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    karakusa28883

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    スパイ・レジェンド
    デヴェローとメイソン

    おやすみ、愛しい子 メイソンが負傷したという報告を受けるのは、ルーシーを学校まで送る道中での事だった。
     父娘のささやかな朝食の後、お決まりの支度を終えて、通学カバンを背負って家を飛び出す娘を見守りながら、デヴェローはほっとため息を付いた。娘と過ごせる時間は少ない。できるだけ彼女との時間を大切にしようと、良き父であろうと努めてきたつもりだが、どれだけ彼女と過ごしても、まだまだ足りないと思えた。昨日の英語の宿題の話や、次に学芸会の役の話。相槌を打ちながら、その横顔に娘の母親の面影を見ない日はない。仕事のことは忘れて、家族で時間を過ごせたらどれほどいいか。仕事を変えて、娘のそばにずっといられれば。そんな事を考えながら、車を走らせていた。
     控えめなメール受信の知らせに、先に気づいたのはルーシーだった。彼女が僅かに表情を曇らせたのを、視界の端で捉える。父親への連絡の殆どが仕事関係のものだと、この年端も行かない少女は知っているのだ。ハンドルの上にあった手が、ふと動いてスマートフォンを探す。あぁ、いけない。とそう思ったときには、すでに、日々の出来事を楽しそうに離していたルーシーは口ごもって視線をそらしていた。
    「ルーシー」
     私立学校の前に車を停めて、デヴェローは助手席の娘へと視線を向ける。彼女はすでにドアへ手をかけていて、逃げるように車を出ていこうとしていた。その手をそっと握って引き止めたけれど、ひどく落ち込んだ目で振り返ったルーシーに、何も言えなかった。
    「いいよ」
    「なにが?」
    「仕事、行ってもいいよ。私のことは大丈夫だから。シッターさんといい子で待ってるよ」
    「ルーシー」
     父親と同じ、辛抱強くも脆く壊れてしまいそうな目だった。可哀想なルーシー。父親が何をしているのかも知らないし、母親の顔も覚えてはいない。すべては不甲斐ない親のせいであるのに、いつだって健気に笑いながら手をふる。その手を握りしめて、大丈夫だと言ってやれる日は訪れるのか、デヴェローには確信が持てなかった。
     最後まで名残惜しそうに手を振りながら、たくさんの子供達の中へ、娘の後ろ姿が消えていくのを見届けてから、デヴェローはひとつ深くため息をついた。それから、たっぷり時間をかけて、CIAのエージェントへと戻る。娘の知らない男。11月の冷えはじめた空気を纏い現れる、冷酷無慈悲な男へ。

     任務保護対象の護送だった。
     目的地まで無事に送り届けること。決められた場所で落ち合い、車で移動。目的地までは2時間ほどの間、メイソンに一言も話す気はなかった。逐一報告されてくる後援チームからの情報に耳を傾けつつ、不安から喋り続ける保護対象を無視し続けた。
     こういう時、デヴェローだったらどうするのだろう?ふと、そんなことを考える。適当におしゃべりに付き合って、相手を落ち着かせてやったりするのだろうか。そうだなわかるよ、とか。大丈夫、心配ない、とか。そういう言葉が必要な人間もいる。そうしてやるくらいの余裕が彼にはあるだろうか。そして、自分には。おそらく、ないんだろうな。とメイソンは思った。
     たぶん、デヴェローなら、ほんの少しの会話ができるかできないかなんて、どうだっていいと言うだろう。与えられた任務を、滞りなく無事に完遂することができるかが重要。状況の観察と、正しい判断。その速さ正確さ。そして、誰も傷つけず、己も傷つかず、無事に帰還すること。彼が教えてくれるすべてのことは正しい。だがそれとはかけ離れた所に、彼の余裕があるのだ。どんな状況でもどこか飄々としていて、軽口を舌の上で転がしながら、滑るように指先は銃を扱う。あの絶対的な余裕。口先だけは真似てみるけれど、いつも余裕のない自分は失敗する。乱れる呼吸を隠すために口をつぐみ、何度も最善シュミレーションを繰り返す頭は、デヴェローの言葉を聞き落とす。自分にはまだまだ足りない。彼のようにはなれない。そう、わかっている。どれだけ隠そうとも、自分は未熟で、師である男はそれは承知している。
     チッと舌打ちしたのを、助手席に座っていた保護対象の男は、自分に向けられたものと勘違いしてぎょっと視線を送ってくる。車は交差点で停車した。街の中で一番大きな通りだ。眼の前を行き交う車をぼんやりと眺めながら、どこかでデヴェローの助言を求める自分に、メイソンは気づいた。ふいに沈黙。なにか言うべきか。なにか、気の利いた言葉を。不安そうに運転手を見てくる男を安心させてやれるような一言を。なんというべきだろう。デヴェローなら、なんというだろう。
    「なぁ...」
     そう、声をかけようとした時だった。強い衝撃で車が吹き飛ばされた。


