[さようなら私。次の私はこんなんでいいの?]転生ものカーテンの隙間から朝日が差し込む。夏も近くなってきたせいなのか、明るくなる時間も早くなっているようだ。
それにつられるように意識が覚醒する。
「んー良く寝たー!ん?ん?あれ?」
目が覚めればそこは飾り気はないが、綺麗に片付かれた部屋だった。
見覚えは不思議とある。記憶にはあるが自分がそこで生活をしていたと言われると、確かにしていた。
正確にいえば、私の前の人格の記憶が私の中にあった。
この元の身体の持ち主の妹は頭が良い。勉学の頭の良さもさることながら、回転も速く姉の存在などいらないほどだ。
当然両親や従者たちの私に対する対応も邪魔者のように、いない人のように段々と辛辣になっていった。
だからか貴族でも私の部屋は最低限のものしかないのか。
いや、私にとっては十分すぎる広さではあるが、貴族にしては狭いのかもしれない。
ただ住まわせてやっているだけ。居ても居なくても良いが、死なれたら面倒くさいだけ。
そんな感じの扱いだ。
残された記憶の中で、この身の持ち主は耐える事と流される事しかできなかったようだ。
「辛かったのだな」
それでもここまで頑張って生きてきたのは、婚約者であるオーストの存在が大きかった。
親が決めた婚約者ではあったが、彼はこんな自分にも優しく接してくれて、次第に惹かれていくのも時間がかからなかった。
きっとそれが原因だろう。
しかしだ。そうして出てきたのが、前の記憶の私なのだが…私で良いのか…!?
こんな綺麗なキラキラした世界なんて前の私の世界にはなかったぞ?!
「うっわ!お空綺麗!緑綺麗!お庭綺麗!!ヒュー!!」
工場の煙なんてものは一切なくて、まさに自然!物語に出てくるような正に絵のような光景があった。
「絵本の世界みたいだ。空気美味しい」
前の私が求めるものはなんだったのだろう。
婚約者?仲の良い家族?それとも平穏な日々?
「おっはよーございまーす!!」
元気よく挨拶をしただけなのに変な顔をされた。
解せぬ。
「君はそれで良いのかい!?」
「まぁそれも良いかなぁって」
「妹くんに散々利用されまくって辛酸をなめてたじゃないか」
「一周回ってだんだんと楽しめるようになってきちゃいまいして」
「なんだいそれは!?それに君そんな感じだったっけ?」
前の私には家族がいなかったからか、意地悪してくる妹も可愛く思えた。
意地は悪いが頭は良いから上手く立ち回ってるんだろう。我が妹は優秀だ。
「それに…君はやっていないんだろう?」
その答えは言わない。
話をすればきっと信じてくれる人はいるだろう。
けれどそこは重要じゃない。
「じゃあね妹!わりと楽しかったよ!!ざまぁされないようにな!!!アデュー!」
「は!?え?姉様???!!?え?ええ??!」
「ヘイ!元婚約者!こんな妹を宜しく頼んだよ!ちゃんと幸せにしてやれよ!!」
「!?!!??え?は?!!??!?」
戸惑う妹たちを…周りのみんなも戸惑ってるな。まあこれで最後だろうからいいや。
彼女らを横目に私は退場しよう。
衛兵達も戸惑ってくれちゃって、少しだけ気分が良いけど扉を開ける業務を思い出してくれるかな?
ギギギと軋む扉はどこか重厚でまた新たな旅立ちがあると予感させてくれる。
「おお綺麗な月だ!」
なんと今日は満月か。なんとも祭先が良い事だ。
死刑や幽閉はご勘弁なので、この国から出て行く事にした。
王に相談したらそれは許されたので、有難く出ようと思う。
家族の方は…まぁ私などいなくても困らないだろう。良い厄介払いができたと思ってくれるだろう。
とはいえ、なんだかんだ罪人なので先立つものもなく放り出されるから不安は無い訳ではない。
この世界を知ってからまだこの国のことしか知らないので、隣の国まで頑張ってみよう。
大丈夫、私の人生はまだ終わってはいない。どうとでもなるハズだ。
「で、なんで着いてくるのかな?」
「お前一人にしたらすぐに魔物に襲われて終わるだろうが」
「もー一匹狼のドキワクハラハラ冒険旅が台無しじゃないか」
「お前本当性格変わったよな…」
「あはははは」
もういないもう1人の私。
結局上手くは立ち回れなかった。
関係修復は駄目だったけれど最悪な結末は逃れる事ができたと思うんだ。
これで良いかな。もういないもう1人の私。
これで良いよね。次は私の人生を楽しんでも。
もしも…いや、それは違うな。
さようなら今までの私。
こんなんでも楽しくやってみるよ。