卯月巻緒と水嶋咲:10年先まで:ダンスの練習をする巻緒に咲ちゃんが差し入れをする話 レッスンスタジオから漏れ聞こえる音が止んだタイミングを見計らい、水嶋咲はドアを開けた。
「ロール!」
スタジオの冷房は強く、部屋に向かって踏み出す咲の頬を涼風が撫でる。呼びかけられた卯月巻緒が咲に向き直ると、髪先に溜まっていた汗が散った。
「咲ちゃん。来てくれたんだ」
「うん! これ、そういちろうとプロデューサーから差し入れだよ!」
咲が持つビニール袋の中にはレアチーズケーキとペットボトルのスポーツドリンク。巻緒が歓声を上げると咲は口元を綻ばせ、二人は床に座ってささやかなティータイムを始める。
「――ダンス、どう?」
「難しいけど、少しずつ踊れるところも増えてきたよ」
東雲荘一郎が作るレアチーズケーキは舌に乗せるとじわりと溶ける。その美味を堪能しながらも、巻緒の爪先は練習中のワンホール=ワンダーランド! のリズムを取っていた。
「どんな振りになるんだろうって思ってた」
口元が綻ぶと同時に目元が和らぐ。
「ケーキを探しに行く振りは、ビシっと格好良く決めるのが大事だ――って先生に教わって……嬉しかったんだ」
「うん」
穏やかな口調、優しげな表情。
それらは、きっと変わることはないものだけど。
「俺が大人になって、荘一郎さんと神谷さん、アスランさんの歳より上になって」
骨格が変わって、もしかしたら髭が濃くもなるかもしれなくて。
「――母さんの歳も追い越しても、この曲を歌って、踊っていけるみたいだから」
汗の粒は、まだ巻緒の体を濡らしている。
しかし、瞳の煌めきの方がずっと強い。
「この曲があれば、俺、ずっとアイドルを出来そうだと思ったんだ」
「――――うん! あたしもそう思う!」
華やぐ声を上げて、咲は巻緒へと微笑んで。
「ロールはこれからも――今も! ずっとずっと、ロールだから!」
「……うん、ありがとう、咲ちゃん!」
汗をぬぐって、巻緒は立ち上がる。
体はまだ疲れていたが、心はすぐにでも踊りたがっていた。