     ふいに頭を思い切り殴られたような衝撃で目を覚ました。いや、実際殴られたわけではないとわかっていたけれど、それくらい唐突に覚醒したのだ。
    「やぁ、よく眠れたか?お姫様」
    「デヴェロー?」
     自室のベッドの傍らで、呑気に本を読んでいた男は、ふと視線を向けると、呆れとも安堵ともつかない表情で笑った。
    「なんで、あんたここに...?」
    「眠り姫にキスするためか?冗談じゃない、俺は休暇中だぞ」
     静かに読んでいた本を閉じる、そのささやかな仕草さえ、隙はなく、洗練されて見える。いつだって、落ち着いていて、同時に切り札を隠し持ったまま、油断なく笑うのだ。
    「俺の家に勝手に侵入しておいて?」
    「不用心すぎるな」
    「三重にロックしてる」
    「大した障害にはならないさ」
    「あんたが特殊すぎるんだ」
    「なら警戒を怠るな。俺がもし、おまえを殺そうとしてる敵だったらどうする?」
     いつ、家に帰ってきたのか記憶がぼんやりしていた。治療を受けた時にもらった鎮静剤のせいかもしれない。腕に巻き付けられた白い包帯には、僅かに血が滲んでいて、気絶するようにベッドに倒れたまま、どれくらい眠っていたのか分からなかった。
    「それを抜きにしても、俺が入ってきても、眠りこけてるとは。いい度胸だな、メイソン」
     言い返す言葉がなかった。
     痛む頭をどうにか動かして、何があったのか順に思い出そうとした。任務中の会話、騒がしく投げかけられる言葉を聞きながら、次の瞬間には車の後ろから追突された。保護対象を庇いながら、その場から離れようとした。身を低く屈めろと、小柄な男を引っ張って、交差点の真ん中で銃撃戦になった。彼は無事だっただろうか。傍らで震えていた、あの男のことを思い出す。大丈夫だ、とか。心配するな、だとか。そんな言葉を掛ける余裕もなくて、手にした銃をしっかりと握りしめた。その場からどうやって離脱できたのか、うまく思い出せない。たぶん、援軍が到着して、彼は無事に保護された。あとになって、保護対象を狙ってくる輩をおびき出すための作戦だったと聞かされた。頭にかっと血が登ったが、痛む腕を抑えて病院に運ばれるのが先だった。そのあとは、考えがまとまらないままふらふらと家へ帰ってきたのだ。考えなければと思いながら、そのまま眠ってしまった。今日は、色々なことがありすぎた。
    「話は聞いてる」
     ようやく動き出した思考の片隅で、自分がどれだけ馬鹿だったのか気がついた。作戦の詳細もしっかりと理解しないまま、目の前のことばかりに気を取られていた。もっとうまくやれたはずだ。うまく、デヴェローのように。
    「厄介な作戦だったらしいな」
    「あんたなしでも、うまくやれると思ってた」
    「そうだな。おまえなら、と俺からも推薦したんだ」
    「結果がこのザマだ。あんたの顔に泥を塗った」
    「それは別にいい。どんな作戦にもリスクは付き物だ。たとえ、熟達のエージェントでも、状況を読み違えれば、失敗に終わるときもある」
     デヴェローはまっすぐにメイソンを見た。
    「過程がどうであれ、作戦は成功した。おまえが守った男も無傷で無事だったし、厄介な奴らも一網打尽だ」
     彼はそう言って笑った。彼がめったに見せない、皮肉のない落ち着いた笑みは、メイソンを何処か落ち着かなくさせた。
    「おまえは、よくやったよ」
     褒めることなどめったにない上官だ。その彼が、ふいに伸ばした大きな手で、メイソンな寝癖のついた髪をくしゃりと撫でていく。その意外な反応に、メイソンはただただぽかんとして、目の前に立ち上がったデヴェローを見上げることしかできなかった。
    「冗談なのか?」
    「その、間抜けな顔を引っ込めないと、冗談にするかもな」
     はっとして、首を横に振る。くすぐったいような感覚に、頭がまたぼうっとしそうだった。
    「ただ、おまえのこれはいただけないな」
     これ、手にした本の先で、つんとメイソンの腕を突く。びりりと痛みが走り。まだ生々しく血の滲んだ傷は、ふいに思い出したように、じくじくと痛み始めた。
    「自分の身は自分で守れ。そう教えたはずだ」
    「あんたがいなかったからだろう」
     傷は大したことないと医者には言われていたが、わざとらしく痛がって見せれば、デヴェローはため息をついて、本をサイドテーブルへ置いた。
    「大げさだな。それも俺のせいだって?」
    「あんたの、休暇が長すぎるんだ」
    「休暇中まで、面倒見てほしいのか?おまえは」
    「あんたも、俺がいなくて寂しくて、ここまで飛んできたんじゃないのか?」
    「ふざけたことを言っていないで、さっさと寝ろ。クソガキが」
    「yes,mama」
     彼のようになりたい。完璧なエージェントになりたいと思う。そのために学べることはまだ多い。
    「文句を言えるくらい元気なら、俺は帰るぞ。南の島でバカンス中だからな」
    「その割に焼けてない」
    「その観察眼を、次の任務に活かせ」
     デヴェローは、名残惜しむ様子も見せずに踵を返す。そのままさっさと出ていって、また姿を隠してしまうのだろう。メイソンにも知らせない場所へ。
    「次はうまくやる」
    「とにかく寝ろ。明日の朝、報告を」
     どことも分からないところから、ただ、自分のために戻ってきてくれたことが、嬉しかった。だが、そう伝えるよりも前に、彼は優しげに笑って、部屋のドアを開けた。
    「おやすみ、デヴィッド」



     
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