Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    karakusa28883

    @karakusa28883

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 16

    karakusa28883

    ☆quiet follow

    007/スカイフォール
    シルボンシル

    TheFallTheFall
     体にねっとりと絡みつくよう感覚。
     まるで落ちた温かい水の中でもがき苦しむようだった。必死に手足をばたつかせて呼吸を求めるのに、体の自由は利かない。何かに引きずられるように体は沈み、崩れ落ちる水底に吸い込まれていく。逃れられないと諦めて力を抜くと、不思議と安堵するのだ。何かに抱かれるかのような心地よさ。すっと目を開けたボンドは、その頬に触れる指先の感触に気がつき、その手を掴みとる。
    「寝かせろ」
     そう文句を言うと、シルヴァは面白そうに笑って手を払った。
     まるで何もなかったかのようにシャツを羽織り、傍らの椅子に座った男は、悪戯っぽく鼻を鳴らすと「もう降参か?」
     と言って笑う。先に音を上げたのはそっちだろう、と言い返しながら身を起こすと、カーテンの引かれていない窓から白い月明かりが差し込んでいた。酷く赤黒い、不気味で歪な月が、明かりのない廃墟の島の上に浮かび上がる。
    「煙草はあるか?」
    「私は吸わないのでね」
     億劫そうにため息をつきながら、ボンドは床に散乱している上着を拾うためにベッドから抜け出す。彼もまためったに煙草を嗜むことはないのだが、たまに無償に吸いたくなる時がある。上着の内ポケットからクシャクシャになった包みとライターを引っ張り出し、ベッドの中に戻ると、わざとらしくゆっくりと火をつけて煙を吐き出してやった。
    「煙草など、体に毒だぞ。ジェームズ」
    「もうとっくに毒に冒されてる。酒と薬。それと任務、女、危険。死にも取り憑かれる」
    「それは、お互い様だな」
    「あんたは一度死んだだろう?シルヴァ」
     そう言い捨てて、ボンドは深く深く煙草を吸い込んだ。
     可笑しな関係だと言うことは自覚している。ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのことだ。パトリスを追跡し、セブリンの手引きで訪れたデッドシティ。そこで邂逅したシルヴァとボンドは、手を組んだ。互いに鎖から解き放たれないと願うもの同士、それは一時の協力関係だった。信頼の証として、ボンドはセブリンの命を、シルヴァは007がこの島に持ち込んだものすべてを要求した。文字通りすべてを。度重なる戦いに疲弊し、それでもなお母国に尽くそうと必死に鞭打たれたその身もすべて、今はシルヴァのものだった。
    「おまえの死も、私は見届けた。彼女が書いた追悼文・・・あれは酷い出来だった」
    「まったくだ」
    「彼女は文章を書くのが下手だ。そう、昔から。彼女が得意なのは命令すること。部下を死に追いやること。その方がずっと簡単だ」
    「そして俺達は死の世界へ?」
    「残念ながら。まだ、死に損なったままだが」
     シルヴァはそう言って笑う。疲れたような横顔。乱れた色の薄い髪をかき上げながら、短いため息。空虚を見つめる目は、遥か彼方。彼の失われた故郷を見つめているようだった。
    「私と共に来るか?ジェームズ」
     まるで確かめるような問い。同じことを何度も問われた。対峙したままその瞳を覗き込み、震える声で問いかける。ベッドの中で熱に浮かされながら、縋りつくように繰り返された言葉。だから、今度もまた同じように、ジェームズは一言だけで答える「Yes」と。
    「彼女に繋がれた鎖を断ち切り自由に」
    「そのための契約だ」
     そしてすべてを明け渡したのだ。この身もすべて。重ねられる熱を受け入れ、伸ばされた手を取り抱いて、抱かれる。そこに生まれるかすかな快楽を舐め、忠誠に背を向けて喘ぎ、求めて浮かされる。すべては己のため、彼女のため、国のため、忠義のため。
    「君は、嘘をつくのが下手だな」
     ぽつりと呟かれた言葉に、ふと目を上げる。暗く淀んだシルヴァの瞳は、月明かりの下で不気味に揺れる。すべてを見透かしていると、そんな色と毒を孕んだ目。ぞくりと背筋に震えが走るのを隠すように、ボンドは燃え尽きた煙草ををサイドテーブルのプレートの上に落とした。
    「最初から分かっていたよ。ジェームズ。根も葉もない嘘なら、もっとうまく突き通さなくては」
    「俺を殺すか?」
    「いいや。殺すつもりなら、もうとっくにやっているよ」
     すっと傍らの椅子から立ち上がり、シルヴァはボンドの前に立った。煙草を持っていた手を取り、柔らかいベッドの中に押し付ける。ボンドは抵抗しなかった。したところで意味がないと分かっていたからだ。武器はなく、身にまとうものもない。それはお互い様だったが、上位を取られた以上、逃れる術はない。
    「君は、私の片道切符だ。彼女へと至るために必要だった。ジェームズ、君が彼女を裏切らないだろうことは承知していたよ。わざと寝返って見せたのだろうが、それももはや意味はない。国へ帰ろうじゃないか、我が母国へ」
     シルヴァは、ボンドから奪ったまま最後の秘密のようにそばに置いていた発信機へと手を伸ばし、迷うことなくそのスイッチを自らの手で押した。短い間隔で明滅し始める緑色の光が、暗闇の中で妙に明るく見える。
    「おまえの望みはなんだ?シルヴァ」
    「さぁ。彼女に会ったら決めよう」
    「復讐か?それともただ死にたいのか」
    「私の体はもうとっくに腐り果てたよ。待っていても死は訪れるだろう。だからその前に、すべてを清算するのさ。私の過去と未来を」
     暗く音もなく、やけに耳が痛い夜。残り少ない静寂を惜しむように、シルヴァは唇を重ねた。偽りであれ重ねた熱の残滓は消えず、求められるがまま応えれば、行き場を失ったかつて仲間であったはずの男は、どこか淋しそうに笑った。
    「殺し合おうじゃないか。ジェームズ。我々の母親の前で、血を流し喰らいついて、どちらかが死ぬまで」
    「死に損ない同士、もう一度空から落ちるなら、今度は地獄まで落ちることを願うよ」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works