本線が何でも言う事をきいてくれるけん朝いつものように出勤したら机の上に何か置かれていた
長方形の紙切れが三枚無造作に出してあると言う状態で、手に取りしげしげと眺める
「本線が何でも言うことをきいてくれるけん」と手書きっぽい字で綴られたそれはいわゆる子どもが作るような肩たたき券を連想させた
これが西のエリアなら在来たちの悪戯とでも思えるのだが、ここは東の高速鉄道が集う一室であり
あいにくこう言う悪戯を仕掛けてくるような路線に心当たりはなかった
一応裏も見てみたが特に何も書いてなった
「山陽、何をしている」
「あ、東海道」
不審な行動をする山陽新幹線に書類をもった東海道新幹線が話しかけれる
言うより見せたほうが早い、訝しげにこちらを見ている東海道新幹線に手の中の一枚を差し出す
一応受け取った東海道新幹線はさっと目を通すとぎゅっと眉を寄せた
「山陽…きさま、何をつくっているんだ」
「ちがうって!朝来たら置いてあったんだよ!!」
よく見ればその紙切れに書いてある字に見覚えはなかった
誰の仕業かは分からないがからかわれているのだろうと結論付けた
「まぁいい。それよりも、この間の資料に訂正する箇所がある」
「どこ…ああ、了解。あ、何ページか忘れたけど真ん中くらいのところ…そこ。そこの数値の単位おかしくないか?」
「む、そこは後で確認しておこう」
ぱらぱらとめくり、該当するページに忘れぬようにと手に持ったままの紙切れをはさんだ
山陽新幹線がちらりと時計を確認すると手早く手元の資料をまとめて立ち上がる
「じゃ、俺あと西だから」
「うむ」
山陽新幹線が席を立った後、そのまま東海道新幹線は紙をはさんでいた資料を開き黙々とチェックを続けていると
ふらりと側を通った上越新幹線が立ち止まった
「なにこれ」
「予算案の資料だ」
「ちがうって、この肩たたき券みたいなやつだよ。なに?ジュニアがつくったの?」
「いや…山陽の机にあったらしい…ジュニアの字ではない」
手元の資料から目を離さず答える東海道新幹線にふーんと気の無い返事をしてもう一度紙を見る
「ふっ、本線が何でもね~ …面白いなぁ、先輩に使ってみようかな」
「私は忙しい、好きに持っていけばいい」
書類業務や打ち合わせに追われる間に東海道新幹線はすっかり券の事など忘れてしまった
ーーーーー
山陽新幹線が再び券のことを思い出したのは西の在来の詰め所でのことだった
なぜなら山陽本線に渡すファイルのなかにその券がはさまってしまっていたからだ
「?なんですこの紙?」
ソファに座ってコーヒーを飲んでいた山陽新幹線が山陽本線の手元に目を向けると合点がいったという表所をする
「あー、それ?何か東のデスクに置かれててさ。悪戯かなって」
「はは、舐められたもんですね」
紙切れをしげしげと眺めながら山陽本線が鼻で笑う
その姿に山陽新幹線は苦笑した
「まぁこんな子供だましみたいな物で本線が言うこと聞くと思われるなんて…」
「いえ、こんな紙切れでも無いと部下に命令できないと思われてるなんて」
「そっちか~~そっか~~~いや!俺上官だからね!!敬ってとは言わないけど…もう少し労わってよ」
ぶちぶちと文句を言っていると目の前で紙切れをひらひらと振っていた山陽本線がぴたりと手を止めた
その不自然な動きに顔を上げれば妙にぼんやりした山陽本線が見るともなくこちらを見ていた
そしてふらりと己の背後にまわり、両肩に手を置くとゆっくりともみ始めたではないか
平素なら有り得ない事態に混乱し、素っ頓狂な悲鳴を上げながら飛び跳ねるようにソファから立ち上がる
「うわぁ!!えっ!?こわいこわい!どうしたの明日突然大型竜巻が発生して俺運休になっちゃうの!?」
ぎゃんぎゃんと喚くと、山陽本線がはっとしたように瞬きを何回かすると不思議そうに首を傾げた
「…?すんません、なんかぼーっとして…何の話してたんでしたっけ」
じっと本線を見るが冗談ではなさそうだ
手元でかさり、と音をたてる紙切れをじっと見た
『本線が何でも言うことをきいてくれるけん』
今日は午後から新大阪での業務だ
そして朝にジュニアから決裁が必要な書類があると連絡があった
「えっと、じゃあ、お大事に!!」
「はぁ?」
手の中の券をそっとポケットにしまい、事態が飲み込めてない山陽本線に声をかけて部屋を飛び出した
ーーーーー
東海道新幹線が再び券のことを思い出したのは東の高速鉄道の執務室でのことだった
なぜなら上越新幹線から猛烈な電話がかかってきたからだった
「は…」
「ちょっと!!!!あの券なんなの!!???先輩に冗談でつかったらめちゃめちゃに褒められて甘やかされたんだけど!!??」
耳がキーンとなるほどの声量で叫ばれたその内容に唖然とする
未だに悲鳴が垂れ流されているスマホを切りながら、東海道新幹線はふと嫌な予感を感じた
あのふざけた券の効果をそこまで信用していなかったが、もし万が一にもあの券が本当に何でも言うことを聞かせられるとしたら
実のところ山陽新幹線がジュニアに気があることは薄々感づいていた
弟はああ見えてしっかりしているしこちらとしては運行に支障がでないような付き合いであれば別に口出ししようとは思っていない
だが、普段のやり取りからはどう見ても好意らしきものは感じられない
もし思いつめた山陽がこれを好機と思ってジュニアに害を成そうとしたら…
「はっ…確か今日の午後からジュニアは新大阪のはずだ…!」
椅子を蹴倒さん勢いで立ち上がった東海道新幹線は一目散に駆け出した
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「ジュニア!!無事か!!!」
新大阪の執務室をノックもせず駆け込むと、ソファに座るジュニアがまず視界に入った
そしてその膝の上に頭を乗せて横になる山陽新幹線の姿があった
驚いたような顔をするジュニアがこちらを見て口に人差し指を当ててしーっと言うので
静かに近づくと、どうやら山陽は眠っているようだった
「…大丈夫なのか?」
「山陽さんの首の話?この人この角度でよく寝れてるよね」
正直、それを聞きたかった訳ではなかったが見る限り無事そうだ
「まぁ、突然ソファに座らされてすごく思いつめた顔でこの券差し出しながら“頭を撫でて欲しい”って言われた
時は別の意味で頭痛がしたけどさ」
「…そ、そうか」
「ほどほどの所でネタ晴らしして落っことしてやろうって思ってたんだけど、妙に大人しいなって思ったら寝てたから…男の
硬い膝の上で寝れるなんて山陽さんもよほど疲れてるんでしょうよ」
なので俺はこれをでっかいアクティーと思うことにしたって訳です
足が痺れる前には叩き起こしますよ
そう言ってさわさわと頭を撫でる姿は普段の関係からは遠く見えた
思ったより複雑な状況にどうしたものかと思ったが段々考えるのが面倒になった東海道新幹線は
とりあえず弟の貞操が無事であることからなるようになってから考えることにした
ちなみに山陽さんは五分後に自力で目を覚まし、ジュニアににっこり微笑まれたあと
しっかり叩き落とされていた