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    さみぱん

    はじめての二次創作

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    さみぱん

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    笹塚さんの誕生日のお話(のはず)
    9章クリスマス後からまだ続いてたやり取りが思わぬ方向に転がって…

    初出:2022.4.30
    笹さん誕生日おめでとう!

    ##笹塚創
    ##笹唯
    #スタオケ

    よろこぶ顔が見たくて 部屋の前で立ち止まった朝日奈がふうっとひとつ息を吐いた。何度来てもドアをノックする時が一番緊張する。部屋に居るだろうか。起きているだろうか。作業の邪魔ではないだろうか。返事はあるだろうか。
     カギは、今日も開いているだろうか……。
    「何やってんの」
     前触れなくガチャと開いたドアの向こうから部屋の主が顔を出した。ドアを叩くための小さな拳は、中途半端な位置でその役割を終えてしまった。
     まだノックもしていないのに何故わかったのだろう。
    「足音ですぐわかる。入れば」
     ビックリした顔の朝日奈と目が合ったまま、数秒見下ろしていた笹塚にはお見通しらしい。
    「……おじゃまします」
     ドアを押えたままの笹塚の横をすり抜けて部屋に入ると、同時にカチャリと鍵の落ちる音が背後から聞こえた。


     入ってしまえば何のことはない、何度も足を踏み入れたことのある勝手知ったる場所だ。朝日奈は折り畳みの椅子を引っぱり出して、デスク前の笹塚の隣にちょこんと腰を下ろした。
    「ねえ、さっきの……すぐわかるって、なんでですか?」
    「そのままの意味だけど。人によって全然違うだろ、歩き方の癖なんかで」
    「それはまあ確かにそうなんですけど。でも笹塚さん、集中してたら周りの音聞こえなくなるじゃないですか。なのに、いつもすぐ開けてくれるから。不思議だなあって」
     笹塚からは、部屋に来るとき別に連絡してこなくていいから、と言われている。開いていれば勝手に入っていい、とも。これまでこの部屋を訪れた際、鍵が掛かっていて入れなかったのは一度きり。笹塚たちが札幌に戻っているのを失念していた時だけだ。
     だから今日も何も言わずに来たのに。
    「待ってたから。あんたが来るの」
     などと笹塚が言うので、不覚にも一瞬ドキッとしてしまう。いつ来るか分からない相手に、待ってた、なんてふつうは言わないものだ。揶揄われているのだとは思いながらも、朝日奈はほんのり朱の差した頬を隠すように、慌てて手元をごそごそと探る。
    「やだなあ。笹塚さんが待ってたのは私じゃなくて、コレでしょう?」


     持参したコーヒーショップの紙袋から朝日奈が取り出したのは、ガラス容器に入ったプリンだ。買ってきたものではなく朝日奈手作りのそれをふたつ。デスクの上に置くと表面がふるりと揺れる。
    「へえ、今日はプリンか。美味そうだな」
    「なかなかの自信作ですよ! すぐ食べます?」
    「ん、食べたい。食わして」
     笹塚が、あ、と口を開けて待っている。どうやらスプーンで掬って食べさせろとの要求らしい。以前差し入れを持ってきた時に、作業中で手が離せないけど食べたい、と言われて仕方なく応じたら、だんだんそれが当たり前のようになってしまい、現在に至る。
    「しょうがないですね。ひと口だけですよ」
     口ぶりだけは渋々といった様子だが、朝日奈も慣れたものだ。こうなることを見越して、はじめからスプーンを渡そうともしていない。
     ひと口掬って笹塚の口元へ運ぶと、なめらかな黄金色がとぅるんと吸い込まれた。
    「うん……美味いな。次、カラメルのとこ」
    「もう。ひと口だけって言ったのに」
     朝日奈は文句を言いながらも、律儀に底の方からカラメルソースの絡んだ部分を掬い取り、また笹塚の口へと運ぶ。そうやって何度か往復するうちに笹塚の頬が緩んでくる。目を細めて味わっている姿が幼子みたいで、ついつい母性本能をくすぐられてしまう。加えて、だんだん笹塚との距離が近くなって嬉しいのも、手を止められない理由のひとつだ。
     結局は全部食べさせることになり、もうひとつも半分以上は笹塚に食べられてしまうのだった。
     
