■ ひとつとや年末年始、と言えど日本のカレンダーに合わせてくれるはずもない恐竜帝国との戦いの最中にある現在「実家に帰る」などという選択肢は無く。
「はぁ、母ちゃんの蕎麦とかおせちとか雑煮とか……」
「お袋さんのってのがポイントだな」
「俺ぁ親父以外と過ごす年末って自体が珍しいや」
そういえば盆にも似たような会話をして、竜馬は既に帰る先も無く、隼人もなかなか複雑そうだったと思い出し、武蔵はむぐと口を噤んだ。
大掃除も粗方終わり、新しい年を迎えるために早乙女家の女性陣は台所に詰め切りとなっている年の瀬、これといってやることも無くなった三人は共同部屋のベッドに寝転がって取り留めも無く話をしていた。
「寺まで行くのも一苦労だし除夜の鐘はテレビで見るとして……起きてていいもんかね? 早乙女博士に怒られやしねえかな」
ぴょんと起き上がって片膝立てて座った竜馬が楽しそうに「にしし」と笑う。遠足か修学旅行前のような雰囲気に隼人もベッドヘッドに起こした背中を預けて含み笑いを返した。
「ふっ、せっかくだから初日の出くらいは拝ませて貰ってから寝るかい?」
「腹がいっぱいになったら眠くなりそうだぜ」
二人のそんな会話を聞きながら武蔵がグッと寝転がったまま伸びをする。ゴッ、とその手が壁を殴る鈍い音がして慌てて飛び上がった。
「この年末に壁の修理は勘弁だぜ、ムサシさんよ」「お前は横に広いからそうなるんだぜ」「わかってらぁ、リョウはうるせえよ」
からかうような二人の声に不満げに武蔵はそう返して、どすりとベッドに胡座をかいて腕を組んだ。そうしてまた年末年始の過ごし方会議が竜馬の口から再開された。
「ならゲームでも探しとくか、双六とかトランプとか」
「そういや花札なんかはこの家じゃ見てねえか」
そう言って軽く首を傾げた隼人に、竜馬が片眉をあげる。
「花札なんかよく知らねえよ、なんで知ってんだよ」
「悪っぽい遊びに興じたい奴らは結構いたもんでよ。でも考えりゃ元気ちゃんやミチルさんが遊べねえだろうしな」
どうせなら皆で遊べる奴が良いだろうさ、と隼人が今度は軽く肩をすくめる。
「ミチルさん……はっ!? カルタ探そうぜカルタ! 年明けでもいいけどよ!」
「なんだお前いきなり?」
それまで黙って考えを巡らせていたらしい武蔵が途端明るい顔で良い事を思い付いたとばかりの声を出し、その勢いに竜馬は驚いた。
「……ははぁ、なるほど。同じ札を取り合い手と手が触れる、なんてシチュエーションでも期待してんだろうさ」
「!? ムサシ!」
「そんな怖い顔しなさんなって、へへっ」
隼人が下心を指摘すれば竜馬が眉を釣りあげた。武蔵の顔が如何にもやにさがり、あっという間にベッドから立ち上がって掴みかかる勢いでの応酬が始まる。
「怖い顔なんてしてねえぜ! 俺はただミチルさんにそんな……こう……なんだ、えーと」「そんな事言ってリョウだってよ」「ち、違うって言ってるじゃねえか!」「またまたぁ」「喧嘩はよしとくれよ、お前さん方。こっちは年の瀬くらい静かに過ごしたいんですがね」
黙ってそんな様子を聞き流しているように見えた隼人の言葉で、二人はぴたりと動きを止めた。にやにやとした顔をまだ抑えきれていない武蔵と、ちぇっと舌打ちしながら自分のベッドに戻る竜馬にまったく手のかかる兄弟かなにかのようだなどと思いながら隼人は口を開いた。
「しかしまあこの家じゃ五十音カルタより先に百人一首でも出てきそうだがな」
「……百人一首なんざ触ったことも無いぜ」
「……い、いや、元気ちゃんもいるんだ普通のカルタが普通にあるだろ!」
一瞬過ぎった不安をかき消すように「よし、そうと決まれば探しに行こう!」と武蔵が部屋を出ようとする。
「あ、おい、待てよ、武蔵! 今ミチルさん達は忙しいだろうぜ」
「なら元気ちゃんだ!」
「あ、おい! ったく……隼人、お前も行くか?」
「ああ、行くよ」
バタバタと腰を上げる二人を追いかけるようにして隼人も立ち上がった。竜馬と二人並んで廊下を歩きながらぼんやりと思い出してみたものを諳んじてみる。
由良のとを 渡る舟人 かぢをたへ 行くへも知らぬ 恋のみちかな
「……いや、違うな。似合わねえなぁ」
「なんだ、呪文か」
「百人一首だよ。結構恋のうたが多いんだぜ。お前らにゃ似合わなそうだがよ」
「ふぅん、ってそりゃどういう事だよ、隼人」
そのまんまだよ、柄じゃねえってよ。
ならお前もじゃねえかよ。
おい、お前らも早く来いよ!
わかってるよ!
双六にカルタ、羽子板に凧揚げ。
案外と沢山あった遊び道具で、その年末年始は皆と笑いながらあっという間に過ぎ去った。
――今年も帰る場所など無いと、前線に残った黒髪の男はふとそんな懐かしい記憶を蘇らせ、小さく笑った。
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今一たびの 逢ふこともがな
ああ、やはり似合わないな、と。