no title 俺とオサムがその判定もろたんは、中三の春の始め頃やった。その歳になれば皆だいたい受ける検査で、なんと陽性が出た。
親は仰天。家系にその判定もらったやつは今までおらんかったらしいからな。偽陽性かもしれんて医者からも勧められて二度目の検査して、やっぱり揃って陽性やった。
覆らん判定に反発するも何もない。その頃の俺らはそれがどういうことか、知識は持っててもきちんと奥の奥まではわかっとらんかった。当然やん。簡単に言えばSMみたいな話なんやから。そんなん、中三なんてなんでもかんでもえろの方向にしか考えられん年頃で、己の性を深く考えるなんてできんやろ。それに、そんなことにかまけとる場合やなかった。バレーの強豪校への入学目標にガツガツしとった頃やったから。
支配したい特性のやつに、隷属したい特性のやつ。人口の全部がどっちかに振り分けられるわけやない。クラス人数で言うたら、陽性判定出るんは四分の一くらいか。その特性が発見されてからは検査だの欲を抑える薬だのが急激に研究されて、世に出回ってはいるが、それでもトラブルは一定数ある。支配することを、暴力振るってもええと勘違いしとるあほに、支配されたいあまりに過激な身売りに出る虚しいやつ。それ関連のニュースにちょっと興味を傾ければ、出るわ出るわそんなんばっかりやった。DomとSabて、横文字にしとけばかっこよおなると思たら大間違いや。まじでほんま、あほらしい。そんな、自分じゃどうにもできん性(さが)に絡め取られとることが、ほんまにあほらしくて敵わん。
中三ではそんなに悩むことなく卒業、無事に高校入学できた。それくらいまではよかった。身体が成長してそこらの大人の身長をどんどん抜かしていくごとに、俺らの中で眠っとったらしい種が膨らんで芽が出て、制御できんもんを発する。それに困らせられ、苛立つことが多くなっていった。判定数値は確かほどほどの値やったけど、それでもこの性質は煩わしい以外の何もんでもなかった。ほんで、判定結果は守秘義務とやらで人にバレんようにされとるはずなんに、それでも噂は広まる。にやにや笑いながら、陽性判定もろてんやろ?て直接聞いてきた女共に机投げつけてやりたかったわ。何を期待しとんのか知らんが、好奇心満たしてやるつもりも、望み通りになってやるつもりもさらさらない。
バレーに打ち込んで毎日毎晩忙しくして、先輩押し退けてレギュラーになって、雑誌にも載るようなってユースにも呼ばれて。今んとこ順風満帆。好きなもんに没頭して身体動かしてれば、特性によって浮き出てくる欲望はだいぶ消すことができた。紛らわすって言い方のほうが合っとるか。スポーツによる昇華、発散ってやつやな。陽性がなんやねん。薬もいらん。支配やら従属やら、そんな世界はくそくらえや。
世間の条理に中指立ててバレー浸けの生活しとった冬。今年もシード権で出場した春高の二日目──俺らにとっては初日。その日から少しずつ何かが変わった。悪い方向に。
古豪とかなんとか、なんやえらそうなこと言われとるけどギリギリでなんとか這い上がって来たような東北の高校。そん中で、俺と同じユースに選ばれた男……の、隣でちょこまかと動く、目立つはずがない注目されることもない程度の選手。一年でレギュラーなんはなかなかやるやん。ええバネは持っとるな、でもその自信へし折って終わりやろ。さっさと次の強豪校と当たらな。そんなふうに相手舐めとったはずなんに、いつの間にか身体中の毛が逆立つような興奮の中で試合しとった。ほんま楽しくて夢中で、サムも俺と同じくらい、いや、ぱっと見わからんやろうけど俺以上に熱くなっとった。実力は俺らのほうが絶対に上。やのに、コンマ数秒の間の読み合いが一つずれただけでも結果は決まる。バレーっておもろいなあ。そのおもろいもんの中で、目が離せなくなるほどに眩しいもんを見つけた。
翔陽くん。試合が終わっても頭の半分をあの男が占拠する。今日の出会いだけじゃ済まさん。何がなんでも絶対に、試合で捻り潰して、それから俺のそばに来させたい。俺とバレーで繋がりたいって、思わせたくなった。俺を欲しがらせたい。
