今日何度目になるかわからない、クラージィからのまじまじとした視線を受けて、「もういいだろう」とノースディンは軽く目を逸らした。だがクラージィは目を合わせていたわけではなく口元を見ていたので、ノースディンの反応を気にしていない。変わらぬ視線を感じる。
「もしわたしが直毛で現れたら、お前はずっと気にするだろう。それと同じようなものだ」
それを言われたらノースディンは相手の態度を拒絶できない。
今日のノースディンには、口髭がなかった。
稀に思い出したように、髭のない顔がどうなのかと雑談で出されてはいた。それをこちらもふと思い出した折、ほんの気まぐれで髭を落として来訪を迎えてみたのだが、当然というか、彼の視線はノースディンの顔にずっと釘付けだった。
ずっと見られ続けているものの、最初の驚きは消えてきた。さすがにそろそろ落ち着いてきたかと思われた頃、クラージィがそれまでになくそわっとした様子を見せた。
「…キスをしても?」
丁重に許可を取ろうとしてくる。
いつか、髭なしのキスを教えると言ったことは記憶にあっただろうか。
「もちろん歓迎だ」
ノースディンからは動かず待ち構えると、クラージィが身を寄せ、顔を寄せ、一拍ためらってから唇を重ねてきた。
ただ重ねるだけのキス。
数秒してから、クラージィがゆっくり離れてゆく。難しげな複雑な表情をしていた。
「やはり、普段あるものがないと、妙な感じだ」
妙と言われようと、ノースディンは急速に機嫌がよくなるのを感じていた。
滅多にないクラージィからのキスには癖がある。
初めのうちは、勢いのまま正面からきてうっかり髭を食むこともあった。それを避けるためだろう。僅かに下からきて、上にずれるように重ねてくる。
今もだ。
今日は髭がないから必要ないのに、無意識に動作が染みついている。ノースディンに合わせて身についた癖だ。
ノースディンはクラージィの頬に手を伸ばし、そっと指の背で撫でる。
もう一つ気付いたことがあった。
髭が触れて伝えてくる感触がない分、欲張って深く求めたくなる。もしゃっと後頭部に手を回して促し、意図を悟ったクラージィが応える。
今度はノースディンの欲のまま少し深めに貪ってから解放すれば、頬を紅潮させて、先程よりも迷いなく難しい顔をしたクラージィがいた。そして口元をもぞつかせてから、生真面目な口調で言う。
「妙ではあるが、たまにならいいと思う」
沈黙が漂った。顔に反応がやってくるのを自覚してノースディンはそっぽを向く。
「…ノースディン?」
「見ないでくれ」
「顔が赤いな。大丈夫か」
「言うな」
またしても見られている気配のあと、クラージィの空気が緩んだ。
「やはり、たまにならいいと思う」
ノースディンは眉間にしわを寄せて目線だけ返す。
「気に入ってもらえて何よりだ」
そのまましばし見つめあい、互いに軽く笑っていつもとは違う三度目のキスを交わした。