声を聞かせてくれ「終わった!」
二限前の大教室はざわざわうるさいから私のシャウトくらいかき消してくれるかと思いきやそんなことはなく、一瞬教室が静まり返ったので私はもっと終わりの気持ちが強くなった。
「うるっさ。何」
「終わりました。さようなら」
「お疲れー」
雑に扱ってくれるマヤの声。数秒してから「で?」と言われて顔を上げると、私の隣でマヤはオレンジ色の爪で教室のテーブルを叩いた。
「何あったの」
「……ファンレター書いちゃった」
「英雄に?」
英雄って言うな、と返すいつものやり取りをする気力もない。うなずくと、マヤは濃いめに描いたまゆげを歪めて理解できないと首を振る。
「良かったじゃん。ファンレター嬉しいって輝ぴも言ってたし英雄も嬉しいんじゃない?」
「ヤバい手紙書いたんだって」
「限界お気持ち長文?」
マヤに言われてうなずいて、本当のことを言うかどうか迷いながら私は昨日の自分を思い起こす。
バイトでクソ客に絡まれたこと、取れると思った単位が取れなかったこと、半年前に別れた彼氏、友達に貸した三千円が返ってこない、などが一気にこみ上げてきて昨夜の私は限界だった。限界だったので3rd静岡二日目の勇敢なる君へを観ながら泣き続け、泣き続けていると私の最推しでもある握野英雄さんなら全部受け止めてくれるんじゃないかって気持ちになった。全部受け止めてくれるんじゃないか、はすぐに、全部受け止めてくれるはず、になって、その後は3rd仙台二日目のハートフル・パトローラーを流しながら死蔵していた便箋を引っ張り出して、英雄さんに出す手紙を書きなぐった。
今の自分のこととか、考えていることとか。
英雄さんのどんなとこが好き、みたいな話は最初と最後の方に申し訳程度にくっつけたけど、ほとんど私の話しかしていない独りよがりの手紙。便箋八枚になったそれをぎゅうっと封筒の中に詰め込んで、重量制限が怖いから八十四円切手を二枚貼って、歩いて二分のセブンに投函したのが午前三時。ついでにセブンでアイスコーヒーとルマンドミニを買って帰宅して、コーヒーが半分くらいなくなる頃には自分のしでかしたことのヤバさがじわじわと体を侵食しはじめていた。
手紙を出すのはまだいい。
けど、その手紙があんな自分語りばっかりのだったら、かなり最悪だと思う。
「自分が無理すぎ」
「元気だせよー。君はもうひとりじゃないってー」
「今はマジでやめて……」
「――お」
厚みのあるファンレターを手にした握野英雄は、便箋にびっしりと連なる文字に目を落として声を上げる。
「何かありましたか?」
「プロデューサー。――いや、何でもないんだ」
八枚目までぎっしりと並べられた言葉たちは、この手紙を書いた彼女の気持ちを連ねている。考えや想いを示して文字はところどころインクの色を強めたりかすれたりしていて、言葉以上に雄弁に気持ちを語っているようだった。
「ただ」
彼女の人生を凝縮したような手紙の中には、英雄への気持ちもいくつも現れていて。
「嬉しいって、思ったんだ」
英雄はいつまでも、その手紙から目を離せなかった。