ストレートヘアが好みだった。
なんとなく好もしく感じていたところから、大人になるにつれ具体性を持った。
結った髪が解かれて、流れるように落ちるのが良い。
指の間を滑らかに通っていくのが良い。
楽しむためなのだから、好みであるに越したことはない。
ある春の夜に、迎えたばかりの血族を葬った。
灰にならず、目を覚まさない、その体を棺に納めた。
放浪を経た襤褸のままだが、彼の旅路の末には相応しいと思った。
せめてもの、と思い、一度地に伏して汚れた顔を手で拭う。吸血鬼の滑らかな肌だ。
伸びきった髪が顔にかかるのを、そっと脇に寄せる。
血と脂と泥にごわつく癖毛の感触が、手袋越しに伝わった。
棺は凍らせて封じた。
その夜着ていた服は、全てしまい込んだ。
様々な感情が手に残る感触に凝って、胸の中に石のように重く落ちる。凍らせて封じて雪深い心に深く埋めた。あんな感触は二度と知りたくない。
髪は、撫で心地の良いのが好きだ。
*
「こんの…ッ」
こちらの気遣いが素通りして、反射的に出そうになった文句をノースディンは飲み込んだ。
ソファで傍らに立つノースディンを、訳がわからぬように見上げてくるクラージィは、眼差しこそ誠実だが、頬は詰め込まれたスコーンで膨らんでいる。口はもぐもぐと絶えず動いている。
ノースディンの自宅でも呑気に寛ぐ姿に、飲み込んだ言葉を溜息として吐き出した。そこへ、
「あ、」
くぐもった声が洩れた。
流れ作業のようにスコーンを口に送り込んでいた手が止まった。
クラージィは無言でもぐもぐと続けて口の中にある分を飲み込むと、一度お茶を飲んでから、再びスコーンを手に取った。
「これで最後か…」
先程までと違って、残りの一つをゆっくりゆっくり口に運ぶ。どことなくしょんぼりと俯いたモジャモジャ頭になぜか苛立って、ノースディンはクラージィの頭を押さえ込んだ。
モシャ
くるくるとうねりながら、絡まることのない指通り。
ふんわりとした柔らかさ。
香りは届かないが、きっとノースディンが贈ったシャンプーのものだ。
未知の体験に、ノースディンは固まった。
「ノースディン?」
押さえられたまま、クラージィが目だけを上げて様子を窺う。大事そうに食べているスコーンは、もうすぐ終わりそうだ。
ノースディンはクラージィの癖毛をわしゃわしゃとかき乱した。
「なんだ?」
戸惑った反応を受けて、わしゃわしゃを延長する。
解放すると、クラージィのモジャモジャ頭は心なしかボリュームを増していた。
「追加を焼くから待ってろ」
「感謝する!」
顔を輝かせて、残りの一欠けを口に放り込んだ様子に、なぜかもう一度髪をかき乱したい衝動にかられるノースディンだった。