Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    endoumemoP

    @endoumemoP

    @endoumemoP

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🍝 🍙 🍓 🍣
    POIPOI 122

    endoumemoP

    ☆quiet follow

    同人誌「青を抱いて愛と泳ぐ」(R18)内収録作品です。通販→https://roomshiki.booth.pm/

    ##同人誌サンプル

    青を抱いて愛と泳ぐ(一部掲載) 世界はマジェロ海礁のように美しい。
     目の前の信号が青に変わり古論クリスが歩きだすと、海水を含んだままの金髪が揺れる。絹糸のような流麗さに目をやる通行人は少なくないが、クリスは彼らの目線を気にすることなく突き進む。
     正午を超えた昼下がり、オフィス街ということもあって広がる青空の下を行き交う人々のほとんどはダークカラーのスーツを纏っている。イワシの群れを思わせる彼らの間をすり抜け、ほどなくして彼は315プロへと辿り着いた。
    「おはようございます、クリスさん」
    「おはようございます」
     ドアを開けると山村賢が出迎える。ぱたぱたと給湯室に向かう足音を聞きながらクリスは事務所のソファに腰掛け、傍らに鞄を置いた。
     平日の昼間ということもあってか、事務所には賢とクリスしかいない。ユニットに来た新しい仕事の話をするからとプロデューサーに呼ばれたが、葛之葉雨彦は別件の仕事が入っており今日は合流できない。雨彦への説明は後ほどプロデューサーが個別に行うことにして、今日はクリスと北村想楽の二人で話を聞くことになっていた。
    「想楽はまだですか」
     首を巡らせて一望するが、白い頭はどこにもない。すぐに会えるのだと分かっていても寂しさが胸に去来し、その思いはすぐに想楽への思慕に変わる。
     クリスが申し込んだ交際を想楽が受け入れてからしばらく経つが、忙しさもあって二人で過ごす時間はほとんど取れずにいた。それでもどうにか今日はスケジュールが合い、プロデューサーから仕事の話を受けた後は二人ともオフになる。連れ立って出かけることを思うとクリスの頬は緩み、想楽が事務所に現れた時には思わず「想楽!」と声を張り上げた。
    「びっくりしたー……クリスさん、今日も元気だねー」
    「はい! 今日の天気はマジェロ海礁のように美しいですから。想楽の服もオランダラミレジィのようでよく似合っていますよ」
    「……褒められてるのかなー?」
     クリスがソファに置いていた鞄を自らの側に寄せると、想楽は空いたスペースに腰を下ろす。想楽の前に湯呑を置いたタイミングで事務所の電話が鳴り、賢は急ぎ足で電話を取る。お電話ありがとうございます、と電話口に告げる賢の様子を伺ってから想楽はクリスに囁きかけた。
    「クリスさん、今日はどこ行くのー?」
    「今日ですか」潜められた想楽の声とは対照的にクリスの声は明るい。「最近出た本で気になるものがあるので買いに行きたいのですが、想楽はどうですか?」
    「うん、いいよー。それなら僕も見たいものがあるから……あ、ついでに文房具も見ていいー?」
    「もちろんです。私も新しいメモ帳を探したいですから」
     うなずくと、クリスの口の端には自然と笑みが上った。
     助教授と学生、立場が違えば分野も異なるが、学問を志していることに変わりはない。本屋に文具店と行きたい所が重なることは好ましく、繋がりの深さを思えばクリスの唇の端は持ち上がる。
    「……クリスさん、顔に出すぎー」
    「そうでしょうか……」
     想楽の言葉にクリスが自身の頬に手を添えると、余計な肉のない細い顎が際立つ。同性であっても造りの違うクリスの手や顔を眺めていると欲求が湧くが、想楽は目を伏せて湧き上がったものを受け流す。
