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    呪/七五
    たぶんバレンタインの時に書いたチョコ話だと思うのですが、続きを書いて忘れていたようなので改めてまとめました。

    わざとだよ「……酔っちゃった」
     年が明けて数十時間。
     キンと澄んだ冷たい空気のなか、七海をじっと見上げる瞳は、冬独特の光を浴びてキラキラと輝いて見えた。フローリングに散る白銀の髪は、雪を散らしたように美しい。
     いっそ冷酷にも見えそうな容姿が柔らかく見えるのは、端正な顔が楽し気にほほ笑んでいるからだ。
     その反面、家主の顔は非常に厳しい。
     さして広くも無い部屋で百九十センチを超えた男が手足を大に転がっているのだから、顔がどうあれ邪魔でしか無い。
    「見りゃ分かりますし、邪魔です。退いてください。下戸なのに、何故アルコール分を口にしたんですか」
    「何でだと思う?」
     ごろりと転がった五条の足を七海は跨ぐ。手にした本を次々と書棚に入れながらため息を吐いた。読めない本がどんどん溜まってしまう。
    「嫌がらせですね。あるいは大掃除の邪魔」
    「とっくに年は明けてるよ?」
    「知っています」
     七海の年末は忙しかった。
     年始直後も忙しかった。要するにいつも忙しいのだから、今日の休暇は貴重だ。ところがふらりと訪れた先輩がなぜかずっと床に転がり、邪魔の極み。踏まないだけ感謝して欲しいと七海は思う。
    「踏まないでよ、七海」
    「踏んでいません。五条さん、真昼間から人の部屋で酔わないでください」
     ころん。再び転がった五条が元の位置から七海を見上げ、にこりと笑う。
    「わざとだよ?」
    「そうですか、わざとですか」
     むんずと襟首を掴まれた五条は、ずるずると床を引きずられながら、慌てて「待って!」と叫んだ。
    「嫌です」
    「待てってば! 僕を玄関から捨てようとしないで。こんなに可愛い五条さんだよ? 七海は馬鹿なの?」
    「馬鹿はアナタです」
    「冷たいなあ、七海ィー」
     なんとか進行方向が変わり、再びリビングの床に置いてもらえた五条は安堵した。僕で床掃除をしたのかなと思うと面白くなり、彼はくすくすと笑う。反対に後輩の顔は笑みから真逆の顔をしていた。
    「部屋の掃除をしてんのに、ちゃーんと七海の恰好してるね」
    「なんですか、それは」
    「上着があったらスーツだよ。その恰好」
    「急に呼び出されたりもするんです」
    「大変だねー!」
    「嘘ですけどね」
    「嘘かよ。なあなあ、七海。スウェットの上下とか半纏とか着てみなよ、似合うかもよ?」
     ぺらぺらと楽しそうに喋る五条にため息を吐き、七海はキッチンカウンターへ投げた菓子を指でさした。
    「私は取り上げましたよね、五条さんが持ってきたあのウィスキーボンボンは。なのに何故食べたんですか。そもそもこの程度も駄目なんですか?」
    「しらなあい」
    「あとネタ元が古いです」
     五条が台詞をお借りしたのは有名な少女漫画だ。そういえばアレ終わったのかなあ? と五条が首を捻ると、床を白い雪が鮮やかに流れた。
    「僕は七海が知っていたことにびっくり」
    「高専時代、家入さんに読めと言われまして」
    「へえ? 硝子、面白いことすんね」
    「こんな女には騙されるな、と助言を頂きました」
    「ちっ」
     舌打ちした五条が床から見上げると、七海は彼持参の菓子を口に放り込んでいた。箱を複雑そうに眺める顔から察すると、値段の想像がついたようだ。
    「いい勉強になりました。そもそも五条さんはウィスキーボンボンすら怪しそうなのに、なんで奈良漬け食べてひっくり返ってるんですか。人の冷蔵庫から、勝手に奈良漬けを」
    「いやー、奈良漬けだよ? 七海が奈良漬け! 面白いだろ、食うだろ」
    「頂き物です。それでひっくり返ってるとはね、楽しいですか?」
    「それなりに。でもお腹寒いー、風邪ひいちゃうー」
     床暖房つけてようとジタジタ暴れる五条を冷たい視線で見下ろした七海は、一応先輩を避けて歩き、開け放していた窓を閉めた。
    「床暖房ー」
    「つけませんよ」
    「お?」
    「ですからここで大人しくしていなさい」
     何ごとも無いかのようにひょいと床から持ち上げられ、ソファに落とされた五条は目を丸くする。
    「はあい。僕の方がデカいのにすごいね、七海。あと寒い」
     直後に飛んできたハーフケットはふんわりと柔らかく、手触りが良い。これは気持ちがいいと感心した五条は身体に巻きつけ、ごろんとソファへ横たわった。ところでこんなふわふわ、七海の部屋に存在していただろうか。覚えは無いが。
    「ねえねえ、七海ー」
    「……はー」
    「ため息ばっかりついていると、幸せが逃げちゃうようー?」
    「五条さん。本当に酔っているんですか?」
    「酔ってる酔ってる。ところで七海がもりもり食ってるそのボンボン、美味い?」
    「ええ。だから」
     飲みたくなる。
     機嫌の悪そうな声に五条は笑い続ける。
    「これを食わせたら黙りますか?」
    「へえ? 興味あんの」
    「いいえ、特には」
    「無いのかよ!」
    「酔って寝たら静かになるかな、とは思います」
    「寝ないかもよ?」
     二人の声以外は何も聞こえない静かな部屋で、二色の視線が絡み合う。
    「試してみようかな、とも思いますが」
     七海の白い歯がチョコを咥え、五条は口角を上げた。
