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    karakusa28883

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    karakusa28883

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    誰にも気づかれずほんの少し未来を変えるケント・ネルソンの話

    不確かな未来予想図「もうすぐ屋敷に着くぞ」
     傍らで聞こえた声に、ふと目を開ける。短めの眠りの余韻。うっすらとした予知の残滓が目の前でちらちらと瞬いた。それが、あまりにも眩しかったので、ケントはゆっくりと目を閉じてから、もう一度開いた。なかなか、面白い夢を見た。
    「ケント?大丈夫か?」
    「あぁ、少し眠っていたようだな」
     革張りのシートに、ため息と共に身を沈める。静かにホール家の屋敷へと走る車の後部座席は、世界をより良くするために戦う二人の男を乗せてもなおゆったりとしていて、静かなエンジン音と、午後の穏やかな日差しはそれだけで眠気を誘った。
    「疲れているのか?」
    「いや、そういうわけではないよ。いつもと同じだ。少し”見て”いただけだ」
     車は、JSAの活動に関する政府機関との打ち合わせから、カーターの屋敷へ戻る途中だった。これからより実戦的にホークマン以下、ヒーロー組織が活動していくためには、必要な妥協と、互いの主張、その指揮系統まで、事細かに従うべきルールを突きつけられる。もちろん法の下で行われる正義を旨とするカーターにとっては、そうしたやりとりは有意義に進めていきたいとは思っているのだが、何しろ政府権力との打ち合わせは、気の短い彼には往々にして長すぎるものなのだった。痺れを切らして、余計な軋轢を生む前に、補佐として同行しているケントがやんわりと制するような場面は、一度や二度ではなかった。
    「君の方こそ、疲れているように見えるが?」
    「気が立っているだけだ」
    「深呼吸しなさい。何も、武器を持って戦おうってわけでもないんだ」
     今回の話し合いは、当初の予想通り平行線のまま、カーターからすれば時間だけを無駄にしたような結果だった。また後日、同じ場所へ出向かなければならないというだけで、うんざりだとカーターの顔には書いてあるようだった。その子供じみた感情を抑えられない男を、ケントは大いに気に入っていたから、そういう態度を諌めて、ついでに相手に嫌味の一つでも置いてこれれば今回は上出来だっただろう。力を持つ者は、より強い力を持つ者を相手に常に牽制し、睨み合いながら上手くやっていかなければならないものだ。カーターもそれは十分に理解しているだろうし、自分の短所もよくわかっているはずだ。
    「今後、良い進展があると思うか?おまえの考えを知りたい」
    「それは、未来を知っているかと聞いているのかな?」
    「いいや」
    「君はもっと楽観的になるべきだ。今日は上出来だったよ。何事も一つ一つ乗り越えていかねば。そう、君がよく言うように」
    「では、おまえはどんな夢を見たんだ?ただのうたた寝なら、そんなににやけてなどいないだろう?」
    「いやはや、気づかれていたか」
     くすくすと笑いながらケントは答えた。魔術師が時々見せるその悪戯っぽい横顔に、カーターはふんと鼻を鳴らす。
    「君の期待とは違うだろうがね。いい夢を見たよ。安心したまえ、君の屋敷がミサイルで攻撃されるだとか、明日世界が終わるとか、そういう夢ではないから」
    「では、どんな夢だ?」
     魔術で隠していた金色の兜がケントの手元にキラキラと光りながら現れる。手にする者を選び、魂さえ粉々に砕くというその兜を、まるで玩具のようにトントンと弄ぶ彼の横顔を、カーターは見つめていた。その熱っぽい気配にケントはふふと口元をゆるめる。
    「今晩、私は君の屋敷のゲストルームに泊まるつもりだが」
    「あの部屋はおまえのために用意したものだ、ゲスト用というわけじゃないぞ」
    「まぁ、どちらでもいいが。とにかく、君の部屋に一番近い居心地のいい部屋に変わりはない」
     カーターは不服そうに唸ったが、ケントは構わなかった。彼が何度屋敷へ来いと行っても、その度にうまい言い訳ではぐらかしては、彼のそばを去るのがケント・ネルソンという男だ。
    「夜半すぎに君が訪ねてくる夢を見た」
    「なんのために?」
    「さて、それは君の意思だ。私にはわからない」
     そう言いながら、口元の緩みはそのまま。わざわざ、自分の部屋の一番近くに友人を留め置き、夜遅くに訪ねていく理由について、カーター自身にも察せられたはずだ。金色の目の男は、苦虫を潰したように唸ると、わざとらしく腕を組む。