     
    「じゃ、これ」
     笹塚がデスクの引き出しから取り出したのは、季節外れのアドベントカレンダー。昨年のクリスマス以来、朝日奈の求めに応じて作り続けているものだ。
     カレンダーの日数分を全部開けてしまうと朝日奈がおやつを持って現れ、一緒に食べたあとにまた次のを渡す。いつの間にかそれが最近の楽しみのひとつになっていた。
    「わあ、ありがとうございます! ふふっ、サーカスのテントみたい」
     今回もいい反応だ。朝日奈を喜ばせたいというよりは、受け取った時のこの反応が見たくて作っている所が大きい。どんな顔をするだろう。デザインの感想はどうか。施した仕掛けには気づくだろうか。部屋のどこに置くのだろう。中には何を入れるのだろう。どこから開け始めるのだろう。
     どんな風に楽しんでいるのか、できれば一部始終を見ていたいくらいだ。
    「……あれ?」
     ひとしきり眺めていた朝日奈が首をかしげている。目の高さまで持ち上げて底を覗いたり、くるりとひっくり返したり。そろそろ仕掛けに気づいたのだろうか。
    「ねえ、笹塚さん。開け方がわかんないです。どこから中身入れるの?」
     引き出しタイプのカレンダーが何個か続いたので、今回は組み立て方をガラッと変えてみたら、案の定興味を引いたらしい。
    「菓子ならもう入れてある。開け方は自分で考えて」
    「えっ、あ、ホントだ。何か入ってる音がする。でもどうなってるのコレ……」
     何とか手掛かりを見つけようと、角を指でなぞったり引っ掻いたりしては、百面相をしている朝日奈の様子が面白くて、笹塚の口角は上がりっぱなしだ。
     見た目はシンプルだが、設計に凝った甲斐あって、そう簡単には開けられないようにしてある。しかも順番通りでないと次も開かないので、ギブアップした朝日奈がまた部屋に来るだろう。いつもより長く楽しめそうだ。
    「来週からしばらく札幌だから。その間に、俺のこと考えながらゆっくり開ければいい」
    「えーっ、ちょっとだけヒント下さいよお」
    「こっち戻ったら教えてやるよ」


     結局、笹塚が札幌から戻ってくるまでに、朝日奈は仕掛けを解明することができなかった。
     テントの軒先部分に飛び出しているフリルのようなパーツが一箇所だけ動くのに気づき、押したり引いたりしてみたものの、それ以上はうんともすんとも言わない。
     毎日眺めては、笹塚の帰る日を指折り数えて過ごしたのだった。
     

        ***


     また笹塚の部屋の前で佇んでいる朝日奈の姿があった。今日は勝手にドアが開くことはなく、しかもノックしても返事がなかった。笹塚は作業中なのかもしれない。ヘッドフォンで集中していて気づいていないのかも。でも、部屋に居るなら鍵は開いているはずだ。
     そろりとドアノブを回してみると、思った通り鍵はかかっておらず軽くドアが開いた。
    「笹塚さん、入りますよ?」
     一応声をかけて部屋に入ってみたが、どこにも部屋の主が見当たらない。明かりは点いていてパソコンも起動中の様なので、少し席を外しただけなのだろう。
     横浜へ戻って早々押しかけるのもどうかと思ったが、約束していたヒントを教えてもらって、早くカレンダーを開けたくてたまらない。
     というのは名目で、ただ笹塚の顔が見たいだけ。それが朝日奈の本音だった。


