■ ねこの日 綺麗に晴れてレーダーに機影も見当たらないこんな日には子供たちも来て草原で遊ぶことも多い。
初夏の青い空に棚引く白い雲はいっそのどかで、今日は一日腕時計が鳴らなければいいと思う。毎度そう思っては何割かは鳴ってしまうのだから尚更に。
その辺に生えていた猫じゃらしを手に散々俺を追いかけ回した子は次の標的を行儀悪くも草っ原に寝転んでいるハヤトに定めたらしい。見ていればくすぐるような攻撃に多少困ったように笑いながらコロコロと身体を動かしているハヤトが本当に猫みたいで面白かった。
なかなか飽きてくれない子供に業を煮やしてか、ようやく起き上がったと思ったらその辺の草を一枚千切り取って唇にあてる。
ビーッ!っと突然鳴った高い音で驚いた子供に手品みたいに草一枚をヒラヒラさせればすぐに興味は移ったようだった。
自分も猫じゃらしを持ったままゆっくりと近くに寄ってみれば、やはり草一枚唇にあてるだけの草笛は難しいようでふーふーすーすーさせて不満そうな子供にハヤトが「こういうのもあるぜ」と親指を合わせたやり方を教えている。
ハヤトはいつもつらっとした顔で距離を置きたがる癖に女子供や懐に入れた人間の面倒見は良くて、気付けば慕われているなんて事が多い。自分とは違って随分器用な奴だと思う。繊細な性格の裏返しなのも今となってはわかっているが。
しばらく苦心した後にブーッ!!と大きな音が鳴ると子供はパッと顔を輝かせた。途端「みんなに見せてくる!」と駆け去ってしまう忙しなさに笑ってしまう。それを見送ってやっと解放されたと言わんばかりにまたハヤトはコロンと寝転がった。
賑やかそうな子供達の傍にはベンケイとミチルさんがいるだろう。自分も追いかけ回されて多少疲れを覚えていたのでハヤトの横に並んで座り、持ったままだった猫じゃらしを弄ぶ。
「黙って見てねえで助けてくれても良かったんじゃあないですかね、リョウさんよ」
「いやぁ、楽しそうだったからなあ」
「楽しかねえよ、くすぐったくてしょうが――あっ、コラ、やめろって」
寝転がったまま悪態を着くハヤトにちょっとした悪戯心が湧いて、猫じゃらしで頬をくすぐってやれば嫌そうに、しかし笑いながらしなやかに身を捩った。パタンコロンと転がる姿に楽しくなって追ってやればそれこそ猫がじゃれつくようにして草が払いのけられる。
「俺は猫じゃねえったら。お前は犬っぽいかもしれねえけどよ。見た目は可愛いのに中身はおっかねえやつ」
「ん?」
どうしていきなり犬が出てくるのかと首を傾げる。自分が犬っぽい、と言われたのはまあ置いておこう。あまり人に使うには良いイメージは無いが、ハヤトが言うのだからそうなんじゃないかとも思う。可愛いとは少々心外だが。
不思議そうな顔をしていたのか、ハヤトが俺の手にある猫じゃらしを指さして教えてくれた。ハヤトは山登りも趣味だったせいか草花にもたまに詳しい。
「その猫じゃらし。エノコログサって、犬っころ草の訛りなんだとよ」
そのフサが犬の尻尾みたいだって名前なんだと。
ふぅん? と返して眺めれば、なるほど確かにそう見えるような気もした。
「ってことは犬の尻尾で猫をじゃらしてるのか」
「仲がよろしいこったよ」
ふん、と軽く息をついてまたコロンと背を向ける姿に片眉を上げる。やっぱり猫みたいじゃないか、と思うが口にしたら臍を曲げるのも目に見えていたから。
あ、だからやめろって、くすぐってえったら!
遠くから響く草笛の音と子供達の騒ぐ声を聞きながら、二人ひとしきり笑って眺めた空は青かった。