爆発にまつわる前日譚 中学校の終業時間を見計らって校門に車を回すと、いつもより下校する生徒の数が多かった。
(珍しいな)
芹沢あさひは終業時間になるとすぐに校舎を出るから、あさひを待たせないように迎えに行くとまだ校門のあたりは閑散としていることがほとんどだ。しかし、今日はあさひだけでなく数人の生徒が帰ろうとしている様子が見える。あさひからもらった年間行事予定表ではまだテスト前の期間ではないはずだが、何かあったのかもしれない、と考える俺の後ろでドアが開き「お疲れっす」とあさひが乗り込んだ。
「おう、お疲れ、あさひ。飲み物とお菓子、そこにあるから欲しければ食べてくれ」
バックミラー越しにあさひを見る。シートベルトを着けたあさひはビニール袋の中からグリーンダカラを取り、一口飲んでキャップを締める。車を発進させる傍らでそんな様子を視界に収めつつ、俺はあさひにこう尋ねた。
「今日、学校で何かあったか?」
「? 何もないっすよ」
「ああ……」下校中の小学生が前を歩いている。歩道いっぱいに広がる子どもたちは車道にはみ出しかねないから、速度を少しだけ落とす。「ほら、いつもより帰る生徒が多かっただろ? 何かあって早く下校することになったんじゃないのか?」
「あー」
納得とも何ともつかない相槌のあと、あさひは何でもないことのように言う。
「消火器が倒れて、一階が真っ白になったっすよ」
「……⁉ 大丈夫なのか、それ⁉」
「それで、美術部と科学部は今日は部活なしになったっす」
「そうか……」
つまり、美術室と科学室が隣り合っていて、その近くに設置されていた消火器が何かの拍子に倒れてしまった……ということだろう。
大変だったなと言いかけて言葉を引っ込める。あさひの口調からすると、あさひは消火器が倒れたその場にはいなかったのだろう。友達などの親しい相手にも、消火器を倒してしまった人やそれで迷惑をこうむった人がいないかもしれない。それなら、もっと別のことを言うべきだろう。
消火器といえば、高校生の頃、防災訓練の一環で消化器を使った消火体験をしたことがある。真っ白な消火剤が一直線に噴出するさまは見ていて楽しかった――そうだ、あさひなら消火剤で真っ白になった一階は「面白い」と感じるんじゃないか?
「あさひ」呼びかける俺の声が浮かれていることが自分でも分かる。「楽しかったか?」
「何がっすか?」
「え……いや、消火器……」
「別に面白くはなかったすよ」
「……そうか……」
もっと違うことを言えばよかったな、と後悔しつつブレーキを踏む。ブレーキのタイミングが遅く、前の車との車間距離が狭すぎた。
申し訳ないことをしたなを思いつつ赤信号を見上げる俺の後ろで「でも」とあさひが口を開く。
「消火器じゃなくて、爆発の煙だったら面白そうっすね!」
「はは……」