    「いいよ、来いよ」
     常に色の白い彼の頬が少し赤らんでいる理由は、外気とほぼ同温だった室温のせいなのか、ほんの少しとはいえ苦手なアルコールを摂取したからか。
     強かな先輩だ。滑らかな頬へ指で触れても七海には分からない。今の自分が寒くない理由も分かりたくはなかった。
    「追加すれば分かりますかね」
    「さあね?」
     七海はチョコをかみ砕き、もう一つを唇へ当てる。
    「五条さん。原液と俺から、どっちがいいですか?」
     起き上がった五条は近づく顔に目を細め、するりと答えた。
    「七海から。それにしてもまどろっこしいね、七海」
    「わざとですよ」
    「へえ?」
     女性には騙されませんけど。そう呟く複雑そうな顔が、五条はとても面白かった。


    「七海って半年に一度くらい大掃除がしたくなんの?」
    「そんな訳ないでしょう」
    「ふうん?」
     興味深そうな視線を無視し、七海はテキパキと手を動かす。
     七海の趣味は掃除では無いので、可能な限り掃除の手間が省けるように生活して時間を取られないようにしていた。おかげで部屋が荒れるということは少ない。
     とはいっても放置には限界はあり、その限界が来るとまとめて一気に片付ける。床の埃は毎日忠実に走り回る掃除機が吸ってくれても、壁だのなんだのは人間がやる必要があるのだ。そのタイミングは数か月に一度なのに、何故か連続で恋人である先輩がお家デートをしよ! と勝手に押しかけてきていた。
    「真夏よりゃましだけど、暑いっちゃ暑い。冷房いれてよ、七海」
    「昼間は掃除していますから来ないで下さいと言いましたが」
    「来ちゃだめとも言わなかったじゃん」
    「……確かにそうですけどね」
     七海は窓辺にいる五条を見る。
    「空気を入れ替えつつ空気を入れ替えつつ、一気に部屋を片付けたかったんですよ。少なくとも現在一番涼しいところに置いてみたんですが、不満ですか?」
    「いやあ、風呂か窓か選べと言われても」
     風呂場の風って衣類乾燥じゃん、僕は洗濯物じゃないんだよと五条はぶうぶう言いながら唇を尖らせている。
    「騒ぎになりますから、窓の向こうへ落ちないでくださいね」
    「はあい」
     マンションの上階から落ちたところで五条に傷など一つも付かないだろうが、誰かに見られていたら大変なのだ。
     家具や家電、部屋に存在する様々な凸凹から埃を床へ落とした七海は、大人しく外を見ていた五条の首へ触れた。
    「僕には埃、積もってないよ」
    「熱いですね」
    「そう?」
     常には白い彼の肌が赤みを帯び、指で感じる脈も少し早い。七海を見上げる青い瞳にも妙な熱が籠って見えた。
    「最近、あまり休んでいないと聞いています」
    「そーでもないよー。僕だって限界は知っているし、効率が落ちる前に休むよ。こうやってさ、休みに」
     来たよ、と呟く五条の頭を七海は撫でた。
    「よく出来ました」
    「うん」
    「どうせアナタは来るだろうし、さっさと掃除を終わらせてから寝て下さいって言いたかったんですよ。なのになんでアナタ、また奈良漬け食ったんですか」
    「冷蔵庫ん中のモンは全部食っていいって言ったじゃんか、七海がさあ」
    「言いました、確かに言いましたよ。ですがまた食べるだなんて思いませんよ、前回の反省って無いんですか」
    「ないよー」
     はああとため息をつきながら、七海は五条の髪をくしゃくしゃとかき回すように撫でた。
    「僕だって七海がまた奈良漬け入れてるだなんて思わないよ。今度はひょっとして新製品のアルコール度数ゼロの奈良漬けかと思ったんだもん」
     ぷう、と膨れた頬が彼の輪郭を変えてしまう。
    「そんなものは存在しません。貰いものですが、けれど入れておいて良かった」
    「ええー?」
    「わざとですよ」
    「……へえ?」
     五条の腰を抱きあげて窓際から下ろした七海はぴしゃりとガラス戸を閉めた。不思議そうで、そして怪訝な五条の声。あまり人を信用しすぎないで貰いたい。
    「眠いでしょう、五条さん」
    「……う。でも元々眠かったもん」
    「さすがに引っくり返るほど食べはしないと思いましたし、眠いのなら好都合です。以前、酔ったアナタが可愛かった気がしますしね。このまま寝なさい」
    「可愛かったんだよ、気のせいにするな」
     む、と睨む顔が可愛らしいが、これは多少拗ねている。七海は床へ腰を下ろしている五条を苦も無く抱き上げながらエアコンのリモコンを手に取ると、冷房のボタンを押した。
    「なー、七海ぃ」
    「なんです?」
    「もう少し疲れたら気持ちよく眠れそうな気がするんだけど」
     に、と笑う顔に七海は頷いた。
    「じゃあ、そうしましょうか」
    「え、って、おい」
    「そういう意味では?」
    「そ、そういう意味だけど! 掃除は?」
    「アナタを寝かせてから静かにやりますよ」
     ベッドへ下ろした五条へ七海が笑うと、少々のふくれっ面が迎えてくれる。
    「まだ他にリクエストはありますか?」
    「ベッドまで運んでくれるのはちょっぴりときめくけどさ、僕は米俵じゃないんだけど?」
    「じゃあ次は脇に抱えましょうか」
    「丸太でもねえんだよ」
     首へ回る腕に促されながら、七海はベッドへ膝を乗せた。
    「ところでオマエにしつこく奈良漬け寄越す奴って誰だよ?」
    「さて、誰だと思います?」
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