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    ちょこ

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    ちょこ

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    アイドラ小説
    ピアノを弾く時雨と聴く燕くんの話

    この広い学院の中にも滅多に使われていない教室はある、時雨のいる音楽室もまた、その教室のひとつだ。ここを通るものなどましてやこの音楽室を使うのも時雨ぐらいだろう。わざわざこんな遠くにある音楽室を使うような生徒もいない、特殊な学院からか音楽室やレッスン室などいくつもあるからだ。時雨はたまにこの音楽室にくる、ここに置いてあるグランドピアノで弾くために。時雨は上着を脱いで椅子にかけると、ピアノの椅子に座る。そっと鍵盤を撫でたあと押す、ポロン、と心地のよい音が耳に入る。この音が好きなのだ、ピアノの音は聴いていて安心する。
    今日もまた、あの曲を弾こうと鍵盤を滑らせるように弾く。この曲に名前はない、時雨が気まぐれで考えて弾いているいわばオリジナルの曲だ。けれど、この曲が好きかと言われるとそうでもない。好きでも嫌いでもない、腕が鈍らないように弾いているだけなのだから。
    茜色の優しい夕焼けの光がそっと窓から入り込み、教室を、ピアノを、そして時雨の色素の薄い髪を染めるのだ。真っ黒で光のない目にも優しい茜色が混じる。少し気分の良かった時雨はそっと歌い出す、歌うと言っても歌詞はないため言葉になっていない歌であったが、誰が聞いてもその歌声は心地よく、けれどどこか寂しさを感じ取れた。
    ──ちょうどその頃、白銀燕は廊下を歩いていた。教師から頼まれごとで少し遠くの教室に用があり、その用事も終わって戻っている最中であった。ふと、燕の耳になにやら歌のような声とピアノの音が入ってきた。そういえば近くに音楽室があったな、と思い出し、少し気になってそっとドアから覗く。
    するとそこには水無瀬時雨がいるではないか。燕は相手とは直接関わりを持ったことがないが、人から聞くには厳しい先生で、淡々とした相手だ、と。笑うところなんて見たことがない、という生徒や、褒める時に少し笑う、など色んな声を聞いたことがある。
    そんな相手が、ピアノを弾いて綺麗な声で歌っていた。夕焼けの光が相手を包み込んでいる、まるで幻想的で目が離せない。けれど、聴こえるピアノも、声も、どこかもの寂しげで、けれど暖かく耳に心地よく入っては自分の体に残る、そんな音であり、声でもあった。
    音が止み演奏が終わったタイミングでノック音をして入る。入ってきた燕にどこか驚いてしまう時雨、まさか生徒が来るとは思わなかったのだろう。そんな時雨に燕は目を合わせて言う。
    「もっと聴かせてもらえませんか、水無瀬先生。……ご迷惑であれば、自分は退席します」
    「………何が聴きたいんだ。クラシックか……?……いや、せっかくだ。白銀のユニットの曲でも弾こう。アレンジを加えてしまうがそれでもいいなら」
    「自分達の曲を?……覚えていただきありがとうございます。是非に、聞かせていただきたく」
    まさかユニットの曲を覚えているとは思わなかったのか、燕は柔らかく微笑む。時雨もまた、燕はそんな風に笑うのか、と少しだけ拍子抜けをしてしまう。脳内に思い出すのは眼鏡をかけたあの先輩だ。
    「……白銀、その表情を榊先生に見せたら褒めると思うが。……迷惑なんて思っていない。ここをよく見つけたな、と少し驚いただけだ。……1番だけ、な。なんせぶっつけ本番で弾くものだから」
    燕ははい、と返事をして近くの椅子に座る。時雨は何度か軽く弾く、燕のユニットの曲は殆ど和風ロックと知っているため、ピアノアレンジは正直難しい、ましてやほぼぶっつけ本番だ。けれど生徒が喜ぶなら、と固まったからか弾き始める。
    馴染み深いリズムにそっと目を閉じる燕、先程の曲とは違い、力強い音が聞こえる、ピアノからこのような力強い音が出るのか、と感心しつつ。それほどまでに時雨のピアノの腕前が凄いのだろう。あっという間の時間だった、1番を弾き終わった時雨はゆっくりと立ち上がり、椅子にかけた上着を着る。燕は拍手をして口を開いた。
    「ありがとうございました、わがままを聞いてもらいすみませんでした」
    「いやいい、わがままだとは思わなかった。もう帰りなさい」
    「……あの、また聴かせて頂いても構いませんか」
    「……」
    音楽室を出ようとした時雨はピタリ、と動きを止めてそっと燕を見る。燕は黙って時雨をまっすぐ見ていた。時雨の真っ黒な目は何を考えているのかわからないが、時雨は燕から視線を外しつぶやくように言う。
    「……、先生がいたなら聞かせる。言っておくが、先生はしょっちゅういるわけじゃない。運が良ければ聴けれると思う」
    そう言って音楽室をそのまま去る時雨、スタスタと廊下を歩きながら考える。まさか聴かれていたとは思わなかったし、自分が生徒のユニットの曲を弾いたのもだ。立ち止まって目を閉じて少し考えた、また白銀はくるのだろうか。と、白銀の感想は自分にとっては眩しかった、あのような眩しさは自分には似合わない、など考えながらまた廊下を歩く。
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