     交際を始めてから今日が最初の外出――仕事の合間にこうして話すことはできたが、それ以上の接触はまだない。ユニットを結成してからは長いからクリスの顔の造作も身体の形も想楽は知っていたが、肌の感触だけはまだ知らなかった。
    (……でも、)
     髪の毛は海水のせいで固まっているのにクリスは気にする風もない。いくつも年上だというのに無垢な子どものようですらあるクリスを見ていると、体の交わりは口づけであってもずっと先のことだろうと感じられる。
    「夜ご飯はクリスさんが見付けてくれたお店だよねー。どんな魚料理があるのかなー?」
    「期待してください、想楽! 先日見つけた創作和食のお店なのですが、旬の魚の料理がどれも素晴らしく――」
     煌めくクリスの瞳には、付き合う前から変わらない海への愛が満ちている。
    「――この幽庵焼きが絶品なのです! そういえば幽庵焼きの創案は北村祐庵と言われているのですよ。想楽と同じ名前ですね!」
    「……うん、そうだねー」
     魚の生態、魚料理、料理法、別の魚の場合の料理法、その魚の生態、その魚が生息する海の情報……連なる話題の果てしなさに相槌が投げやりになった頃、事務所のドアを開けてプロデューサーが駆け込んだ。
    「すみません、遅くなりました」
    「急いて来るー、慌ただしさは救いの手ー」想楽がプロデューサーへ顔を向ける。遅れて揺れる二色の髪はクリスの鼻先をくすぐった。「遅いよ、プロデューサーさん」
    「すみません、電話が入ってしまって……お二人ともこの後はオフですよね? そんなに時間は取らせませんから」
     クリスと想楽に向き合う形で座ったプロデューサーは鞄に手を突っ込み、クリアファイルに入ったどこかの企業パンフレットを引っ張り出す。
    「今回のオファーは――」
     二人に向けられたパンフレットのページを開きながらプロデューサーは説明を始め、電話を終えた賢がプロデューサーの手元に湯呑を置いて空になっていたクリスの湯呑を引き取る。スケジュールの話になってクリスが手帳を、想楽がカレンダーアプリを起動したスマートフォンをテーブルに置く頃に玄米茶で満たされた湯呑がクリスの手元に届き、それが再び空になる頃には仕事の説明はあらかた終わっていた。
    「――明後日はユニットの収録があるので、その時にでも三人で相談してみてください。今週中にどうするか決めていただければ間に合いますから」
     言いながら、プロデューサーはパンフレットを閉じる。差し出されたパンフレットを受け取った想楽は軽く畳んで鞄にしまい、クリスは畳まずに鞄を開けた。
     ――覗き見するつもりはなかった。
     動くものを追っただけの、自然な目の動き。鞄の隅に収められた双眼鏡ケースがちらと見えた直後、大きく広げられた鞄の真ん中には、
     ローションがあった。
    「……………………」
     荷物と荷物の隙間にパンフレットは収められ、鞄は閉ざされる。
    「……………………、」
     ゆっくりと、想楽はプロデューサーの顔を伺う。
     プロデューサーは顔を伏せ、手帳に何やら書き込みをしている最中だ。次いでクリスを見るが、クリスは湯呑を持ち上げかけてから空だと気づいて置き直したところ。――想楽が見てしまったことに気づいてはいないようだ。
    「……………………」
    「というわけで、以上です。私は今から出るので、もしどこか行かれるなら送って行けますが――」
    「……ううん、大丈夫だよー」
     頬が笑みを形作る。
     そうですか、とうなずいたプロデューサーは湯呑の中を一息に干すと立ち上がって「何かあればいつでも連絡してください」と言い残し事務所を出た。足音が遠ざかる中、クリスは想楽に呼びかけた。
    「私達もそろそろ行きましょうか」
    「あー、うん」
     クリスの表情はいつもと同じ。海への深すぎる愛をたたえた瞳は親愛の意をこめて想楽に向けられており、この眼差しにどれだけ性欲が含まれているのかは読めない。
     ただ。
    「ちょっと待ってー」
     同居する兄に今日は帰らないとメッセージを送る指先は、期待と欲求に踊るようだった。

