激辛料理 昼時、眠くなるような事務作業がやっと終わり、凪は腕を伸ばして体を動かす。没討伐や取り締まりは別にいいのだが、検閲や事務作業はどうも苦手だ。自分より隣にいる同期である羽紅の方が向いている、と凪は欠伸をしつつ椅子から立ち上がり、八重に笑顔で話した。
「八重さんー、昼飯行きましょうよ、俺奢るんで。ほら羽紅も!」
「え、凪くんの奢りかぁ……」
「仕方ないですね」
やれやれ、といった様子で帽子を被る羽紅と対照的に、少し苦笑いをする八重。八重の反応が何故そうなのかは、凪が鼻歌交じりで行く店に原因があった。
その店は、創務省があるエリアから少し歩くが、店の外壁からして中華料理屋だった。凪は扉を開け店主に明るく声をかける。
「おじさーん、席空いてる?」
「おー、凪くん? 八重さんもどうも! 」
「やだー! 相変わらず羽紅くんカッコイイわねぇ!」
「おばちゃん! 俺もカッコイイから!」
少し小太りだが、明るく笑う男性店主と、隣で羽紅をみて若い女の子のように色めきたつ中年女性の店主の奥さんが迎えてくれた。凪はケラケラと笑いつつカウンター席に座る。奥さんの言葉にどうも、と返す羽紅と、まだ少し苦笑いをしている八重。
「おじさん! いつもの!」
「えっ僕は別のがいいな……」
「いつもの3つね!」
「き、聞いてない……」
「八重さん、もう諦めた方がいいかと」
八重が先程から苦笑いをする理由、それは少しして運ばれてきた料理に原因があった。三人の目の前にだされたのは、真っ赤を通り越していた麻婆豆腐、この店のメニューの中では有名な料理で、色からしてわかるのだが、激辛なのである。
食べてもいないというのに汗が吹き出しそうではあるが、嬉しそうにレンゲを手に取ろうとする凪と、涼しい顔で汗ひとつ流す様子もない羽紅。
ふと、凪はポケットからヘアクリップを取り出す。そして片目を隠している髪をあげた、いつも食事をする時はこのようなことをするが、凪の傷のことを知らない人前では絶対にしない。ここにいる人らには隠す必要がない、という事なのだろう。
そして凪はレンゲをとって麻婆豆腐を食べた。
「んー、相変わらず美味い! な、羽紅」
「まぁまぁですね」
「そう言っていつも完食なのにな」
少し汗を流しつつ麻婆豆腐を食べる凪、凪と羽紅は激辛に耐性があるため、話しながらたべていた。そして八重はと言うと、八重はあまり食が進んでいない様子だった。
「か、辛い……」
汗を流しながらゆっくりと麻婆豆腐を食べる八重。八重は激辛に耐性がなく、いつもこうやって大量に汗を流しながら食べるのだ。決して、このお店の麻婆豆腐が不味いとかではない。美味しいのだが、とにかく辛い。先程からお冷を飲むペースが早いのだ。
凪は八重の顔を見て笑う。
「あはは、八重さん相変わらず顔真っ赤」
「無理なさらず、残ったら凪の口に流し込んでも構いませんよ」
「い、いや……大丈夫……」
「おじさん! おかわり!」
「私も」
「嘘でしょ……」
部下がおかわりを頼んでいる横で、相変わらず少ししか減っていない麻婆豆腐を見て消えるような声を出した八重であった。