試合会場から帰ったホテルのベッドの上で、はっとした。微睡みながら試合を思い返していた頭に、閃きのような何かが差し込む。翔陽くんに、俺を欲しがってほしいって、なんやそれ。それって、もう俺のほうが求めとるやんな? また試合したい、勝って悔しがる顔を見たい。欲を出せば一緒のチームでプレーしたい。その日をもう今から待ち侘びとる。それが彼に対する一番の望みやけど、なんか、なんかちゃうねん。バレーによって隠されてたもんが露わになる恐ろしさ。他にもっと何か、でっかくて重い、うざったいのに抑えられんような感情がある。それに気付いた。なんやろこれ。認めたくないが、こわい感じや。泥の中に手を突っ込んで探し物しとるような、嫌な感覚。俺が今まで否定して、自分に目隠しをして見ないようにしてきたもの。気付きたくないのに、無理やりこじ開けられるような。
欲しい。首を掻きむしりたくなるほどの渇望を抱えとる自分がおる。
それを自覚してもうてから、身体に少しずつ不調が出るようになっていった。不調て言っても、部活とか就活とかにはそこまで影響は出んかった。でも、俺にとっては不調。これまでの俺とがらりと変わってしもたんやからな。心の底には常に、焦るような気持ちや小さい穴がぽっかり空いとるような感覚が居座っとる。そのせいでいつの間にか疲れが溜まっとったんやろか。思えば、あまりに眠くて飯も食わずに寝続ける日もあれば、逆に睡眠が浅い日もあった。そんな夜に考えることは決まっとる。目を瞑れば瞼の裏では、小柄な彼がじっと俺を見据えとった──ここにきて俺はついに、己の生まれ持った性を受け入れざるを得なかった。
でもそんな不調抱えとるなんて表に晒すことできんやん。これまで肩怒らせて陽性なんて囁き声跳ね返してきたんやから。しかも主将なってもうたんやから、性に翻弄されてなよなよなんてしてられんやろ。
俺の様子がほんの少し違うことに気付いたんは、サムと北さんだけやった。もう顔合わすことも減ったんに、それやのに気付いた北さんは、さすがとしか言いようがない。「薬、飲んでみたらええやん」て淡々と普通のこと言うから、しぶしぶ、ほんまにしぶしぶ医者かかってみたりした。蛇口捻ったみたいに出てくる下品で格好つかん欲求。普段薬なんて飲まんから嫌々飲み込んだ。それで多少は落ち着いたかもしれん。でもわかる。その場しのぎでしかないんや。
薬に頼るのはやっぱり嫌やな。なるべく飲まんで済むように、メンタルとフィジカル整えたり練習やロードに集中して消し去ろうとしたり。身体がどんどん成人に近付いて、サムも隠れて同じように苦しんどるようやった。この子とは相性まあまあ良さそうやろなっちゅう相手を見つけても、俺は俺ん中で一番をもうとっくに決めてもうたから食指が動かん。もう決めたんや。
悔しいことに夏は会えんかった。飛雄くんによれば、翔陽くんは特に変わりなく生活しとるらしい。お気楽でええなあ。俺はこんなんなっとるっちゅうのにな。次の冬、そん時こそきっとまた同じ場所で会うことになる。彼を目の前にして俺は理性を保てるやろか。衆人環視の中で酷い有様にならんようイメトレは欠かせん。会ったら、もう一度確かめる。俺自身に問いかけて間違いやないって、確かめるんや。
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それは、ねじ伏せたいのに捧げたくなるような欲望。彼の全部がこっち向くまで、この渇きは癒されないと本能で知った。
再び対峙したオレンジコート。この日を明日か今日かと待っとった。待ち侘びすぎておかしくなりそうやったくらいや。ネット越しに交える一年振りの視線に、リベンジへの興奮と、運命のフェロモンを感じる興奮とがどっと湧き出す。イメトレが功を奏してか、単に試合のほうに刺激されてアドレナリン出まくっとったからかは知らん。欲に負けて無様な姿晒すことはなく、そもそもそんな危機なんざ頭の隅にも浮かばんかった。一年育った翔陽くんのブロード、スパイク、速攻、俺らを倒すことしか見えとらんわくわくしとる目。それが全部、全部楽しくて、欲しい。舌舐めずりしながら同じボールを追いかける。