     大型書店で行きたいコーナーはひとつも重ならず、連れ立って歩くと店内を一周することになる。想楽の希望で文芸コーナーの新刊を眺めてから実用書コーナーに行き、その後はクリスの希望で自然科学のコーナーへ向かう。途中で児童書コーナーに飾られた海のイラストが表紙になっている本にクリスが引き寄せられて寄り道をして、その児童書を片手にクリスと想楽は自然科学のコーナーに辿り着いた。
    「この三冊と――」
     棚からまとめて三冊を引き抜けば、支えを失った本が傾ぐ。児童書と合わせて四冊を抱えるクリスは棚を眺めながら横に動いて別の書架を見つめて更に一冊抜き取ろうとするが、ほとんど手が塞がっているせいで動きは危なっかしい。
    「クリスさん、本持つよー」
     想楽の手には新書が一冊だけ。空いた手を伸べるとクリスは想楽に本を差し出そうと体をひねれば鞄が平置きの本にぶつかって陳列が乱れる。あ、と揃って声を漏らし、想楽は苦い笑みを浮かべながらも差し伸べた手を引っ込めはしなかった。
    「……鞄持つよー」
    「すみません、お願いします」
     差し出された鞄の取っ手を握りしめると手のひらに重みが伝わる。財布やスマートフォンといった日用品だけでなく、双眼鏡、ウェットスーツ、シュノーケルなども入っているからこれだけ重いだと思えばクリスらしいと思えるが、同時に事務所で見てしまった物のことも思い出す。
     円柱形の容器を満たす透明な液体。パッケージに書かれたロゴはドラッグストアの一角やアダルトサイトの通販ページで見たことがあるもので、それがローションなのだとは疑いようもない。
    (他に使い道なんて……あるわけないよねー?)
     想楽の隣、クリスは本の物色に夢中。そっとスマートフォンで『ローション 用途』と検索してみるが思わしい結果はなく、クリスに見つかる前にと想楽はスマートフォンをしまってクリスを盗み見る。
     交際を始めてから交わした言葉たちの中に、果たしてクリスの欲望は現れていたか。思い出そうとしても浮かぶのはクリスの海を語る言葉と笑顔、海水の香りを残す身体、そしてそれらを見聞きするたび湧き起こる己の欲望ばかり。考えれば考えるほどに想楽自身の欲望が浮き彫りになるようで、落ち着きなく手近に陳列された本をめくると『サメのペニスは二本』の文字が飛び込んできて慌てて本を閉じる。
    「…………」
     クリスは本の背表紙に指を置いたまま何かをじっと考えていた。細められた目と大事そうに背表紙の文字にふれる指先を見ていると、自分の身体に触れる時もこんな顔をするのかと空想が広がりかける。その姿を頭の中で描かなかったのは恥ずかしさが勝ったからであり、まだ知らないクリスのことは目にするまではどんな空想も意味がないと感じたからでもあった。
     それでも、気になることはある。
    (どこで――どっちが、どうやって……)
     経験のない<ruby>行為<rt>こと</rt></ruby>だから尽きない疑問。
     調べても答えが出ないと分かっていた。
     だからといってクリスに訊くこともしたくない。流れのままに在るしかないと気持ちに整理がついたところでクリスも本を選び終えたらしく「ありがとうございました」と想楽に声をかける。
    「鞄はもう大丈夫ですよ。想楽のお陰でゆっくり選べました」
    「うん、それなら良かったよー」
     クリスの手の中にある本は三冊増えていた。棚の間を縫いながらゆるやかにレジへ向かい、会計を済ませるとクリスが「行きましょう」と想楽の前に立った。
    「まだ予約の時間まで少しあるので、ゆっくり向かいましょう。疲れていませんか?」
    「平気だよー」
     夕暮れには少し早い時間、太陽はまだ白い。クリスが予約したという店がある方向は想楽が普段使う道とは違う場所のようで、数歩踏み出すだけで知らない建物ばかりになる。物珍しさに視線を回すとラブホテルの看板が目について視線を別の場所に移した。
    「想楽、何かありましたか?」
    「別に何もー。……クリスさんはこの辺り、よく来るのー?」
    「どちらかといえば妹が来ることが多いので、たまに送迎を頼まれるのです。そのついでに散策することがありまして」
    「ふーん……」
     街路に沿って建てられた建物を眺めて進む間、会話が途切れることはない。仕事の合間の雑談と話すことはそう変わらないはずなのにクリスの声音は楽しげに弾み、想楽の声は柔らかく笑みを含む。予約の時間になり店に入った時も話したいことは残ったままで、通された個室で飲んだ一杯目は瞬く間に消えた。
    「想楽は何を飲みますか?」
     店の奥、個室の中にはほのかな明かりがいくつも灯されている。ドリンクメニューは冊子になっているが想楽が飲めるソフトドリンクは一ページの半分にも満たない。それでもグァバジュースがあるのは珍しいと思いつつ、想楽はコーン茶を指した。
    「クリスさんは――」
     ソフトドリンクの欄が見やすいように想楽に向けられたドリンクメニューはクリスの手によってのみ支えられている。
     控えめな光はクリスの骨に沿って深い影を落とし、視線を上げればクリスの長い髪によって顔にまで影が落ちる。光の加減のせいか睫毛の影だけが妙に長く伸びて薄墨を掃いたようにクリスの顔を彩っていた。
     落ち着いたモダンな内装の中ではクリスの放つ煌めきばかりが異質だ。クリスの僅かな動きのたびに揺れ動く金髪は麗しく、そこだけがスポットライトを浴びているかのよう。アイドルとしてステージに立ち幾度も輝きに照らされてきたはずなのに、化粧もヘアセットもしていないクリスが何よりも眩く感じられる。
    「……想楽?」
     メニューに落とされていた視線がこちらを向いたのを、睫毛の影の動きで知った。
     鼻梁は高い。見つめる眼差しは深海を汲み出したかのように物静かで、肌の下、瞳の奥に燃える海への愛などは少しも感じ取れるものではない。
     裸で抱き合うことなど想像もできない。
    「、――クリスさんは何飲むのー?」
    「刺盛を頼みましたから日本酒にしようかと思っています。辛口の方が合うでしょうから……ばくれんですね」
     メニューは想楽の方に向けたままページが繰られ、日本酒の銘が想楽の前にずらりと並ぶ。『ばくれん』の文字を探して想楽の黒目はしばし泳ぎ、ほどなくして目当てのものを見つけ出した。

