夜襲 目が覚めると、目の前にカーヴァーがいた。
「どうなった?」
そう問いかけた声は思ったよりも小さくて、酷くかすれていてうまく言葉になっていないような気がしたけれど、カーヴァーは正しく意味を聞き取り、安心したようにうなずいて見せた。
「追い払った。今のところは、静かだな」
「そうか」
体中がひどく痛い。どうにか起き上がろうとしたところで、左脇に激痛が走った。ぐっと息を詰めて体を丸めると、すぐにカーヴァーが手を差し出した。
「また死に損なったな」
服を着ていない左脇には不器用な手当の痕があった。きつく巻かれた布にはまだ赤い血が滲んでおり、じくじくと痛む。
とっさのことだった。銃口を向けられた時にほとんど反射的に体が動いていた。自分でも驚くほどの瞬発力で、銃口とカーヴァーの間に身を投げたのだ。弾丸は、ギデオンの脇腹を掠めた。
「骨が無事でよかった。でなきゃ、肺をやられてた」
「はは、悪運だけは強いんだ」
「そうらしい」
カーヴァーに支えられて起き上がった。2人が野営しているのは、乾いた森の奥だった。時刻は朝方だと思われた。よほど寝こけていなければ、昨夜の夜襲からさほど時間は経っていないだろう。
「こんなところで死ぬなよ」
「あぁ、そうだな」
気遣わしげでありながら同時に厳しく叱責するような目の相手に、ギデオンはため息混じりに笑って見せる。こんなところで死ぬな。おまえを殺すのは俺だ、とそんなふうに思っているのかも知れない。昼となく夜となく共に行動し、共に仕事をして、共に旅をしているが、カーヴァーとギデオンは常に相手の生命を握っていないと気がすまない関係だった。ことの始まりはもうずっと前のことだったが、今もこうして心の奥底に殺意を隠しながら、助け合っているのだから可笑しなものだ。命の危機を何度越え、互いに背中合わせに戦い生き抜いてきたことか。それでもなお、互いに銃とナイフを突きつけあっている。
「できるだけ早く、ここを離れた方がいい。また奴らが襲ってくるとも限らない」
「あぁ」
決して簡単仕事ではなかった。とある農場主から、山の向こうを根城にしているらしい盗賊の一味を追い払って欲しいという依頼だ。敵となる人数は正確には分からなかったし、戦い慣れた者が多ければ、こちらが不利になる。2人で受けるにはリスクが高かった。そもそも割に合わない仕事だったのだ。それでも仕事を受けた。今更、後悔しても遅い。
「だいぶ数は減っているはずだが、まだ襲ってくると思うか?」
「あの手の連中は、やられたことをやり返さないと気がすまないんだろう。俺たち両方が死ぬまで追いかけてくるつもりかもしれない」
「厄介事に手を出したな」
「しかたない」
最初の夜襲は成功だった。呑気に飲み食いしている盗賊の一味を2人で襲い、かなりの戦力は削ったはずだった。賢い奴らならば、その時点で逃げるか解散して散り散りになるところだろうが、どうやら年若い連中が寄り集まった盗賊は、一筋縄ではいかなかった。仲間の報復のため、今度はカーヴァーとギデオンを夜襲したのだ。
いくつもの戦場を経験し、修羅場にも慣れている2人の男たちは、決して油断していたわけではない。夜襲の時でさえ、すぐに応戦したし、夜闇の中で地形を活かして多勢に無勢を戦った。数で劣っていようとも、2人でなら相手を退けることもできただろう。ギデオンが負傷さえしなければ。一旦は引いた報復の手の者をさらに追い詰めて、今度こそ壊滅させてやろうかと、追おうとしたカーヴァーだったが、傷を追って倒れたギデオンを放っておくことができなかった。彼は、負傷した相棒を担いで闇の中を移動し、暗がりの中でどうにか手当をした。傷はそれほど深くはなかったし、骨も無事だったが出血が多かった。止血のために傷を縫い合わせ、布で巻いたが、逃走の途中で血痕を残していただろうし、負傷者を抱えて遠くへは移動できなかった。困ったことに、これ以上の報復があるとすれば、今現在カーヴァーとギデオンはだいぶ不利だろう。
「これからどうする?」
傷口をかばいながらシャツを着たが、骨の髄まで響く痛みにギデオンは奥歯を食いしばる。生傷には慣れっこだが、血を失うような傷は久しぶりだ。
「街まで行って保安官に訴えてもいいが、蜂の巣を突いたのは俺たちだからな」
「俺たちでどうにかするしかないか」
馬に乗ることさえ難儀したが、下からカーヴァーに支えられて、どうにか馬上に上がる。ほとんど鞍の上にうずくまっているような体たらくだが、仕方ない。荷物はほとんどカーヴァーが準備をし、小さく燃えていた焚き火は入念にかき消して枯れ木で覆った。
移動を始めたものの、早駆けの振動が思いの外傷に響き、ギデオンは何度も馬上から落ちかけた。鞍にしがみついているのがやっとで、ほとんどカーヴァーに手綱を預けた状態だった。思っていた以上に血を失っているらしく、目眩が酷い。水を飲み、食料を少し食べたが、あまり状態はよくならず、何度も立ち止まり、道は遅々として進まない。
「大丈夫か?」
と何度目かに馬脚を止めたカーヴァーが振り返る。小高い丘の上は見晴らしがよく、少し降りた岩場で、ギデオンを馬から下ろすと、水を手渡す。
「腕を撃たれるよりはいい」
「やせ我慢するな」
「はは、おまえの処置が悪いんだろうさ」
「手当されておいて、文句か」
「自分でやった方がマシだ」
「脇の下だぞ、どうやって手当するんだ」
ぬるい水を喉へ流し込み、そのまま相手に返す。いつもやる仕草が、どうにも痛みで辛い。
「俺の方が手当はうまいだろう。ほら、前におまえの脇腹縫ってやったことがあった」
「あれは、おまえが撃ってきた傷だ」
「だが傷跡は綺麗に治った。化膿もしなかったしな」
「なら、傷が開いたまま放置しておくべきだったか?」
「あぁ。おまえが居てくれてよかったよ、カーヴァー。感謝してる」
「減らず口が言えるなら、大丈夫だな」
水を飲み合い、いつもの癖で武器を確認する。コルトが一丁ずつ、ライフルも在る、残弾が少ないのが気になるが、確実に狙い定めれば十分に勝算はあるはずだ。
姿勢を低くして丘の向こうの様子を眺めたカーヴァーが小さく舌打ちをしたのを、傷をかばいながら確認したギデオンは、同じく、開けた荒野の向こうへ目を走らせる。白い土埃を上げながら走る馬が5頭。なんとも諦めの悪い連中だ。
「夜を待って襲ってくるだろうな」
「ここで迎え撃つか?」
「それが一番得策だ。油断させて、罠を張ろう」
「おまえが得意なやり方だな」
「残念ながら、今は傷が痛い」
「足手まといになるなよ」
「だれが」
馬を引いて丘を降り、森へ入った所で野営の準備をした。すぐに分かるように煙を焚き、馬を置いた。もちろん日が落ちて暗くなる前に、いくつかの罠も隠した。さて、うまくこちらの手の内へ入り込んでくれるか。日が陰る頃に、カーヴァーはギデオンに残りのパンを食べさせ、自分は酒を少しだけ飲んだ。これが最期の夕日にならないことを祈りながら、何も言わずにくれる空を二人で眺めた。夜が来る。