「……デクがいっぱいだ」
ぽつりと呟いたロディの視線の先を辿るとそこにあったのは、とある女性の鞄だった。ロディの発言を出久は脳内で繰り返す。ちらりと隣を見ればロディとピノが同じような表情で怪訝な目をしていて、出久は息を詰めて肩を二度ほど細かく揺らした。
人が行き交う繁華街。そこにある歩道で出久の隣を歩くロディの視線の先には、相変わらず見ず知らずの女性が持つバッグがある。
「あれは痛バだね」
「イタバ?」
「痛いバッグってことなんだけど」
出久からしてみれば結構見慣れたものであるのだけれど、どうやらロディは初めて見たらしい。女性の持つ鞄には大量の同じ顔をしたヒーロー・デクの缶バッジが飾られ、大中小のデクぬいも複数ぶら下がっている。世に言う典型的な"痛バ"である。
さて、どう説明するべきだろうか、と出久は苦みを存分に混ぜた笑みを浮かべる。なにせ自分の痛バだ。好きを主張してくれるのはありがたいし嬉しいなと思うのだが、それを人へ説明するのはなんとなく憚られる。しかし隣で眉間に皺を寄せているロディのその皺を伸ばしてあげたいのも事実だ。
「ouchってことか? あれを武器にして戦うってこたァないよな……?」
「急に物騒になったね。そうじゃなくて……あー……ニュアンス難しいな。痛いっていうのは物理的じゃなくて精神的というか……見てて痛々しいというか……それをわざと作って自分の好みを主張するというか……」
つんと飛び出ているロディの唇に触れたくなる衝動を抑え、出久自身も眉の間に皺を作りながら適切な言葉を探す。そうして出久が唸っていると、ロディが真剣な眼差しで痛バを見つめ、すっと腕を組んだ。
「……つまり、あれはジャパニーズカルチャー……?」
ロディの導き出した答えに、出久は大きく頷いた。
「そう! そういうこと! ……なんだけど、それで片付くのもなんだか複雑だなあ」
「日本のオタク文化って言ってくれりゃ割となんでも納得できるぜ。近くにわかりやすい例がいるからな」
ロディがへらりと歯を見せて笑ったのを出久は頬を軽く引き攣らせながら「それ僕のことじゃないよね」と一応言葉を挟めば、ロディが大袈裟に肩をすくめたので、出久はその薄い体を肘で軽く小突く。合わせてじとりと睨みつけてみるが「愛されてるねえ、ヒーロー」だなんておどけて、ピノとくすくすと笑い出したロディが可愛かったので、まあ、別に目くじらをたてることでもないし、出久がオタクなのは事実だしなと出久は自身の体からすとんと力を抜いたのだった。