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    greentea

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    greentea

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    お見かけしたのをお借りしたマヴェルスです。一応幼児……ということで。

    僕の奇跡 奇跡はそう何度も起こるものじゃない。だからこれは単なる偶然か、いもしない神様のいたずらか。もしくは僕に対する呪いか祝福か。もしかしたらそのどれもかもしれない。ただ、目の間にあるのが真実だ。まずはそれを受け入れなくてはいけない。僕は手を伸ばして、僕にとっては今や世界に唯一存在する大切な存在に手を伸ばした。


     僕は幸運なことにその日は謹慎という名の休みで、ハンガーで車の整備をしていた。ブラッドリーはバイクも乗るだろうが、愛車のブロンコに良く乗ってるようだからそのうち僕の車も乗りたいと言うかもしれない。というより、僕が彼とドライブに行きたいのだ。バイクに乗るのも気持ちが良いが、車の方が話もしやすいし顔もよく見ることが出来る。
     より一層の手間と愛情をかけて整備している時に、けたたましい音と共にセルフォンが震えて着信を知らせた。チャットではないことに何か胸騒ぎを覚えてタオルで手を拭き、表示されている文字も確認せずに出た。
     そして僕は耳に聞こえてきた言葉に驚きと恐怖と、不安とを抱えながら急いでバイクにまたがりハンガーを後にすることになる。
     そして今、嵐の様に吹き荒れた感情の元となる存在は僕の腕の中で眠っている。それはグースが、僕の僚機がまだ生きていた頃のブラッドリーだった。マッハ10を超えると奇跡が起こる。そんな噂が基地から基地へと出回っているのは知っていたが、そんなことが起こることは無いと僕は経験している。そんなことで奇跡は起こらない。
     だがマッハ10を超えることなく、僕の大事なブラッドリーに奇跡は起きた。『奇跡』とは周囲の、この事件を知っている者たちの言っていた言葉だけど。事情を説明されている僕の胸に湧きあがったのは、第一に後悔。グースを喪った時の感情が、幼いブラッドリーを見て舞い戻ってきた。そしてその感情をかき消すように、大事な子が生きていることの安堵と、幼いブラッドリーを抱えている他人への嫉妬と幼子への独占欲。最後に大人のブラッドリーが戻ってくるのだろうかという不安だった。
     知らない人間が彼の面倒を見るよりはと僕が呼び出され、そしてこの腕によく覚えのある懐かしい体温を抱えている。そしてふと気が付いたが、僕の家に連れ帰るには足がない。バイクで長い道のりを連れて帰るのは子どもには酷だと話すと、今回は特別だと墜落した僕を迎えにきたのと同型のヘリで送ってもらえることになった。
     風で砂が巻き上げられて、僕は腕の中の子を守るようにしてヘリを降りた。ハンガーの入り口まで離れてヘリを見送ると、幼いブラッドリーが僕の名前を呼んだ。
    「まぁゔ?」
    「あぁ、ブラッドリーごめんよ、よそ見をしていた。僕の家に着いたから安心して」
    「あいむ、ほーむ!」
     きゃらきゃらと笑う太陽のような子の笑顔に、つられて僕も口の端が持ちあがる。他人の腕から僕の腕の中へと抱えた時には眠っていたブラッドリーがヘリに乗っている最中に目を覚ますと、年を取っている僕でもきちんと僕として受け入れて、『まーゔ!』と抱き着いてくれた時にあらゆることが許された気がした。それほどの幸福感が僕を満たしたのだ。
     ヘリの中でもずっとブラッドリーは大人しくて、彼の記憶はグースが生きていた頃に戻っているのか、それとも大人の彼のままでうまく発話出来ていないのか。確かめるのが怖くて、僕はブラッドリーが笑顔でいてくれるのに甘えてここまで何も質問せずにきてしまった。
     ハンガーに射し込む光は既に薄暗く、砂漠にはオレンジと薄暗いパープルの光が空を彩っていた。
    「まーゔ、おなか、ぐうぐう」
    「あぁ、お腹が空いたか。シリアルとドライフルーツしかないけど、すぐに用意するよ」
     ハンガー内のソファに座らせようと思ったが、どこかに行ってしまわないか目を離すのも心配で、エアストリームの中のベッドに座らせてミルクでふやかしたシリアルと、ドライバナナチップスを幾つか。あとは大人のブラッドリーが置いていったチョコレートをトレーに乗せて用意した。
    「おまたせ、ブラッドリー」
    「おかえりなさい!まーゔ」
     ベッドでぱたぱたとするブラッドリーの足は当然の様に小さくて、柔らかく、足の指は赤ん坊の様にも見えた。基地にも僕のハンガーにも子供用の服なんてないから、今のブラッドリーは大人の彼のシャツを巻き付けている状態で、まるでハロウィンのお化けの仮装をしているようなその姿はとても可愛らしく見えた。
     スプーンを握って一生懸命にシリアルを食べ、おやつのバナナをリスの様に齧って食事をすませた子どもは、お腹がいっぱいになって眠くなったのかおやつの欠片を握ったままゆらりゆらりと揺れ始めた。
    「ブラッドリー、もう寝るかい?」
     歯みがきをさせた方がいいだろうけど、子供用のブラシは無いし眠そうにしている子の口に何かを入れることの方が怖い事に思えて、明日どうにかすればいいだろうと眠気で体温の上がった子の背に手を添えてベッドへと寝かせた。
    「ん~……、やぁ……なの」
     ぐずる様子のブラッドリーに、昔キャロルが時々手を焼いていたのを思い出した。手のかからない子だったけれど、それでも幼子らしい仕草もあったなと懐かしくて小さく笑い声が漏れた。
    「ブラッドリー、」
    「まぁゔ、どっかいくの、や」
     あやそうと言葉をかける前に小さな口からこぼれたそれは寂しいのだと言われているのに、まるでずっと言葉にしていなかったブラッドリーの心の声のようだと感じた。氷のナイフを差し込まれたような感覚に目が熱くなる。震える声をごまかしながら
    「僕はずっとブラッドリーの傍にいるよ。約束する。こうやって抱きしめられない時も、心はずっと君の傍にいる」
    「じゃあ、ぎゅぅって。ずっとね」
    「わかった。約束する」
     小さな体を抱き締めて僕も一緒にベッドに潜り込むと、ブラッドリーが満足したかのようにふんすと体で息をすると、体から力が抜けていくのが分かる。リンゴ色をしたまろい頬を時折ふくりと動かしながらすやすやと眠る子が愛おしい。子ども特有の温かな体温を感じながら、僕もそっと目を閉じた。

