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    koshikundaisuki

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    第20回 #菅受ワンドロワンライ
    影菅で参加させていただきました。テーマは「鍋」にしました。

    春雨としらたきと葛切りとマロニーの違いを知らないが、俺たちはそれらを総じて「ちゅるちゅる」と呼んでいる。知らないからこそ、そう呼んでいるとも言える。

     はじめて菅原さんの手料理を御馳走になったのは、春はもう少し先、といった季節の出来事だった。期末試験前に赤点回避対策を講じてやった、といって呼び出された菅原さんのアパートでのこと。各教科のポイントと過去問から解析した「テストを作るだろう先生と出やすい問題」をまとめた菅原さんオリジナル問題集を、解いてはバツをされ解いてはバツをされを繰り返すうちにすっかり夜になっていた。俺と菅原さんの腹の音が同じタイミングで鳴り響き、お互いハッとして顔を見合わせた。フルセットでやったときより俺はずっと疲弊していたし、赤ペンで丸付けをしていただけの菅原さんはなぜか息切れしていた。
    「……こんな時間か……なんか食う?」
    菅原さんの家に来たのはまだこのときが2回目とかだったはずで、菅原さんがどんな食生活をしているのか、「食べたい」と言えば何が出てくるのか、俺は何も知らなかったが、時計を見てからはドッと疲労と空腹を自覚し、こくりと首を前に傾けることしかできなくなっていた。

    「待て、何ができるか見てくる」
     そういってキッチンに引っ込んだ(と言っても菅原さんのアパートは小さなワンルームだったので、壁に半身が隠れて見えなくなっただけだ)菅原さんは、「カレーならあるけど」とか言ってくれるのかと思いきや2つしか扉がない小さな冷蔵庫から忙しなく何かを取り出し、そのままコンロの火をつけた。
    そして気が付けばタオル越しに土鍋を持った菅原さんが目の前に立っていた。
     「問題用紙退かして、そこのタウンワーク真ん中に置いて」
     言われるがままに一度机の上のものを床に落とし、菅原さんの足元にあった情報誌を置くと、湯気のたった鍋が置かれた。赤い。自分の現状もあって、小さな地獄を覗いているような気持ちになった。
    「割りばしでもいい?今度買っとくから」
    頷くと、コンビニのロゴの付いた割りばしの袋を渡される。そして向かいにもう一膳。俺の視線に気付いた菅原さんは、「だってなんか洗い物したくないんだもん」と言い訳をしながら、手を合わせて「いただきまーす」と言った。そこまで面倒を見なくていいのに、菅原さんは器用な手つきで椀によそってくれる。
    「嫌いなもんない?」
    「ないです」
     本当はあまり辛い物が得意じゃなかったが、根本を否定するようで憚られた。受け取って一口、汁を舐める。コクがあって、見た目ほど辛くはなかった。
    「味、平気か?」
    「うまいです」
    「よかった。影山、カレー好きなのに辛いの苦手だっつってた気がしたから、ちょっと豆乳いれてマイルドにした」
     覚えてくれていたらしい。お礼を言おうと顔をあげると、菅原さんは手を高速で振り下ろし、自分の椀をより真っ赤に染め上げていたので怖くなって思わず口を噤んだ。

    「おかわりは?」
    「お願いします」
    「何食べたいか言いな」
    「豚と豆腐と……葉っぱと、あとなんか透明のやつ」
    「白菜な。春雨な。バレー以外のことなんも知らんな、お前は」
     半ば呆れるようにそう言われ、満腹による眠気も相まって俺はムッとして言い返した。
     「べつに、知ってるっす。マロニーですよね」
     「春雨とマロニーは別物ですぅ~。そもそも‟マロニーちゃん”が正式名称ですぅ~」と秒で反論される。もう黙り込むしかない。菅原さんに口で勝つのは無理だ。
     どう違うんだ、という俺の不満げな顔を見て、簡単に違いを説明してくれた。説明されても全然わからなかった。家に出てくるのはもっと太くて歯ごたえがある、と話すと「影山家で出てくるのは葛切な気がすんなぁ……」と菅原さんは呟いた。
    「ちなみにすき焼きによく入ってるのはしらたきだから気をつけろよ」
    「いや気を付けるも何も……」
     麺を啜るように春雨を啜ると、汁が跳ねて顔に飛んだ。菅原さんがティッシュを後ろ手にとって、俺の顔を拭う。
    「春雨って製造過程でじょうろみたいな小さい穴から出てくるんだけど、その姿が春の雨に似てるからこの名前がついたんだと」
    へぇ、と思った。そう聞くと結構きれいな名前だ。菅原さんの椀で七味まみれにされた姿からは、一切春の気配を感じ取ることはできないが。
    「あと、マロニーちゃんは、‟まろやかに煮える”から、マロニー」
    「春の雨……まろやかに煮えるからマロニーちゃん……すき焼きにはしらたき……」
    「いい、いい。そんなこと覚えんな。こいつらの違いなんてテストに出ないんだから全部ちゅるちゅるでいいんだって」
     ズズッと汁を飲み干し、椀を置いた菅原さんは「よし、んじゃ勉強続けんぞ」と表情を変えた。


     特訓の甲斐あって、試験は例年より手応えがあった。ただ、化学のテストだっただろうか。熱心に対策していた範囲と若干ヤマが外れたせいもあり、結果よくない意味で時間が余った。「時間いっぱいまで使え」という菅原さんの教えをなんとか果たそうとした俺は、フリースペースを使うことにしたのだ。化学の教師は物好きで、毎度答案用紙にフリースペースを設ける。そこには何を書いてもいい。教師へのメッセージや面白かった本の情報、自分の家の特別レシピを書くやつもいて、その内容が教師に刺されば──教師にあるまじき行為ではあるが──気持ちばかりの加点がもらえるという噂だった。しかし、教師に言いたいことなどない。本は読まない。カレーなんてルーの箱の裏に書いてある通りにつくってる。それでもチャイムが鳴るまではシャーペンを動かし続けるしかなかった。


    返却された答案用紙を見て、菅原さんは低い声でううん、と唸った。
    「マロニーちゃんの由来はまろやかに煮える、という意味からできていて、春雨は機械の穴から出てくる姿が春の雨に似てるから春雨とよばれている。」
    フリースペースに書かれたその文章に、赤ペンで「博識!」という文字が添えられている。+1点。その一点に俺は救われた。

    「は~……まさかテストに出ないはずのちゅるちゅるに救われるとは……わかんねぇもんだなぁ」
    「親に聞いたんですけど、うちのちゅるちゅる、葛切でした」
    「あ~やっぱり……?つーかお前、赤点ギリなことには変わりねぇんだからちゃんと復習しろよ」

     そう言いながらも赤点を回避したことを菅原さんは嬉しそうにして、ご褒美にとすき焼き風煮を作ってくれた。肉は豚だったし、豆腐とネギでかさましされていたが美味しかった。そして鍋にはしらたきが入っていた。


     終わり
     
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