ひとりでした? しているところを見たい、と古論クリスは言った。
北村想楽に断る理由はなかった。事務所だから人が増えてきたらすぐやめる、と伝えて、それでもいいとクリスは応じ、想楽は始めた。
「……」
「…………」
取り立てて会話をすることはないが、横から注がれるクリスの熱心な視線が想楽には気にかかって手が止まりかける。
「……想楽?」
止まった手を見てクリスが尋ねた。想楽の手元と顔を交互に見るクリスに悪気はないと分かっていても、想楽はどうにも落ち着かない。
「あまり、じろじろ見られながらすることはないからねー」
「そうなのですか。お友達と一緒にすることもありませんか?」
「僕はあまりしないかなー」
会話をしているうちに気分がほぐれて手が進む。規則的に動く手元、想楽の視線の先で変化を続けるノートパソコンの画面。
それらを眺めていると、クリスは助教時代に自分が受け持っていた生徒の顔が思い起こされる。クリスの知らない場所で、彼らもこうしていたのかもしれない――クリス自身も、そうだったはず。
「あ、もうすぐ終わるよー」
不意に想楽は言い、さっさと片付けてしまおうと手の動きを早める。
そこからは短かった。手を止めた想楽はソファの背もたれに身を預けて溜息をついた瞬間、事務所のドアが開いて葛之葉雨彦が顔を出した。
「北村は先に来てたのか。お疲れさん」
「お疲れ様ー」
「雨彦、お疲れ様です」
「ん、古論もいるのか」
事務所の入り口そばからキッチンにいるクリスの姿は見えない。長身を傾けてキッチンを覗こうとすると、何かのにおいが鼻先に漂った。
「このにおいは――」
「ココアです! 雨彦もいかがですか?」
「貰おうか」
テーブルの上に甘い香りが広がった。想楽とクリスのカップが置かれ、クリスが雨彦の分を用意する間にと想楽はテーブルに広げていたものを片付け始める。
「北村のそれは――」
「さっきまでレポートをやってたんだー」もう終わったけどねー、と続けて、想楽はノートパソコンを畳む。「クリスさんがレポート書いてるところを見たいって言ってたけど、何が面白いんだろうねー?」
「大変興味深いものでした。また見せてくださいね、想楽!」
満面の笑みを浮かべるクリスを横目に、雨彦は何も言わずに肩をすくめた。