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    fgskhry

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    bnalりゅさい

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    fgskhry

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    bnalりゅさい。以前書いたものに手直し加えました。

    夕景 一日の終わりが近づいている。今日予定されていた有魂書や有碍書への潜書は無事終わっている。自由行動で外出していた者達も夕食を図書館で摂る者は直に戻って来るだろう。残すは夕餉の時間だ。

     そこかしこ人が活動する音と気配を感じながら、芥川は金色に染まる廊下で掲示板を眺めていた。無意識に手にしていた煙草を口にする。そこには特務司書が組んだ明日の予定が既に張り出してあった。
    
「うわ、第一会派かよ。明日は医務室行きを免れないな」

    「寛」
    
いつの間にか、良く馴染んだ男がすぐ傍にいた。今も昔も頼れる友である菊池寛だった。彼が敬遠したい第一会派は最前線の有碍書を任せられることが多い。うんざりしたように彼は肩にのしかかってきた。

    「ところでアンタは何をそんなに見てたんだ」
    
芥川は菊池を誘導するように掲示板に視線を戻す。
    
「有魂書はこのところずっと変わらないなと思ってね」

    「ああ、明日も室生か。司書殿の狙いは明確だな」

    「朔くんを呼びたいんだね」
    
そう言った芥川に何を見とめたのか、菊池は微かに眉を寄せる。

    「『君だけは知つてくれる
    
  ほんとのわたしの愛と藝術を』
    
だったか。熱烈なことだ。余人の入り込む隙間なんてないぐらいに」

    「お前がどう思ったのか知らないけど、別に彼じゃなくてもと思っただけだよ。僕も特段に縁の深い仲間に連れてこられたわけじゃないから」

    芥川がゆったりと吐いた言葉に、菊池はハイハイと溜息のような相槌を打った。それでも何でもないような顔をして宣う自分を見逃す気になったらしい。
    
「少し早いが食堂に行くか」
    
「いや、僕はさっき司書さんに預かりものをしてね」

    携帯灰皿に煙草を押し付ける。なんでも今の時代のマナーだと持たされたのだ。
    「届けてくるよ、犀星に」
    そう言って芥川は袂を揺らして見せた。



     図書館の赤みがかった木製の重い扉を芥川は押し開けた。公には今日は閉館日だ。控えめな軋む音が響くほどに館内は無音だった。すぐ目に入る中央の大きな机には誰もいない。しんと冷えた空気を控えめな照明とまだなお差し込む夕日が照らしていた。
     それらを確認して、芥川は静寂が降りる空間に一歩足を踏み入れた。ここにいる確信があったので。
    
 なるべく靴音を鳴らさないように、けれども迷いのない足取りで、広々とした図書館の奥へ向かう。立ち並ぶ書架を通り過ぎ、右手に曲がった。
    
 書架から距離を置いたひらけた空間に、目的の人はいた。大きく取られたガラス窓の前に置かれた長机に向かっている。万年筆を握った手を止めて、外を眺める横顔に声を掛けた。

