物語のきっかけ あの一件から、創務省の鶉との交流が始まっていた。交流して知ったことだが、相手は高校生と若く、若いのに創務で働いてることに琥珀は思わず感心してしまった。若いと言うのに律儀にコートとハンカチをクリーニングに出して返してくれた彼、どこか子供らしくなく、そして態度を見て昔の自分を重ねてしまう。
鶉の事がどうしてもほっとけず、何か話のきっかけになればと自分が描いている作品、【Frey】を鶉に渡した。
「い、いいんですか」
「あぁ、読んでくれたら嬉しい。コートのお礼も兼ねてるし、ありがとう。大事なコートだったんだ」
鶉は少し戸惑った様子でいたが何とか受け取ってくれ、後日感想の書いた手紙まで渡してくれた。緊張した様子で琥珀に感想の入った手紙を渡した鶉。作家にとって読者からの感想は何物にも変えたがい嬉しさがある、琥珀はそれが嬉しくて鶉にお礼を言った。
「感想書いてくれるなんて……ありがとう。返事書くから書いたら渡していいか?」
「え、は、はい……!」
ほんの少しだけ鶉の表情が和らいだ気がして琥珀は微笑む、書いたら創務に持っていくと鶉に言ってその日は鶉と別れ、創務省を後にした。
家に帰ると部屋に入り、琥珀は鶉が渡してくれた手紙を読んでいた。年相応には見えない丁寧な字で書かれていた内容は、琥珀がこだわって書いたところなども含まれており、微笑みながら読む琥珀。
手紙を丁寧に机の引き出しにしまう、そして新しく買っておいた便箋を拡げてペンを走らせる。本当は読者に今までこういったことはあまりした事がなかったが、琥珀はペンを走らせ手紙を書いていく。
手紙を書きながらふと、琥珀はペンを止めた。ただこうして文通をするのはいいが、それでけでいいのだろうかと。琥珀はメモ紙を取り出して軽く何かを書いていく。
「……そうだな、手紙……配達人……なら……」
ブツブツと言っていた単語を紙に書き出していく、手紙、配達人、幸せ、笑顔。琥珀はバラバラの単語を見て少し考えた。これらで一つ物語が作れないかと、鶉が少しでも本当に笑ったり、幸せだと思える作品を見せれたら変わるのではないかと。
なんせ自分は作家だ、作家なら作品で相手の気持ちを少しでも変えることが、そのきっかけになるのなら、喜んで自分はその作品を作ろう。かつての自分がそうだったのだから。
琥珀は考えた、まだ話の全貌まではまだだったが、書きたい物語は思いついた。人に依頼された手紙を世界を渡りながら配達する配達人の物語だ、今こうして鶉と文通をしようとしている状況にも合っている。何枚にもなったメモ紙にタイトルを書き出す。
「タイトルは……そうだな……」
【Dear】、親愛なるという意味。よく手紙の初めに書かれる単語。Dear、親愛なる君へ。いいかもしれないと琥珀は思わず笑う、この作品が、彼と自分を繋ぐ架け橋になればいい。どうせ作品を書くのだ、作画もいつものあの人に頼もう、と見た目の案を書いていく。
この作品で、鶉に幸せということを教えたい。そう願いながら話を少しずつ考える琥珀。
「鶉、びっくりするだろうな」
まさか感想と共に作品を渡されるなど思いもしないだろう。琥珀は鶉の戸惑うであろう表情を思い出す、彼ならちゃんと読んでくれるはず。自分が今まで読者の一人のために作品を書くなどあまりない、それほど鶉の事が心配で、ほっとけないのだ。
そして琥珀も知らない、【Dear】の第一話を書いたあの日に、ニジゲンが顕現するなど。この時はまだ知らない。