三木のことは顔を合わせる前に存在だけ聞いていた。昔から神在月の原稿を手伝いに来てくれていること。そして、神在月がようやく一皮むけた自作品の主役の一人、ムツのモデルであること。
神在月の作品が連載会議を勝ち抜いていよいよスタートを切るところで、数回分の原稿を貯めておく中、クワバラが神在月のところへ顔を出した日に三木がいた。
ムツのモデルと聞いていたが、体は想像より大きい。退治人をしているということだった。こんな室内では立つ座るくらいしか確認できないが、神在月の奇行に対処する姿からも、動ける人間なのは納得できた。
プロアシでも漫画家志望でもないとはいえ、今まで手伝いに来てただけのことはあり、一通りの作業内容はクワバラが見ても安心できる。そして神在月の扱いがうまい。いい人材だと思ったので、正直に一度軽く当たってみた
「三木くん、他の先生んとこもアシでけへん?」
「できないです」
にべもない断られ方で、その時は深く掘るのはやめておいた。
その日クワバラはシンヨコではなく横浜で仕事があった。用事をすませ、手土産にできそうなものを買ってくるように言われていたので、駅直通のモールの通路に出ていた店で見繕うことにした。臨時出店といったブースで、適当にささっと決める。
「この十二個入りのを」
指差しながら店員の顔を見て、クワバラはそこで少し考え込んだ。
「三木くんか?」
「十二個入りですね。何箱ご入り用でしょう」
「あ、あー、ちょお待って、やっぱこっちにしよっかなー」
クワバラの疑問は受け流されたが、迷ってるふりで棒読みしながら、店員の顔をよく見ると、間違えようもなく三木だ。まるで印象がちがう。必須の場面ではきちんと営業スマイルできるタイプだったらしい。
「三木くん、ここで働いとるん?」
「ちっ」
「いま舌打ちした?」
見る限りはにこやかな店員だが、実際はクワバラが客でいなければ追い立てられそうだ。
「こっちのチョコもいくつか入れよかー、アナログできるアシさん需要あるんやけどー、あ、イチゴもええなあー」
見上げた顔はまだ営業スマイルを保っている。
「神ちゃん先生以外は初めましてやし、食事や逃避の面倒みるとこまでは頼まんよー、えー、これとこれとこれ十二個入りを二個二個三個で」
ありがとございまーす、と軽い調子で返してきて、スと三木の表情が薄くなる。
「俺のヘルプアシはシンジ相手だから成り立ってるんであって、他の人のはできません。それにじっとして拘束時間長いのは性に合わないんで、なんか好条件乗らないと受けられませんね。お客様、こちら七点で一万五百円です」
「ほーん…、あ、はいはい、オータム書店で領収書お願いします」
現金を出して、手元の処理の流れを見ながら口を開く。
「ほなら、臨時編集やらへん?」
その提案はさすがに意表をついたらしい。怪訝そうな色と共に、三木の視線が一度チラッと上がった。
「なんの見識も技能もないんですけど」
「あるよ。退治人してるて聞いてるで。うちの会社の入社条件は、武具の扱いと武術や。臨時もそれに準ずる。カチコミ用の増員やと思ってもらえばええよ」
「…出版社ですよね」
「おう、仁義はどっかにあるはずや」
クワバラは出された領収書と商品を受け取った手の陰で、カウンターに名刺を置いた。
「臨時頼む時は大きな案件やから、払いも悪くないはずや。興味あったらここに連絡先よこしてな」
ほなおおきに、と言い残し、次の客が来たのでさっさと店の前を離れる。
様子を窺うと、名刺はポケットにしまわれていった。神在月とのこともある。ひとまず捨てられずに済んだらしい。見ていたことに気付かれたので、ひらひらと手を振った。あちらは接客に入っているので、特に返しはない。
次の編集総会が楽しみになりながら、クワバラは土産の紙袋を提げて混雑した改札へと急いだのだった。