それ人気商品で……今出ているだけなんですよ」
     越前リョーマは小さいため息をつくと「どうも」と言った。「そうだろうとは思っていたが実際欠品だったことに落胆した」というような様子だった。感じの悪さより、気怠げな雰囲気に圧倒される。この近さではじめて気付いたが、越前リョーマの黒髪はわずかに湿り気を帯びているようで、濡れ烏のような艶があった。やや乱れてもいた。白いTシャツには「適当にその辺にあったものを着た」といった感じの皺がついており、そこから伸びる首筋には小さな痣のような痕があった。
     (あ、)と思ってからは早かった。心臓が己の位置を主張するかのように音を立て、頬の筋肉が硬直すると共にぶわっと汗が滲んだ。きっと体温は2度ほど上がっている。俺の異変など知る由もない越前リョーマは「ま、いっか、これで」と呟き、雑にカゴの中にアイスを転がした。カゴの中にはすでにいくつか商品が入っている。俺は品出しの手を止め、レジに向かった。当然、この店で働き始めてからそこを何十回、何百回と通り抜けしてるわけなのだが、距離感を見誤って強かに腰を打ち付けた。顔を顰めて悶絶する俺の目の前に、カゴが置かれる。
    「……大丈夫っすか」
    「だ、ダイジョブっす……」
     ただでさえ発熱していた顔周りの体温が、再度上昇する。「……お預かりします」と断ってから、カゴの中の商品を取り出す。ミネラルウォーター、乾燥対策用のマスク、紙パックの牛乳、そしてカップのアイスクリーム。取り立てて変わった物はない。途中、聞こえた入店音に「しゃいませー」と反射的に返しながら、ひとつひとつ袋に入れていく。アイスのスプーンをおつけしますか、と言いかけて顔を上げたその瞬間、タタタッと店内を軽やかに駆ける音がした。越前リョーマの背後から、「これもお願いします」と差し出されたのは、成人男性でもかなり食べ応えのあるだろう大きなカップ麺だった。突然の事態にさすがの越前リョーマも驚いた様子で振り返る。が、それは突然現れた男に対するものではなかった。
    「ちょっと、何これ」
    「小腹減っちゃってさ。頼もうと思ったのに君、スマホ置いてっただろ」
     男は非難するような口調で文句を言いながら、越前リョーマの隣に並ぶ。同じくらいの長身、体格もそれほど変わらない。少し癖のある黒髪は越前リョーマよりも、いや、こちらはもう明らかに濡れていて、ポタポタと垂れる水滴が肩に掛けたままのタオルを湿らせている。微かにシャンプーの甘い香りが鼻孔をくすぐった。
    「知らないし……ってか結局アンタ来るんなら俺、必要なかったじゃん」
     急降下する越前リョーマの機嫌に反して、隣の男はどこか楽しげだった。袋から透けるアイスを指差し「頼んだやつじゃない」と言うと、眉を顰めた越前リョーマが「品切れだってさ」と返す。男は不満な様子もなく、ふぅん、と後ろに手を組んだ。
    「あ……スプーンおつけしますか」
     聞きそびれていたことを改めて尋ねる。男は「お願いします」と微笑む。「おいくつ付けますか」の問いには「ひとつで大丈夫です」と答えた。越前リョーマは着の身着のままの男を一瞥し、「財布は?」と尋ねる。
    「置いてきたよ、もちろん」
    「はぁ、信じらんない……。自分だけ優雅にシャワー浴びといて、人パシらせて」
    「拗ねなくてもいいだろ。ラーメンひとくちあげるから機嫌直したら?」
    「要らない、ひとりで太れば」
    「そんなこと言って、絶対ひとくち頂戴って言うから。見てなよ」
     バカじゃないの、と小さく吐き捨て、越前リョーマが支払いを済ませる。俺は釣り銭を返しながら、隣にいる男へチラリと目を向けた。男ははじめビニール袋の中のアイスを子どものように覗き込んでいたが、俺の視線に気付いて顔を上げた。目が合って数秒後、男は微笑んで軽く会釈をした。その行為や表情には何の意図も感じられなかった。ただ習慣のように、相手の敵意を逸らすように浮かべられたものだった。
    「知り合い?」越前リョーマはそう問いかけ、男は聞こえなかったかのように「ん?」と軽く首を傾げた。そもそも興味はなかったのだろう。越前リョーマはそれ以上何も聞かず、「行こ」と言って袋を手に取った。

    「幸村さん、ですよね」
     ただ「ありがとうございました」とマニュアル通りに言えばよかったのに、俺の口からはそんな言葉が溢れていた。既に出口に向かって背を向けていた二人は、ほぼ同時に振り返った。先ほどと同じような、いや、わずかに笑顔に警戒心が覗いている。俺は続ける言葉を迷った。幸村さん──幸村部長からは、相変わらず何の感情も見えない。例えば、久しぶりに会った後輩に対する懐かしさとか、プライベートを知人に見られた気まずさとか、そういったものは何も。

     中学2年の夏、全国大会の決勝戦。まだ中学1年生だった越前リョーマが、我が立海大付属中学校の部長、幸村精市を破った。幸村部長が敗けるところなんて、一度たりとも見たことがなかったのに。俺が戦ったわけじゃない。俺が敗けたわけじゃない。でも、目の前の激しい戦いを見て、悟った。年齢を言い訳にしていた自分を恥じると同時に思ったのだ。この世界は、この人たちのためにあって、自分のものではなかったのだと。そんなことを言おうものなら、きっと二人は笑う。幸村部長は困ったように。越前リョーマは「馬鹿じゃないの」と言いたげに。
     でも、あの日全身で感じた押し潰されそうな気持ちは俺だけのものだ。翌日退部届を出し、高校では地元の底辺校に進学した俺だけにしか絶対にわからない。試合が終わった瞬間は泣いていたくせに、翌日からまた部活で何でもない顔をしてラケットを振っていた部員たちなんかに、わかってたまるか。

     名前を呼ばれた幸村部長の視線は、まだこちらに向けられていた。相変わらず口元に柔らかな笑みをたたえながら、越前リョーマの腕にそっと触れる。それをきっかけに越前リョーマがさりげなく、一歩前に出た。……俺の名前を告げたらこの人はどんな反応をするだろうか。いや、そんなことをして何になる。
     
    「テニス……応援してます」ようやく、そんな言葉を絞り出した。幸村さんは目を丸くしたあと、全身の力を抜いて目を細め、「ありがとうございます」と笑った。
     
     呑気なチャイム音をくぐるようにして、彼らは店の外へ出た。越前リョーマは空いた手で隣の濡れた髪を雑に拭っている。されるがままの幸村さんは、ビニール袋からアイスクリームを取り出していた。レジから出る瞬間、ガラス越しに彼らの姿を目で追った。幸村さんはアイスを食べながら、数回頷く。そして再びアイスをスプーンに盛ると、今度はそれを隣に差し出した。越前リョーマはそれをごく自然なしぐさで口に含むと、幸村さんに向かって何かを言いながら去っていく。笑っていた。幸村さんも、越前リョーマも。
     

     品出しの続きに戻り、新しい商品を並べながら、ふと考える。殴り合いのような死闘を繰り広げていたのは、本当に彼らだったのだろうか。今となっては自分がテニス部だったことも、嘘だったような気がした。

     廃棄品のおにぎりをカゴの中に入れながら、休憩室の冷凍庫に食べかけのアイスが残っていることを思い出した。奮発して買った、抹茶のアイスクリームだった。


     
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