     無人の部屋の中を見渡すと、今朝帰ったばかりとは思えない散らかりようだ。
     デスクの上と床には様々な紙が散乱しているが、どうやら譜面の類は含まれていないらしい。コピー用紙、トレーシングペーパー、厚紙、色紙、手梳きの和紙、カラフルな包装紙。それに、ツヤっとしたシート状の何か。
     全開になっている工具箱の中には、道具類もたくさん入っているのが見えるが、刃物が多いようだ。よく見る黄色と黒のカッターはもちろん、ペン状の精密カッター、厚みを斜めにできる特殊なカッター、先が歯車みたいになったミシン目カッター、コンパスに見えるカッターまである。
     他には、スプレーのり、テープのり、木工用ボンド、瞬間接着剤、両面テープ、マニキュアのトップコート、クリップ、洗濯バサミ、ラジオペンチ、千枚通し、まち針、つまようじ、ピンセット、定規など。散らかった部屋とは正反対に、細々したものが整然と納められている。
     加えてデスク横の壁には、何やら落書きのような紙がマスキングテープで貼り付けられていた。ラフに描かれた円が放射状に区切られていて、マス毎にアルファベットの文字が記入されている。
     これらの材料と工具が出ていることを鑑みると、もしかして、これは次のアドベントカレンダーの設計図なのだろうか。


    「あんたも作ってみる?」
    「ふぇあっ⁉」
     突然、首筋に何かが触れてびっくりした朝日奈が、奇声をあげながら飛び上がった。背後にいた笹塚にぶつかり、そのまま抱きとめられる形になる。ただ部屋の主が戻ってきて、声をかけられただけなのに。
    「……っは、なんだいまの声。録っときゃ良かったな」
     笹塚は笑いが堪えきれないらしく、まだ肩を揺らしている。久しぶりに見る笹塚の顔が爆笑中というのはなかなか珍しい。
    「笹塚さん、おかえりなさい。あのっ」
    「ん、ただいま。ああアレ、開いたか?」
    「……全然ダメです。一箇所だけ動くとこ見つけたんですけど、そのあとがわかんなくて。笹塚さん帰ってくるのすごくすごく待ってたんですよ」
     先日、ふたりで箱根に出かけた際に見た、寄木細工のからくり箱を参考にしてみたのだが、凝りすぎてしまったらしい。難しい仕掛けにしておけば、開けるのに時間がかかって、その間はずっと笹塚のことを考えるだろう、という考えが浅はかだったのだ。
     帰りを待ちわびてくれたのは嬉しいが、こんな眉を下げた朝日奈の顔が見たかった訳ではない。せっかく作っても、朝日奈が楽しめないのでは意味がないのだから。


    「ちょっと見せて」
     笹塚は頭の中で設計図を確認しながら、組み立て工程を逆回転で再生する。最初の手掛かりは朝日奈が気付いたところで合っている。端をつまんで長さの限界までパーツを一旦引っ張り出し、半分ほど戻す。次に逆側の角を押すと、微かにカチッと音が鳴った。もう一度最初のパーツを引っ張ると、箱の一部がぱかっと開いた。
    「わぁっ! えっ、えっ、どうなってるんですかっ⁈ 手品⁉」
    「手、だして」
     朝日奈の手の上に箱を傾けると、小さいタマゴが転がり出てきた。ピンク色の花柄の中身は甘いチョコ。
    「イースターエッグだ! かわいい~」
    「どうする、次も開けるか?」
    「うーん、どこ触ればいいか教えてください。自分で開けたいです!」
     朝日奈の瞳がキラキラしてきた。最初からこうするのが正解だったようだ。押したり引いたりする箇所をひとつひとつ指示し、時には手も出しながら、順番に箱を解体していく。
     今回モチーフにしたのがイースターということで、箱が開くたびに内側の柄が可愛らしい花畑に変わっていく。それが楽しくて、だんだん朝日奈のテンションも上がっていった。チョコのタマゴが三個、花の形のキャンディが二個出て、最後に一番大きい真ん中の箱を残すのみとなった。
    「最後はトリック無いから。明日開ければいい」
    「そっか、明日が当日なんですね。楽しみ」
     笹塚としては、別にイースター当日を最終日にしたつもりはなかったが、タイミング的にはちょうど良かった。設計上、先に中身を入れる必要があり、たまたま目についたのがイースター用のお菓子で、それに合わせてデザインしたまで。
    「もう全然分かんなくてどうしようかと思いましたけど、笹塚さんと一緒に開けるのめちゃくちゃ楽しかった! 中の柄も可愛いし。なんでこんなの作れるんですか」
    「あんたも作ってみたらわかるかもな」
     いろいろ手法はあるけど、簡単なやつなら骨組みさえしっかりしてれば何とでもなる。挟んで穴開けるだけならすぐできる。そう言いながら、笹塚は切り出した厚紙の短冊でひょいひょいと四角い筒を作ってみせる。同じように作ってみるよう促され、朝日奈も見よう見まねで組み立てを始めることになった。


