ねたみえてた? Vの者として生計を立てているので、日々のネタ探しは欠かせない。
わたしのガワ――綺羅爪みゃもは紫髪にカラフルなメッシュを散らしたキャラデザが特徴だから、外出の時は紫色のキャップをよくかぶる。みゃものキャラ的にイベントに狙って行くよりは偶然のお散歩って感じの方が好感度が高そうなので、出かける先で何があるかは調べなかった。
冬晴れの空の下をしばらく歩くと人だかりがある。何かと覗き込んだら古本市の賑わいが見えた。
「古本市」
あまり本は読まないのに足が向いたのは、この間のゲーム実況で『直帰』を『なおかえ』と読んでリスナーに笑われたからかもしれない。『これで本買え』『勉強しろ』とスパチャもいくつか飛んできたし、今度の雑談配信のネタにいいかもと思って古本市に寄ってみることにした。
作者、とか、タイトル、とかに気になるものはない。色んな本があるなあ、古本っていうけど結構きれいなんだなあ、とかその程度。猫が表紙の本があったからめくってみたけど面白いとかつまらないも分からないから元に戻して、ぐるっと一周したあともわたしは手ぶらだった。
「……むむ? これはこれは……」
帰ろうと思ったとき、そんな声がして振り向いたら、明らかに変な人の姿が。
わたしの紫キャップもかすむ緑とピンクに染められた髪。着物? 浴衣? よくわからないけどあまり見ない服。チラチラ視線を送られているのが分かっているのかいないのか、その人はさっきわたしもめくった本の表紙を撫でてなにか言っているようだった。
「架空の犬、でにゃんすか。これはこれは、にゃんとも…………」
その人の後ろの方で、なんかひそひそ言ってる人もいる。声かける、どうする、と言い合っている女の子たちが近寄ろうとした瞬間、その人は「きゅぴぴぴーん!」と大声を上げた。
「受信でにゃんす〜! この本、一冊いただくでにゃんすよ〜!」
ご機嫌で本を買って、あっという間に立ち去って。
「……やっぱり?」
取り残された女の子たちがひそひそと言葉を交わす。
「猫柳キリオだよね」
「…………やば! 本物じゃん」
『猫柳キリオ』が何者かを知ったのは、家に帰って検索してからだ。
元落語家のアイドル。アイドルと知ってからだと、あの奇抜な髪色も服もなんだかいいもののように思える。
「……」
わたしの――綺羅爪みゃもの雑談配信が始まるまであと少し。
「猫……犬、本……」
猫柳キリオが買った本のタイトルが思い出せない。話のネタにしようかと思ったけど、難しいみたいだ。
代わりになんの話をしようかな。猫柳キリオに会ったって言ってもいいかも、と思ってすぐに打ち消す。
わたしには面白さが分からなかったあの本を猫柳キリオは買っていた。ネタになったのかもと思えば惜しいと思いながら、わたしは配信を始める。
とりあえずは。
リスナーの話の中からネタをふくらませる修行が必要みたいだから。