ずっと、何かが、欠けているような気がしていたんだ。
何をしても、何を得ても、満たされない心のその部分を、密かに毎日探していた。
「…ここか」
重たい装飾のドアノブを、ギ、と押した。
そこまで広くはない部屋の、壁面ぎっしりに、本が並べられている。
特有の芳しい空気。
その中に、その光景はあった。
大きな窓から差し込む光。
その前に片足を立てて背をもたれ、本に視線を落とす、その姿が。
深い色をした木目の本棚と重厚な表紙の本が静かに並ぶ、室内の重たい影に、対比して白さすら感じる窓辺の、その中にいる彼も、また白く感じるほどに色素が薄い。
アッシュの髪は、光の加減だろうか、銀にも紫にも見える。白い肌に、伏せる睫毛が長いのが、この距離でもわかった。
アレインは美しいと見惚れながらも、不思議な感覚を覚えていた。
同じものを、知っている気がした。
あの窓枠には装飾があって、一部に色ガラスが使われていた。本を守るための暗めの蒼い幕と、紋様の入ったタッセルがそこに垂れ、同じような陰影を作っていた。
白く滑らかな石を切り出した壁に、同じ材質の装飾が荘厳に並ぶ。重たい金属で縁取られた燭台もあった。
その前に、彼は居なかっただろうか。
そう、こんな風に。片足を立てて、背をもたれて。
白い頬に、睫毛の影が。
「…この部屋、使うのか」
かけられた声に、ハッと我に返った。
彼がこちらを見ていた。
ありもしない記憶に耽ってしまった。
入ってくるなり、黙り込む男はさぞ不躾だったろう。慌てて口を開く。
「あ…いや、すまない。探している本がここにあると聞いて…構わないでくれ」
彼は興味がなさそうに、ふいっと視線を逸らした。
「この図書館は初めてなんだ。とても広いんだな」
他に人が居ないからか、同年代のように見えた彼に、つい言葉を続けてしまった。
もう一度こちらを見た彼に、何故だか気持ちが上向いてしまう。反応してくれた。
「そうだな…広いから、こうして、あまり人の来ない部屋もある」
そう言って立ち上がると、「探し物が見つかるといいな。ごゆっくり」と、するりと横を抜けて、部屋を出て行ってしまった。
「あ…」
どうやら、読書の邪魔をしてしまったようだ。
去る背を、残念に感じ、引き留めたかったが、初対面の相手を引き留めたいだなんて、おかしな考えだ。
アレインは名残惜しさに、その足音が聞こえなくなるまで扉を見つめてから、目当ての本を探すため本棚に足を向けた。