     何故か突然始まった工作教室に戸惑いながらも、笹塚と一緒に作業できるのが嬉しくて、次第に朝日奈も夢中になってくる。骨組みになる筒をいくつか作り、好きな形に切り抜いた厚紙で両側から挟み込んで仮止めを施す。筒の内側になるところへ印をつけたら準備完了だ。
    「ミシン目入れてめくるのと、引き出しと、どっちにする?」
    「引き出しがいいです!」
     元気よく答えたのはいいが、朝日奈には引き出し用の内箱をつくるスキルがない。笹塚に助けを求めると、重いものを入れるのでなければ、折り紙の要領で箱を折るので十分だと言う。
    「鶴くらいしか折ったことないですよ……?」
    「それより簡単。折り方教えるから、サイズ測って紙用意して」
    「えっ、この色紙で折るんじゃないんですか?」
     朝日奈が作った筒と、デスクの上にあった色紙を見比べると、笹塚は首を傾げた。
    「ちょっと小さすぎないか? ぴったりの箱じゃなきゃ嵌合良くならないだろ」
    「ふえ? かんごう……⁇」
    「はめあい公差……って言ってもわからないか。例えばこういうの」
     出てきたのは、およそこの部屋には似つかわしくない茶筒だ。外れるギリギリまで蓋を持ち上げてパッと離すと、すすすと一定の速度で落ちてぴったり閉じる。
    「これが嵌合がいい、ってこと」
     ここまでの精度は必要ないにしても、ぴったりハマると気持ちいい。それに遊びが大きいと壊れやすくなるから嵌合の良しあしは重要だ。紙のサイズなんて計算ですぐ出せるというのに、朝日奈がそんなのわかりませんよおと情けない声を上げる。笹塚はなるべく平易な言葉を使うよう気をつけながら丁寧に説明する。
    「内箱の大きさが決まったら、その四倍の長さの対角線を持つ正方形を切り出せばいい」
    「ちょ、ちょっと待ってください。対角線の長さが先に決まっちゃうんですか?!」
    「小学校で習わなかった? 中学か?」
    「え……と…?」
     これはわかっていない顔だ。計算方法を教えるより、手っ取り早く紙を切り出す工程を見せる方が朝日奈には合っているらしい。手ごろな紙の角をぴったり合わせて三角に折り上げ、折り山部分を測って欲しい長さに印をつける。そこから辺に直角になるように切れば出来上がりだ。
    「すごい、天才ですか……」
     同様に引き出し五個分の紙を作り、箱を折っていく。同じ折り方が続くので、朝日奈もすぐマスターしてあっという間に必要数が出来上がった。