    「犀星、そろそろ夕餉の時間だよ」

    彼はゆっくりと、ぎこちなくこちらを向いた。
「……ん。芥川か」
    
残っていたあと数歩を近づいて机を覗き込む。手元の書き込みで埋められている原稿用紙の他に、横に筆を走らせた幾枚かが重ねられていた。
    
「詩を書いていたのかい」
    
「ああ」

    芥川に頷くと自分の書き上げた原稿に愛おしそうに手を翳した。

    「願掛けってわけじゃないけど、朔が来たら真っ先に見せたい。久しぶりにあいつと詩の話がしたいんだ」

    転生した姿そのままの少年のような熱を込めて彼は言う。芥川が手を伸ばすことに躊躇っていると、室生は顔を上げた。
    
「芥川にも会ったら言いたいことは沢山あったんだけどな」
    先程の思い詰めた表情とは違うものだった。責めるような言葉だが声は伸びやかだった。
    
「僕に? ……まあ、心当たりがないわけではないけれど」
    
「お前ときたら先に転生していて、こっちが転生したてのぼんやりしてるときに『やあ、久しぶり』なんていうからすっかりペースに乗せられた」

    室生は口を尖らせた。若々しい顔に妙に似合っている。
    
「あはは、寛と谷崎にさんざん怒られたよ。あれには参った」
    「だろうな」
    
芥川にとって苦い出来事を伝えると、その光景を想像して溜飲が下げたのか、室生は表情を緩めた。
    
「彼らが先に言ったんだったら、言えるのは、俺はそれなりに長く生きて良かったってことだ。君がいた頃の俺では書けなかったものをたくさん書いたよ」
    
室生は自分の手に視線を落とした。燻らせたような、遠くを眺める目だった。透かして、その先を見ているような。

    「読んでいるよ、君のだけではなく皆のも。こうも忙しいと、なかなか一度にとはいかないけれど」

    この図書館から持ち出して自室の机に積んだ大量の書籍と、それが書かれただけの年月を思う。そしてそれらを読み切っても、今現在ここで執筆中の作品がまたぞろ上がってくるだろう。
     なので、つい口を衝いて出てしまった。
    
「犀星は小説の新作は書かないのかい」
    
彼の手元のその詩を最初に目を通す人は決まっていて、二番目は彼らが師と呼ぶあの人だろう。だからたぶん、三番目なら上等なのだ。音にした言葉は既に目に前の男に届いてしまった。潔く腹をくくるべきだった。
    
「そうしたら、一番に見せてもらえるかな」
    
 これぐらい、望んでもいいだろう。

     返事には少し間が空いた。芥川の緊張がそう感じさせたのかもしれない。
     二、三瞬きすると、室生は平然と言った。

    「いや、それは無理だ」
    
館内の気温が急に下がった気がして、きゅっと息が詰まる。

     ああそうか、彼はもう選んでいるのだ、生活に脅かされることなく筆を執れるのだから。暗澹たる淵に落ちていく心地だった。
     表情を変えずにいるこちらの気持ちなど、当然ながら構いもせずに、室生の明るい声が鼓膜を揺らした。

    「一番はたっちゃんこに決めてるから」

    この間手紙をもらってさ、と少々照れくさそうにはにかむ。
    
「だからお前は二番目な」

     芥川を不意打ちにして、そうしてあんず色の目を細めて見せる。向けられた眼差しは夕日色を受けて一層あたたかい色だった。

    「それじゃあそろそろ、食堂行くか」

    室生はそう言うと席を立った。背を伸ばし、首をぐるぐる回し体をほぐす。長い時間同じ姿勢で凝り固まっていたのだろう。そんな彼を眺めながら芥川は言われたことを吞み込んだ。そしてやっと、本来の目的を果たそうと思い至った。
    
「君に預かりものがあるんだった」
    
揃えた原稿を片手に訝し気な顔の室生に、袂から金の流水に桜が浮かぶ意匠の赤い紐が結わえられた栞を差し出す。

    「司書さんからだよ。潜書頑張れって」
    
「これは気を遣わせたかな……」
    
呼びにくい者探しやすくする、有魂書潜書用の道具だった。少々値が張るらしい。
    
「そうでもないさ、朔くんを呼ぶのは彼の望みでもあるからね」
    
「ああ、後で礼を言っとく」
    
大事なものを触れる手つきで、嬉しそうに彼はそれを受けとった。
    
「……僕も幸運を祈るよ」

    手の内のものをしげしげと見ていた室生が、芥川の真剣な声に視線上げた。目が合うと、あんず色に自分の姿が浮かぶ。

     芥川は一等優し気な微笑みを浮かべた。たいそう怒るであろう、これからの彼を予想しながら。
    
「朔くんの為に椅子を振り回す君を、今度こそこの目で見たいんだ」
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