わぁもぬげくすてけ 音が駆け抜けた。
「……えー?」
「な、なんだ……?」
呆然と立ち尽くす田中摩美々と若里春名の頬を、青森の寒風が撫でた。
摩美々と春名、そして幽谷霧子と伊瀬谷四季は出演する学園ドラマの番宣もかねて地方のロケに訪れていた。
機材の準備中で四人は待機をしていた。十一月の青森は寒く、撮影が始まるまでは四人ともコートの前をぴったりと閉じている。摩美々に至っては手袋の中に使い捨てカイロを入れてしきりに手を合わせている。鼻先を赤くした春名は曇天を見上げていたが、不意に視線を感じて目を向けると、知らない老婆がそこにはいた。
「あ、どーも」
ばっちり目が合ってしまったので、とりあえず会釈する。腰こそ曲がってはいるが笑みは溌剌として見え、上げた声にも張りがあった。
「……えー?」
「な、なんだ……?」
――――それはそうと、何と言ったのかは聞き取れなかった。
「、ふふ……」
戸惑う二人をよそに、霧子は淡雪のような微笑みを浮かべる。
「へへっ、褒められちゃったっすー!」
四季も嬉しそうに顔を綻ばせて「ハルナっちも聞いたっすか!?」と興奮の色を保ったまま尋ねた。
「や、聞いたっつーか……聞き取れなかったっつーか……」
英語には自信があったから、突然投げかけられた言葉をヒアリングできなかったことはちょっとだけ春名を傷つける。しかし冷静になって思い返せばあれば英語ではないと思ってから、四季は聞き取れていたことの違和感に気がついた。
「なぁ四季。今、なんて言ってたんだ?」
「え? 『寒いのに大変だね』って言ってたっすよ」
「はい……ぽかぽか、伝えたいです……」
「や、ていうかー……」
摩美々は気持ちを落ち着けるために自分のツインテールに触れてから。
「あれ、津軽弁ー……?」
「……! なるほど!」
「はいっす! マジメガネイティブ津軽弁っすよー!」
「テレビの前の皆さんに……『ぬげ』って……思ってもらえたら……」
「霧子、全然分かんないけどー?」
「『暖かい』ってことっすよ、摩美々っち!」
「え!? 全然分かんねーな!」
わいわいと口が滑れば、辺りの空気は一段と暖まるよう。
ほがらかな雰囲気のまま、番組ロケはつつがなく終了した。