    「それで?」
    「君は、私にキスをする。私は、それを受け入れる。眠れなかったのだ。私達は二人共。そういえば、夜を共にするのは久しぶりじゃなかったかな?カーター。最近は、お互いに忙しかったしな。熱っぽい触れ合いが恋しかったかな?」
    「今、俺の頭の中を読んだのか?」
    「そういう芸当は、他の者にやらせておけ。私が話しているのは夢の話だ。続きを?聞きたいかね?」
    「いいや」
    「想像がついたかな?それとも、もしや君の頭の中にシミュレーション済みか?」
    「やめてくれ、ケント」
    「はは、聞いたのは君の方だぞ」
     全然笑えないぞとその呆れた表情は言っていたが、結局のところカーターが返したのは仏頂面と、肯定も否定もできない居心地の悪さだけだった。その様子が面白かったのか、ケントの表情は朗らかで、してやったりとばかりに声を出して笑う。そうやって笑ったのは久しぶりだった気がする。そう、互いに忙しかったのだ。
    「さて、ここで1つ問題がある」
    「まだなにか、俺に恥をかかせる気か?」
    「未来は見えるが、それはあくまで未来のうちの1つに過ぎない。こうして、君に夢の話をした今、君はその出来事を変える事ができる」
    「得意の謎かけか」
    「さて、果たして君は今夜私を訪ねるか?それは私にはわからない。この瞬間、未来は不確定なものになったわけだ」
     ケントは面白そうに問いかけながらも、情熱的な目でカーターを見た。無意識のうちに口角の端をしたで舐めると、乾いていた唇が、わずかに濡れた。
    「俺を試しているのか?」
    「君が夢について聞くからだ」
    「有益な話をありがとう。感謝するよ」
    「それはよかった。今夜はよく眠れそうだ」
     それだけ言ってふいと窓の外へと視線を向ける。ちょうど、ホール邸の広大な敷地に入る前の門を通り過ぎるところだった。あと少しで車は正面の玄関までたどり着き、このやり取りも終わることだろう。
    「ケント」
     それは不意の行動だった。後部座席の革張りのシートが擦れる音が鳴ると、目の前にはぐっと近づいてきた金の目が見えた。はっと我に返るよりも前に、熱い唇を重ねられる。強い力が肩を捉え、座席に押し付けられるがまま、早急で情熱的なキスは角度を変えて、貪るように吸われる。
    「はっ·····」
     息をつく。一瞬だけ、間近で見た男は欲情していた。カーターと名を呼んで、静止することもできただろう。けれど、そうはしなかった。
     試すような、しかし明確に求めるキス。薄い唇を割り開き、歯列をなぞる。戸を開けるように、ゆっくりと忍び込む舌の熱さ。いつの間にこれほど情熱的になったのか。泥濘に身を任せたまま、分け開いた口内を、カーターは思う様蹂躙する。
    「この未来は見えたか?」
     浮かされて湿った声。輝く獰猛は嘴に耳を噛まれる。鼻先が首筋に触れて、蟠った空気を吸い取っていく。
    「ケント」
     スカーフの隙間に指先が忍び込み、するりと解かれた。首筋の薄い皮膚に、カーターは噛み付いてくる。
    「これは、おまえが見た未来か?」
     抵抗しなかった。隠したつもりだった貪欲な劣情を見抜かれた気がしたからだ。猛禽の欲望に火を灯したのは自分だ。そのまま甘んじて受け入れるのを、望んでいた。だからただこの身を明け渡して目を閉じる。

    「もうすぐ屋敷に着くぞ」
     傍らで聞こえた声に、ふと目を開ける。短めの眠りの余韻。うっすらとした予知の残滓が目の前でちらちらと瞬いた。それが、あまりにも眩しかったので、ケントはゆっくりと目を閉じてから、もう一度開いた。この夢を見るのは二度目だ。
    「ケント、大丈夫か?」
    「あぁ」
     カーターの方は見ずに、ゆらりと唇を舐める。夢の中で求められ濡らされたそこは、今は乾いてカサついていた。
     あぁ、未来がほんの少しだけ変わったのか。そうやって繰り返し繰り返し、折り重なって積み上げられる無用な未来のその先に、現実があるのだろう。
    「カーター」
     金色の兜は持たぬまま、伸ばした手は後部座席の真ん中でカーターのそれと出会う。急な触れ合いに、驚いたような顔をする相手に笑いかけ、ケントは、自身が選んだ未来の道標を見つめた。
    「今夜、君の部屋を訪ねていいだろうか?」
    「急に、どうかしたのか?」
    「ここ最近、うまく眠れなくてね。できれば、手伝ってほしいんだ」
     安らぎと不確かの間で眠るのを。
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