    夢の中にはキャロルとグースが幸せそうに笑っていて、グースの腕の中にはブラッドリーがいた。僕はそれを離れたところから眺めていて、それに三人が気付く。僕に手を振って呼んでくれているのに、夢の中の僕は足が動かなくてそれがどうしようもなく悲しかった。そのうち三人は霧の向こうに消えてしまって僕は独りぼっちになってしまう。
    でもそれが当然のように思えて、僕の傍には最後には誰も残らない。みんな僕を置いていなくなる。そんな風に思った瞬間に誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返るとそこにいたのは
    「……ブラッドリー?」
     自分の呟きで目が覚めた。何度か瞬きをして霞む視界をクリアにしようとする。パリパリとする目を擦ろうと手を動かそうとしたが、何かに掴まれている様でふとそこに視線をやろうとして視界に入ってきたのは精悍な、それでいて色づいた頬が愛らしいブラッドリーだった。昨日の事は夢だったのか。そう思ってしまう程には、幼いブラッドリーはさっき見た夢の様に遠くて。でも大人の君は僕の手を握ってくれている。
     夢の中の彼らは遠くに行ってしまったけれど、でも僕にはちゃんとブラッドリーがいる。大事な時に傍にいなかった僕のもとにそれでも来てくれた、今でもこれからもずっとずっと大事なブラッドリーが。
    マッハ10の奇跡なんて起こらない。それは僕が一番よく知っている。でも、それが無くても、僕にはずっと奇跡が傍にあった。ふさふさとした睫毛が震えて、隠された瞳が僕を写す。ブラッドリーの瞳に見えるその顔は情けない程にくしゃくしゃで、それを隠すように僕よりも大きく成長した体を抱き締めた。
    「あれ? マーヴ? なんでここにいるの。いや、というかなんでシャツしか着てないの?下半身すかすかするんだけどなんで?」
     不思議そうに僕の名前を呼ぶブラッドリーをぎゅうぎゅうに抱きしめる。僕の奇跡。僕のブラッドリーを、約束通りに抱きしめた。
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