プレゼント 重たい腕の下で目を覚ました五条悟が瞼を擦ると、ほんの少し眦へ違和感を感じた。それは数時間前に浮かべた涙の名残だろう。
苦痛とは全く無縁の涙は五条が制御できないものの一つだ。昨夜はアレソレが激しくて実のところいつ眠りに落ちたのか分からないが、目覚めた五条の身体はさっぱりとしていた。まめな恋人、七海がちゃんと清めてくれたらしい。
身体は怠いが気分は悪くない。ほんの少しだけ起きかけた身体を頼り甲斐のあるベッドと身体に戻した五条が欠伸をすると、腕の重みが減った。代わりにゴツイのにとても器用な指が五条の肌を撫でる。
「ななみー、あのさー」
「はい。おはようございます」
「もう午後だぜ? まあいいや、おはよう。んでさあ」
「午後?」
え、と顰められた顔が面白い。
「メリークリスマスだねえ」
「そうですね」
「どういう返事だよ、それは」
五条はケラケラと笑いながらさりげなく周囲を見回した。コテコテの靴下やサンタ帽は転がっているがそれはまあ、昨夜のお遊びのついでであり、結果だ。
「ななみー、プレゼントはー?」
「必要でしたか?」
「うーん、いっぱい貰ったからなあ」
要らないなーと呟きながら五条はシーツと撫でる。
身体なぞ二の次だと思っていたらしい七海とセックスをするようになってまだ一月も経っていない。元々リネン類の類いは良いものを使っていたのに、この短期間に五条の肌が触れる度にシーツや毛布が豪華になっていく気がする。
白にも様々な色がある。なかでも青みを帯びたシーツと枕に身を委ねながら、五条は起き上がって腕時計を睨んでいる七海を見上げた。
「あ、欲しいものあった」
「何です?」
「Yes/No枕」
「……何です?」
「えっ、知らないの」
目を丸くする五条を怪訝そうに見た七海は腕時計の代わりに携帯端末を手にとり、指を動かした。そしてすぐに顔が顰められる。
「五条さん」
「なに?」
「Noって必要ですか?」
「うん?」
大真面目な顔に五条は笑いを堪える。
「私は必要無いんですが。Noが」
「うーん、確かに要らないけどさ。NoをYesに変える萌ってのが、おいおいおい」
買うのかよ! と限界を迎えた五条が笑い出す。
どんな素材の枕か知らないが、落ち着いた寝室の中で凄まじい違和感が漂いそう。
「ノリノリでイベント楽しむようになったよね、オマエ」
「ええ、もうヤケクソなんで」
「ヤケクソ……」
五条がぷうと頬を膨らませると、頬ではなく額へ唇が落ちる。セットがされていない七海の髪がさらりと流れて触れた。
「プレゼントなんですが、五条さん」
「何か欲しいもんあんの? 足らなかった?」
ニッと笑った五条は七海の眉間を指で撫でた。刻まれていない皺が見える気がしてならないのだ。
「クリスマスを理由に何かをおねだりできるのなら、イってるアナタが見たいです」
「……単純に下ネタな方でお答えしますけどぉ、イってるとはつまり射精であり」
「はい」
間髪いれない答えに唖然とした五条はカッと顔を赤らめる。
「見ただろ、めっちゃ見てただろ! 僕もう無理っていったのになーんも聞かなかったの七海じゃん! アレ以上どうしたいんだよ。まさかオマエ、マスターベーションしている僕が見たいとかそーゆー……、ってって何だよ、その顔は。さっきまでの僕で満足しなかったんですかー?」
「いえ、よく喋るなと思いまして」
「誰のせいだよ、この野郎」
「あの時はあの時ですので」
「オマエ、シレっとした顔で凄いこと言うよね……」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないです……」
「その後ここへ」
七海の手が五条の背を撫でおろし、臀部へ触れる。
「挿れてもいいのなら、自慰行為をご一緒にでも構いませんよ。ですが」
「おーまーえー……、ってなに?」
呆れと、これは何だろう。恐らく期待を覚えた自分にげんなりとした五条は、ぐるぐるとシーツを巻かれて驚いた。そのままひょいと抱き上げられてしまう。
「え、なになに。僕はどこかへ出荷されるの?」
白銀の頭へぽんと何かが載せられた。
白い毛玉のついた赤い帽子を頭に乗せたまま、七海は五条を抱きながら歩き出す。
「私にプレゼントが届くので、五条さんは風呂にでも入っていてください。ソロライブは勘弁してくださいね。人も来ますし、どこかへ響いた挙句にまたお隣さんを驚かせたくないので」
「クリパでもすんの?」
「アナタとね。荷物が届くんですよ」
「何か買ったんだ」
「ええ、ベッドが」
「ベッド」
宅急便かなと思っていた五条は驚いた。想像よりも大分デカいじゃないか。
「さすがにシングルは狭いと思い知ったの?」
「狭いのはいいんです、別に。何か問題でも?」
「ありありだよ、狭いんだよ。じゃあ何で買ったんだ」
「耐荷重の問題ですよ。我々が大人しく寝ている分には耐えられても、最近はそうでもありませんので。途中でベッドが折れたら驚きます」
「ああ、なるほどねー」
シングルということは一人用であり、まあその程度の加重にしか耐えられないのだ。
「おもしれえな、途中で折れたら僕は笑うよ」
「面白くないですよ」
あははと五条が笑い出した五条が風呂場へ降ろされた時、チャイムが鳴った。
「ではこのまま、大人しくしていてくださいね」
「はあい、っておいこら!」
下着一枚の背へ五条が叫ぶ。
「七海! 服を着ろ!」
「着ますよ、アナタじゃあるまいし」
「ちゃんと首まで! 全部隠せるやつをだぞ。いいか? でないと僕はここで十曲ぐらい歌うからな、オペラを! まずは魔笛からだ!」
「まさかパミーナのあれじゃないでしょうね、せめてソロの所にしてくださいよ。承知しました……、どうしました」
「どうって?」
怪訝そうな顔へシーツが撒かれたままの五条は小首を傾げる。
「変な顔をしていますよ」
「変じゃねえよ」
やっと成功した。
一体何が悪いのか。五条悟は身体を使って出来ることならら器用を極めて生きてきたと思ったのに、どうしても恋人の肌へ唇から痕を残せなかった。
ピースをした五条を見る目は不審者を眺めているようだったけれど、でも彼はきちんと彼を見ている。
「好きだよ、七海」
「はい、ありがとうございます」
頭上にハテナマークが見えなくも無いが、良い返事だ。とてつもなく満足した五条はにっこりと微笑んだ。