市川雛菜/追加戦士私/雛菜の幼馴染がアイドルを目指す話※ノクチル登場しません 市川雛菜ちゃんは私の幼馴染だ。
だって、幼稚園からずっと同じだもん。小学校の時、クラスが同じになって席が前と後ろになったこともあるし、何回か一緒に帰ったり、放課後に遊んだこともある。私のお誕生日のパーティーは、雛菜ちゃんが家族と旅行に行く日とかぶっちゃって来てもらったことはないけど。でも、かぶってなかったら雛菜ちゃんはきっと来てくれた。
高校も同じだ。クラスは違っちゃっても、廊下で私が雛菜ちゃんを見てたら手を振ってくれる。暇な時は来てくれる。それでちょっと喋って、福丸さんとか上級生の人に呼ばれたらそっちに行っちゃう。私がずっと仲良しの幼馴染だから、雛菜ちゃんの私への扱いはちょっと雑なんだと思う。誰よりも甘えてくれる証拠なんだって知ってるし、毎日着てるユアクマのカーディガンが、私もおそろいのを買ってってメッセージなのも知ってる。
だから分かったよ。
雛菜ちゃんがノクチルになった意味。
すぐには分からなかったけど、ジャスティスVの十二話で追加戦士が来て、ツイスタのトレンドワードに追加戦士の名前が入った時、分かった。
追加戦士はすごく話題になるし、みんなが注目する。雛菜ちゃんは先にノクチルになって、後から私が追加戦士――五番目のメンバーとして入ることで、雛菜ちゃんは私の登場を盛り上げようとしてくれてるんだろう。
そうと分かれば話は早い。283プロの事務所の住所を調べて、履歴書と写真を送れば準備万端だ。
アイドルを募集しているとは書いてないけど、雛菜ちゃんが283プロの人に話はしてるはずだから、大丈夫だ。
送った次の日に電話が来るんじゃないかと思ったけど来なくて、私は非通知からの電話も受ける設定に直した。
一週間くらい経っても電話がない。二週間、三週間と時間は過ぎていく。あまりにもおかしい。雛菜ちゃんがユアクマのカーディガンを着てきた日から、私がユアクマのカーディガンを買うまでに十日くらい時間が経っちゃったから、雛菜ちゃんは怒って私をじらしてるの? でも、ノクチルのウェブ番組みたいなのも始まるらしいし、番組に合わせて私が加入するならそろそろ急いだほうがいい。
今日、雛菜ちゃんに学校で訊こう。そう決めた日に限って雛菜ちゃんは遅刻と早退でほとんど学校にいなかった。私は下校時間を待って、学校から帰るなり手を洗う時間も惜しんで283プロに電話をかけた。
『はい、283プロです』
電話越しに女性の声がした。しっかりした女の人って感じの声はそう言って黙って、私が何か言うのを待っていた。
「……………………、あ」
怖いと思ったのは、本当のことを知らされたくなかったからかもしれない。
『……? もしもし~?』
「……………………あ、間違え、ました…………」
『そうですか~……?』
怪訝そうな声が続きを言う前に、私は電話を切る。
手の震えを洗い落とそうと私はハンドソープを手に塗りたくる。肉のせいで骨格が見えない手を洗って、顔を上げるとニキビの大群の上に眼鏡がのっかった顔があった。
「、雛菜、ちゃん……」
つぶやいた声はくぐもりすぎて、自分でもなんて言ったのかよく分からなかった。
あれから五年経って、まだ電話はかかってこない。
追加戦士のタイミングを見計らうにしても、雛菜ちゃんは慎重派すぎる。意外とそんなナイーブなところがあるってことを、もしかしたら雛菜ちゃんは知っていほしかったのかもしれない。
電話番号は今でも同じ。
いつ電話がかかってきて、雛菜ちゃんが私をアイドルに誘ってもいいように。
そう思うのだけは自由だから、私は今日も一日の終わりに着信履歴を確かめる。