     笹塚は思案に暮れていた。朝日奈がカレンダーを取りに来ない。
     あのあと数日間、毎日やって来ては工作教室の続きを強請られた。多少雑な作りとはいえ立派なアドベントカレンダーが出来上がったら、ぱったり来なくなってしまった。
     もう自分でも作れたので、笹塚のは必要なくなってしまったということだろうか。それならそれで別に構わないが、朝日奈が部屋に来なくなるのは、つまらない。
     手持ち無沙汰になって丸いカレンダーをくるくる回していると、足音が聞こえた。続けて控えめなノックの音と笹塚を呼ぶ声。
    「開いてる」
     何がそんなに楽しいのか、ニコニコと満面の笑みを浮かべた朝日奈が入ってくる。待ちきれずに持っていたカレンダーを押し付けるように渡した。
    「これ、やるよ」
    「あっ! これ壁に貼ってたやつですよね。カラフルできれい……すてき」
     うっとりした顔で胸の前で抱えている。要らないと言われなくてよかった、と笹塚が胸をなでおろしていると、私も渡したいものがあるんです、と改まった声で告げられた。
    「お誕生日プレゼントです。……不格好ですけど、初めて作ったから笹塚さんに貰ってもらいたくて」
     そう言って差し出してきたのは、つい先日まで一緒に作っていたカレンダー。多少不格好ではあるが、満天の星空の写真で綺麗に化粧され、見違えるほどだ。
    「どうも。誕生日ならまだ先だけど?」
    「だからね。五日前から楽しんでもらいたくて今日持ってきたの。ここ、これが最後の日ですからね、先に開けちゃだめですよ!」
     それからフィナンシェ焼いたのであとで食べてください。と言い残すと、朝日奈はあっという間に帰ってしまった。気のせいか顔が赤かった。
     開けるなと言われると開けたくなるのが人の性分というもので。真ん中の引き出しをそっと開くと、QRコードのプリントされた紙が一枚入っているだけだった。


     四月三〇日。日付が変わると同時にQRコードを読み取る。昨日まではなかったリンクに繋がり、スマホに映像が映し出された。どうやらライブカメラらしい。
     そこに映っていたのは──。


     窓際にもたれて寝こける朝日奈の姿。
     暗くてよくわからないが、見たところ塔の練習室のようだ。笹塚の誕生日に合わせて、日付が変わると同時に何かしようと思って準備していたら寝てしまった、というところなのだろう。
     笹塚は画面を確認しつつ階段を上り、練習室の扉をそっと開いた。起こさぬように近づき、気持ちよさそうに眠っている朝日奈のおでこにキスを落とす。
    「ふへっ⁈ あ、さ、さづかさ、ん……っ」
     ぱっちり目の開いた朝日奈が状況を飲み込むより先に、その唇を塞いだ。誕生日なのだからこれくらいいいだろう。
     朝日奈と恋人らしいことをするのが久しぶり過ぎて、加減がわからなくなる。やんわり押し戻されて、笹塚は渋々体を離した。
    「ん……。もう。今日は私からしようと思ってたのに」
     暗がりでもわかるほど、朝日奈が頬を染めている。
    「お誕生日おめでとうございます。……創さん」
     初めて下の名前で呼ばれたことに気づいて、笹塚の体が一瞬固まった。その隙に朝日奈が啄むようなキスを贈る。軽く音を立てて離れては、また唇を重ねる。可愛らしい祝福が嬉しくももどかしくてぎゅっと抱きしめた。


    「あんたの音、聞かせてよ」
     朝日奈が弓を滑らせ奏で始めたのは、いつか笹塚が朝日奈のために書いたあの曲だ。
     笹塚への想いを乗せて響かせると、ただでさえ甘い調べがより濃密な音の粒になって、辺りを埋め尽くす気さえする。リクエストに応じて朝日奈が曲を奏でる度に、さっき交わした口づけのように甘く蕩けてしまう。


     今日一日朝日奈を独り占めしたいがそうもいかない。でもせめて今夜はそばにいて欲しい。朝まで帰すつもりはない。
    「部屋、行くか」
     その想いは言葉に乗せないまま、笹塚は朝日奈の手を取った。





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