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    mame

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    出ロデ プロヒ×パイロット 三ヶ月記念日の話

     なんとなく、浮かれて、花束を買った。
     その花束を購入した花屋がたまたまプロヒーローである恋人が勤める事務所の近くで、自身の腕に嵌る時計の文字盤を見れば、もう彼の定時間近で。今日は絶対に定時で上がるから! とトークアプリに朝早くからメッセージが届いたことを思い出して、迎えに行ってみるか、なんて、気紛れに思った。
     だからロディの耳に、恋人の働く事務所の前でヒーローコスチュームから着替えた私服姿の恋人本人と、おそらくその恋人の先輩ヒーローらしい人間との会話が聞こえたのは、本当に偶然だったのだ。
    「今日、記念日なんですよ。だから飲み会はすみません、また今度誘ってください」
     眉尻と頭をを下げた恋人である出久の姿を認めて、ロディが反射的に隠れてしまったのは特に理由はない。ただ、堂々と聞いてはいけない会話かもしれないと思ったのは確かだ。だからといって、隠れて聞いていいのかは定かではないのだけど、この時のロディはそれを良しと判断した。
     花束と空港から引いてきたキャリーケースを持ち自動販売機の影に潜む、肩にはピンクの小鳥を乗せた成人男性は、この街の人からしたらずいぶん珍しいようで、道ゆく人々がちらちらとロディを見てくる。たしかに俺もそんな人間がいたらちらっとは見てしまうかもしれない、なんてどこか冷静な頭でロディは考える。
    「へえ、なんの?」
    「恋人と付き合って三ヶ月の記念日なんです」
     しかし、そんなことに思い当たりはするものの、耳をそばだてる今のロディには知ったこっちゃないのだ。頬を僅かに紅潮させて、へにゃりと笑う出久の表情に、ロディの頬も緩む。手に持つ花束に視線を落とせば、忙しい出久に世話をかけないよう選んだドライフラワーの中の数輪がふるりと震えた。
     ────その時だった。あははは、と馬鹿にしたような笑い声が周囲に響き渡ったのは。弾けたように空気を揺らしたその笑い声にロディは花束から視線を上げる。自販機の影から声の主を見れば、やはり出久が喋っている相手だった。
    「そんなの最初の内だけだよ」
     笑いながら出久にそんなことを言ったのが、はっきりと聞こえた。きょとんとした表情で、出久が先輩を見ているのも視界に捉えた。
     ロディの心臓が嫌な音を立てる。このまま、もしかしたら、ロディのポケットに収まっているスマートフォンが鳴るのかもしれない。
     約束をすっぽかすことは流石に出久のことだ、しないだろう。ロディのことを出久が大切にしてくれているのは身に染みてわかっている。しかし、日本は縦社会が強い。どれだけ出久がロディのことを大切にしてくれていても、この話の流れから断りを入れるのは出久の性格上、難しいかもしれない。
     だから「少し飲み会に顔をだしてくるから遅れるね、ごめん」なんて申し訳なさそうなメッセージが届く可能性は、ゼロではなくて。
     自然と花束を持つロディの手に力が入り、ワックスペーパーに新たな皺を作る。肩の上でピノがピュルリと情けない声を出したので、ロディはそれを苦笑することで嫌な音を立てた心臓ごと無視した。
     今日は出久の家の近くのカフェで待ち合わせして出久の家に行くという話だったのだが、ロディはどうすべきなのだろう。そのカフェでがっつり夕食までひとりで済ましてしまうべきだろうか。この流れになってしまったなら、しょうがないことだ。付き合いというものはたしかにあって、ロディの勤め先にだってある。それがたまたま、月に一度の記念日にぶちあっただけ。これから先だって記念日はあるわけで、さらに言えばこれからもこういうことはいくらでもあるはずで。その最初が、今回だったという話だ。自身を納得させる言い訳なら、いくらでもできるのだ。
     そんなことを薄く口元に弧を描いて、つらつらと考える。思考に一区切りをつけてから、変わらず自販機の影に隠れるロディがちらりと出久を見れば、きょとんとしていた出久がぱちぱちと大きく瞬きを数度して、にこりと微笑んだところだった。
    「じゃあ最初の内だけなら尚更、全力でお祝いしとかなきゃもったいないですね!」
     ぐっと胸の前で拳を握った出久は、それはそれはいい笑顔で。ロディは唇を内に巻き込み、震えかけのそれを誤魔化した。
     出久の元に今にも飛んでいきそうなピノを、持ち上げた花束で防げば、ふべっと間抜けな音を出す。しかし、構ってなどいられない。
     出久のその言葉に、ぽかんと口を開けた先輩の姿が見える。だというのに、出久は満面の笑みを浮かべたまま、やたらと気合の入った声で大きく一度頷いた。
    「事件も怪我もない状態でスムーズに祝えるのも貴重ですもんね。早く帰ろうと思います!」
     空まで突き抜けていきそうな爽やかさで、出久がお疲れ様でした! と呆気に取られたままの先輩に勢いよく頭を下げた。尚も飛んでいきそうなピノを花束を持つ手で雑に一緒に鷲掴み、ロディは大きく息を吸う。膨らんだ肺からゆっくりと、細く、長く、二酸化炭素を吐き出した。じわりと目の奥が滲んだ気がしたけど、ロディは気付かなかったことにする。だって今日は、出久の言う通り、事件も怪我もない状態で祝える、貴重な記念日なのだから。
     たしかに、最初の内だけかもしれない。出久が仕事だったり、ロディがフライトの予定をうまく合わせられなければ、月に一度の逢瀬すら大変なふたりには、記念日を祝い続けるのは難しいことだろう。
     だからこそ、祝えるものは、祝えるときに、祝っておくべきなのだ。
     分厚いソールで地面を軽やかに蹴る恋人の足音が近づいてくる。手の中で暴れ続ける自身の魂を一笑して、ロディはぱっと手をほどき解放してやった。一直線に足音の元へ飛んでいくピンク色の心に口元を緩ませて、ロディも自販機の影から飛び出した。驚きで素っ頓狂な声をあげた後、世界中の春をいっぱい詰め込んだような微笑みを出久がロディとピノに向けるまで、あと──。
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