     くどき上手 ばくれん(超辛口)

     注文に他意はないと分かっている。
    (でも、タイミングがなー)
     クリスの鞄の中に何があるのかを知ってしまっている想楽は、この後何が起こるのかを悟っている。だからこそクリスの注文ひとつ、まばたきの頻度からも何かを読み取れないかと探りたくなってしまう。
    「そういえば、この間大学でね――」
     自分の中から立ち上る性の香りをかき消すように手元に届けられたコーン茶をあおる。クリスと共に食べる食事はどれも美味しく、満たされていく身体は少しずつ欲求を手放すかのようだ。
     隙あらば持ち出される海の話をかわしながら話を続ける想楽にクリスは応じる。そうするうちにグラスは何度か交換され豊かに盛りつけられていた料理がすっかり平らげられ、個室の向こうの店内の賑わいは落ち着きだしていた。
    「――話し込んでしまいましたね」
     酒で唇を湿らせるクリスの頬は薄く色づき、アルコールを飲んでいない想楽の気分も浮くようだ。店員はクリスに勘定書を差し出し、クリスは想楽の視線から金額を遮るように紙片を持ち上げる。財布を出しかけた想楽の手は中途半端なところで止まり、どうしたものかを様子を伺っていると「しまってください」と酔いの色が滲んだ声でクリスが言った。
    「――そうー?」
    「はい、ここは私が」
    「……それじゃ、ご馳走様ー」
     財布をしまうために伏せられた瞼に一秒だけクリスは微笑みかけて会計を済ませる。行きましょう、と差し伸べた手を想楽が掴み、二人は夜の街へと歩を進めた。
     暗い空の下では人工的な光ばかりが目立つ。遅い時間だから服屋や雑貨店は営業を終えており、営業時間の長いコンビニやドラッグストアばかりが煌々と存在を主張していた。その中には行きがけに見たラブホテルもあり、通り過ぎる際に想楽はクリスと繋いだ手に意識を注いだが、クリスが想楽をホテルの中に引き込むことなく通り過ぎた。
     クリスの足取りに酔いはない。想楽が手を握る力を強めるとクリスも同じだけの力で応じ、「想楽の手は温かいですね」と微笑みかけた。
    「同じくらいだよー」
    「そうでしょうか? エルニーニョ現象が起こったインド洋のように温かいですよ」
    「……それ、褒めてるー?」
    「もちろんです! 海水温の上昇は台風の原因にもなるのであまり良いとは言えませんが、想楽の手はいつまでも握っていたくなる温度です」
    「……」
     いくつかの言葉が想楽の胸で瞬いて、それらは整わないまま想楽の体内をぐるりと巡る。
     駅へ向かうごとに街は明るさを増す。どこにも寄ることなく駅に辿り着くとクリスは手を離したが、想楽の手にはクリスの体温が残っていた。
    「――想楽」
     賑わいの片隅で向き合うクリスの髪が夜風に揺れ、想楽は睫毛に風を浴びる。
     クリスの瞳が想楽から逸れることはない。まばたきの時間すらごく短く抑制するクリスの頭が真正面から少しもぶれずにいることに、まばたきをしていないから想楽は気付くことができた。
    「想楽――」
    「……うん」
     続きの言葉は分かっている。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works