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    真央りんか

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    真央りんか

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    ノスクラ。猫で釣ろうとするノス。できてない。猫の毛色は見つけやすいよう白設定です。

    ノースディンは吸血鬼用の姿見の前で、一部の隙も無い己の姿と見合っていた。今夜こそ、と期するものがあるのだが、成功率を上げて臨みたい。
    足下でやはり主人の仕上がり具合を確認している使い魔に声をかける。
    「協力してもらいたいことがあるのだが」



    待ち合わせ場所でクラージィと落ち合った。今夜は食事の約束を取り付けてある。
    挨拶の直後、クラージィの目がノースディンの胸元に向いた。
    「コートに何かついて……動物の毛ではないか?」
    「ああ、失礼。うちの猫の毛だろう。ありがとう」
    素知らぬふりで礼を述べて服を払う。
    「家に猫がいるのか」
    「いるが?」
    「! 初めて聞いた。どんな子だ。写真を見せてもらえないか」
    「…まず店に入ろう」

    席について注文を済ませ、乾杯をするところまでクラージィは充分我慢した。そして解放するように、猫についての話を再開する。
    「それで、どんな子なんだろうか。いるのは一匹か。写真があるなら見せてほしい」
    ノースディンは無言でスマホを取り出した。少しスクロールして、表示させた画像をクラージィに向ける。
    「お…こ、これだけなのか? だが充分に美しい……本当にこれだけなのか?」
    クラージィに見せたのは、いつかヌースタ用に撮った写真だった。たいていの界隈で猫が人気なのは知っている。だから匂わせに、しっぽの一部分だけ入れて撮影したのだ。ただ、結局この写真はアップしてない。
    「これだけだ」
    ノースディンの答えに、癖毛の男は僅かにしょげる。
    「猫と暮らす者はたくさん猫の写真を撮るものだと思っていた。それにしても美しい毛並みだ。これだけでも全身美しいことがわかる……くっ」
    画面隅のしっぽに惹かれれば惹かれるほど、全身を見られないのが歯がゆいらしい。
    「当猫が撮られるのを好まない」
    「…ならば仕方ない」
    今度撮ってこいと言われかねないのを先回りしてそう告げれば、クラージィはあっさり引いた。猫優先なのが彼らしい。
    ノースディンがそう感じたところで、クラージィが微笑む。
    「猫の気持ちを尊重するのがお前らしいな」
    クラージィの中で自分がどういう評価を得ているのか、しばしば思い悩ませられる。ノースディンが反応に窮したことなど気付かぬ様子で、クラージィは質問を続けた。
    「名前を聞いてもいいか」
    「レディと呼んでいる」
    「素敵な呼び名だ。では女性なのだな」
    「ああ」
    スマホ画面に見入っていた目が、そこでちらっと上げられた。少し笑っているその意味を、ノースディンは聞かないでおく。
    「レディの毛色は模様なしでこの一色か? 瞳の色は?」
    「白一色だ。瞳は青」
    「ああ…」
    クラージィが溜息を洩らして目を閉じた。頭の中でレディの全身を思い描いてるに違いない。クラージィが想像を巡らせている顔を、遠慮なく眺めさせてもらった。しばらくして再び目を開けた表情は、とても穏やかだ。
    「何年くらい一緒にいるのだ? 子猫の時からか?」
    返されたスマホをしまいながら、ノースディンは苦笑した。当たり前のような質問だが、これはきっとわかっていない。
    「クラージィ、レディは私の使い魔だ。正確な年数は自信がない」
    ノースディンの回答に、クラージィはきょとんとした。やはり、といったところか。まだまだ吸血鬼的思考が抜けている。
    理解したクラージィの顔が、ぱっと明るくなった。
    「そうか、ではレディはずっとお前と一緒にいるのだな」
    人間の感性を残したままでも、猫との寿命差はわかる。近い離別がないことに安堵する反応はとても素直だ。いつか人間相手にも寿命差を実感する日が来るだろう。だがそこまでは今すべき話題ではない。ノースディンは黙ってうなずいた。
    「それでその…」
    クラージィが迷うように少し俯き、ノースディンの様子を伺うように目だけを向けてくる。
    「使い魔ならば、外出に伴ったりしないのか? ドラルク殿のジョンくんのように…」
    会ってみたいという気持ちが丸見えで、ノースディンは笑いかけたのを咳払いで誤魔化す。
    「屋敷に閉じ込めているわけではないのだが…基本的に人に会わせていないのだ。彼女がひとりで出歩くときも、姿を見られないようにしているようだ」
    「そうか…」
    みるみるしょぼんとした姿に、早く打ち明けてしまいたくなるが、そこでオーダーした料理が運ばれてきた。
    クラージィは皿を目の前にして、意識的に気持ちを切り替えたようだ。
    向けられた笑顔に、ノースディンは小さく微笑みを返した。

    たっぷり時間をとったつもりでも、クラージィと過ごせばあっという間に過ぎてしまう。明ける前の夜の底、ノースディンはクラージィをマンションまで送った。
    数回経験しているが、互いの名残惜しさの差が激しいと毎度感じる。
    今夜も放っておけばさっさと背を向けられそうなところで、ずっと黙っていた誘いを切り出した。
    「今度よければうちに来ないか」
    先約がなく提案だけなら断られはしないと読んでいた。代わりに承諾があっさりしたものになることも。
    返事をもらうよりも先に、ノースディンはとっておきを付け加える。
    「…レディに会いに」
    クラージィの顔が輝いた。
    「いいのか」
    興奮は表情だけに収まらず、一、二歩詰め寄ってくる。
    「彼女の機嫌次第だが、前もって話はしておこう」
    突然、ノースディンは手を取られた。クラージィが両手で強く握手している。
    「ありがとう。レディに避けられないよう心掛けたいが…そうだな…」
    気が早すぎるにもほどがあるが、既に心逸らせながらクラージィは何事かを探し、次の瞬間握手を外して、ノースディンを抱き締めた。

    肩口に顔を埋め、背中までしっかりと腕を回してから数秒、ゆっくりと離れていく。
    「まずはレディに私の匂いを知ってもらいたいと思ってだな……主のお前に匂いをつけて…、逆に嫌われる…?」
    楽しげにすらすらと話しはじめた声が不意に途切れて、弱弱しい疑問になった。クラージィの顔が青ざめ、耳が下がる。途方に暮れたように、助けを請うてきた。
    「ノースディン…」
    「あ、ああ…いや、うむ…その、レディにはきちんと説明しておく。匂いでおおまかに性格もわかるから、お前なら大丈夫だろう」
    「そうか…!頼んだぞ」
    ほっと表情を綻ばせ、クラージィは再び両手でノースディンの手を握る。
    「彼女の都合がよければいつでも知らせてくれ」
    そして念を押すように握った手を軽く振ったあとは、今までのようにあっさりと「では、おやすみ」とマンションの中に消えていった。

    しばらく一人で立ち尽くしていたノースディンは、ゆっくりと宙に上昇した。クラージィの部屋のカーテンが開く。日の出はまだだが、空の底に朝の気配を感じる時間だ。閉めろ、とジェスチャーで示し、従ったのを見届けて、帰路に就いた。



    帰ったら、出かけに付け直してもらった抜け毛の成果を報告しよう。しっぽひとつで吸血鬼一人を篭絡したことを称えるのだ。
    そして接待の協力と、接待で独占しないことの協力を請わなくては。
    帰ってから最優先でなすべきことを思い描いて、ノースディンは夜明けを飛ぶ。
    新横浜から離れていくまっすぐな軌跡は、時折なにかを思い出しては、ふとふらついていた。
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