欲のふところ「雨彦さん」
「ン」
葛之葉雨彦の返事がくぐもっていたので顔を上げると、雨彦はちょうど稲荷寿司を頬張ったところだった。
「あ、ごめんねー」
「……構わないさ。どうした? 北村」
稲荷寿司を飲み込む間を与えるために北村想楽はゆっくりと手元の資料をテーブルに置く。小刻みに動いていた雨彦の口許の動きが収まったのを見計らってから、想楽は今年のハロウィンライブの話を切り出す。
「去年の雨彦さんのハロウィンライブの時、衣装合わせってどんな感じだったー?」
「シャツとズボンはいつも通りさ。上の羽織は俺だけサイズが違うが、卯月と蒼井兄、天ヶ瀬と牙崎は同じサイズだったはずだな」
「そっかー。じゃあ、頭囲は測ってないー?」
「トウイ?」
テーブルの上に残った助六寿司のパックには稲荷寿司がひとつ残っている。甘く味付けされた油揚げの風味が口にまだ残っているせいで、『糖衣』のことかと思ったが、想楽は自分のこめかみを指さして頭の外周を示すように指を回す。それで『頭囲』のことだと理解して、雨彦はかぶりを振った。
「ローブに頭の大きさは関係ねぇからな。ステージ前に調整はして貰ったが、頭の大きさは測っていないぜ。――北村は測ったのか?」
「そうだよー。衣装はまだ完成していないけど、頭囲を測ったからフードじゃなくて帽子なのかなー」
「占ってやろうか?」
「遠慮しておきますー。……うん、久しぶりのライブだから、楽しみなのかもねー」
Legendersの三人で出演した『タイムプリディクション』に、想楽ひとりが出演した『深緑のギムナジウム』――思い起こせば、ある程度規模の大きいライブイベントは想楽にとっては久しぶりのものだった。
「『演技でない、北村想楽を、見せたくて』。……ふふ、贅沢な悩みかもしれないけどねー?」
「突っ張ったっていい欲の皮はあるさ」
言いながら最後の稲荷寿司をかじる。にじみ出る甘さと酸味は好ましく、雨彦の目元は自然と緩み。
「俺もそうさ。アイドルになるってのは、欲深くなるってことかもしれないな?」