三日月は混ぜる係「……今日はソファで寝る」
おやすみ、と視線を合わせぬまま告げられたので勝手にすればいいとベッドに潜り込みながら適当に相槌を打った
なぜわかってくれないのか
ただ一緒に居たいだけなのに
(確かに、順番は逆になってしまったが……)
相談する前に話を進めたことは悪かったとも思うが、物事にはタイミングがあり
ここぞと言う時を逃せば次は無い
俺が話せば国広のことだから理解してくれるだろう。そう思ったのに
ちゃんと話をしたかったのに国広は怒って取り合ってくれなかった
カチコチと時計の秒針の音だけが響く部屋で妙に隣がスース―と風が抜けていくような気がして眠気が訪れる気配がない
枕元に置いたスマホを手に取り待ち受けを表示させれば青白い光に目が眩む
(三時か……)
寝返りを打ち、溜息が漏れた
時間が経つにつれ、頭が冷えて段々と冷静になってきた
謝ろう、そして話をしよう。そっとベッドから起き上がりリビングへと向かう
寝室と同じく静かな空間に少しの違和感を感じる
まるで自分以外居ないような…
「国広…?」
ソファの上にはきちんと畳まれた毛布だけがそこにあり、温もりなど一切残っていない
動揺したように視線を彷徨わせれば机の上にはすっかり擦り切れたおそろいのストラップが付いたままの部屋の鍵が残されていた
思わずその鍵を握りしめ、外へと飛び出す
どこへ行ったかなど検討もついていない。それでも、とにかく一分一秒でも早く探しに行きたかった
エレベーターを待つ時間すらもどかしく非常階段を駆け下りる。慌てて玄関にあった靴を履いてきたが素足のまま無理矢理足を突っ込んだ革靴は容赦無く素肌をなめす
あっという間に生まれた靴攣れに足が痛む
その痛みなどこの胸の痛みと恐怖に比べるべくもないだろう
エントランスを抜け、右か左か
すっかり上がった息に生理的な涙が浮かぶ、まるで迷子のような表情を浮かべる三日月の背後から声がかかる
「三日月…?何しているんだ……またそんな薄着をして……」
振り返ればそこに、コンビニ袋を片手に立つ国広が居た
ふらふらと近付き、そのまま裾を掴む
様子がおかしいことに気が付いたのだろう、国広は自分の着ていたカーディガンを羽織らせるとやさしく背中を撫でた
「どうした?また怖い夢でも見たか…?」
「リビングに…、くにひろが居なくて…」
「あぁ、食パンと牛乳を買いに行ったら無くて三軒もはしごしたんだ」
「鍵が、机の上にあって」
「すまない、アンタの鍵借りたぞ。出かけようとしたら俺のストラップが切れそうになっていたから置いて言ったんだ」
物事には全てタイミングがあると思っているが、今回ばかりは尽く悪いほうへとあってしまったようだった
自分から離れていこうとした訳ではないと分かっていてもまだ恐怖が残る体でぴたりと国広に正面から抱きつく
「国広……相談も無しに、すまなかった……」
「三日月……。俺も………話を聞かずに怒鳴って悪かった」
実は朝起きたらきちんと謝ろうと思ってて、朝ごはんに三日月が好きなフレンチトーストを作ろうと思い立ち買い物に走ったんだ
どうせ眠れなかったしと苦笑する国広に背中へ回した手にぎゅうと力が入った
「俺も…頑張って手伝うから一緒に作ろう……」
「えぇ…まぁ、卵と牛乳まぜるくらいなら三日月でもできるか…?」
「あと、……めちゃめちゃえっちなセックスしたい」
「………ふ、風呂に入ったらな……俺もだけどあんたも汗かいてる……?本当にどうした?」
二人で手を繋いだまま部屋へと帰るとさっさと三日月をバスルームに突っ込み、買った物を冷蔵庫へとしまい込み
風呂から上がった三日月と入れ替わりに自分もシャワーを浴びる
ほかほかと温まり、三日月が待つ寝室のドアをそっと開く
「み、みかづき……」
「……くにひろぉ……むむ……」
ふかふかの毛布に包まる三日月の頬を撫でれば小さく唸って重たそうに瞼が開かれる
「眠そうだな……今日は寝るか」
「んん……やだ、する。したい……」
「はいはい、もう寝てしまえ。元気になってからめちゃくちゃえっちなセックスでも何でも好きにしてくれ」
ぐずる三日月をよしよしとあやす様に抱きしめ撫でてやれば体温と香りを感じて大人しく眠り始めた三日月の穏やかな寝顔を見つめるうちに国広も夢の世界へと旅立っていった
数時間後、目を覚ました三日月が明るいうちからめちゃめちゃえっちなセックスをすると押し倒したことによって国広の雷が落ち、再度喧嘩になるとは思えないほどの穏やかな時間だった