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    理人・ライゼと真白ノイ:ボロカス

    理人・ライゼと真白ノイ:ボロカス 実践演習Ⅳは十五分前に終わったというのに、真白ノイはその場から動けずにいた。
    「……っおぇ……」
     板張りの床に落ちる唾液には色がついている。顔を滴る汗を拭きたいと思ったが、被弾したペイント弾まみれの手ではそれもできなかった。
     清掃スタッフが入る前の訓練場は、七十五分間の演習の後にしては汚れが少ない。教官や仮想敵役の同期が放ったペイント弾はほとんどノイが浴びたせいで、この部屋で一番の汚物は自分なのだという気持ちがノイの心を占めていた。
     銃火器を持った複数名の敵に対し、単独でどれだけの時間生き延びられるか――教官の反応を見るに合格点は得られたようだが代償としてノイの体はボロボロだ。
     ――ノイが理人・ライゼの新たなバディとなる内示を受けてから数日、ノイはこれまでより難度の高い訓練に明け暮れていた。体に負った傷は先ほどの演習で受けたものだけではなく、立ち上がるために脚に力を入れる準備段階として息を吸うだけで胸には鈍痛が走った。
    「っ痛……!」
     両膝を床について、痛みの波間を縫うようにゆっくりと身を起こす。今日の演習はこれで終わりだが、明日は早朝から屋外訓練が入っている。傷の手当をし、少しでも体を休める時間が今のノイには必要だった。
     曲げていた膝を伸ばそうとしたところで、ブーツの踵についたペイントで滑る。
    「――ッ!」
     一瞬の浮遊感の間に身をよじり、頭や背中を打つことを避けた代償として左腕が床に叩きつけられる。ただでさえ痛い腕の痛みが増して濁った声が喉を埋め尽くした直後、「大丈夫か」と尋ねる声が頭上から聞こえた。
    「!」
     訓練中に響き渡った怒号にやられた耳でも、その声の主を間違えることはない。
    「理人・ライゼ――さん……!」
     どこにそんな力が残っていたのか、跳ね起きたノイは直立の姿勢を取って理人へと敬意を示す。正式にバディとなればこうして畏まることはなくなるとしても、今のノイにとって理人は上官であり、手の届かない憧れの人だった。
    「君が、真白ノイか」
    「はい」
     視線が一瞬、ノイの顔を捉えたかと思えばすぐに離れる。
    「訓練を頑張っていると教官から聞いた。その調子で続けるように」
    「っはい――!」
    『あの』理人・ライゼ直々に言葉を賜った喜びに全身が熱い。理人の黒目は何度もうなずくノイの方向にあるというのに、瞳はノイを映してはいなかった。
    「暁さんが用意してくれたバディだ。二人で、暁さんの期待に応えよう」
    「――――」
     その通りだと、ノイの理性は告げていた。
     だというのに、ノイの体は血の気を失う。
    「――」
     理人・ライゼと並ぶ羨望の対象。彼が自分に期待を寄せているのなら、応えたいと思うのは自然な感情のはず。
     それでも、ノイは。
     理人が自分を見ていないことが、なぜかとても許せそうにはなくて。
    「――訓練に戻ります」
     浅い礼だけして、叫びだす前に足早にその場を後にした。
    「…………」
     急に立ち去ったノイの行動は失礼でもあったが、理人にそれを咎める気はない。
     暁ナハトによってあてがわれる新たなバディよりも、暁ナハトの方がよほど心の広い部分を占めていた。
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