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    kitanomado

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    kitanomado

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    さみしいさとみくんの話

    スタンド・バイ・ミーその着信音が鳴ると僕の親指は勝手に、いつもより素早く画面の上を走る。

    「もしもし、」
    「聡実くん起きてたん?」
    「起きてますよ。どないしはったんですか、電話珍しい」
    「聡実くんの声聞きたなってん。最近そっち行かれへんから」
    鼓膜を震わせるその低い声に、鼓動が少し早くなる。狂児はいつもこっちが恥ずかしくなるような類いの言葉を平気でぽんぽん投げてくるけど、僕はいつもそれになんて返していいかわからない。「嬉しい」とか「僕も声聞きたかったです」とか。そういうのが正解なんだろうか。だけどそんな言葉、胸の奥の方にはあっても、絶対に口から出てこない。もし口に出せたとしても、言ったが最後恥ずかしすぎてきっと後悔する。
    黙ってしまった僕には構わず狂児はのんきな声で「今日バイト休みー?」と続けた。
    「テスト中なんで休み貰ってます」
    「あら、ほんならお勉強中か。偉いなあ。テストいつまであんの」
    「一応明日で最後です」
    それから僕のテストや大学とか、バイトのことなんかを話す。
    「聡実くん忙しそやなあ。ご飯ちゃんと食うとるか?来月はそっち行けるから飯食いに行こ。聡実くん食べたいもん考えとってな」
    横目で机の卓上カレンダーを見る。来月、来月か。全然まだ先のこと。遠いな。なんて思いながら「うん」と小さい声で答えると、スマホの向こうで一瞬だけ間があった。
    「聡実くん眠たい?」
    「平気です」
    「やけどお勉強あんねんな。ほなそろそろ切るわ。またネ。聡実くんのお声聞けてよかったわ。おやすみ。あ、お腹出して寝たらあかんで」
    「おかんか」
    笑い声と一緒に「ほんならな」と言って一方的に通話は切れた。部屋はしんとなり、夜の通りを走っていく車の音が聞こえた。さっきまでの、僕が勉強していた部屋に戻る。教科書に目を落としたけど、何も入ってこなかった。久しぶりに聞いた狂児の声が耳の奥に残ったまま。だけど、話していた最中にはぬくぬくしていた胸のあたりが少しずつ冷えていく感じがした。ふう、と息を吐く。いつもいつもこの瞬間は好きじゃない。
    電話じゃなくても、狂児と会って、ご飯を食べて、話して、それから色々して「また今度な」って別れたあとはいつも体の中がすかすかになる感じがする。それは、体の中だけじゃなくて狂児がいなくなった部屋もやっぱり同じ様にすかすかに感じる。いつもいる見慣れたはずの狭い僕の部屋やのに、全然違って見えてしまう。
    もし僕が「会いたい」って狂児に言ったらどうなるんやろ。きっと、狂児は無理してでもやってくる。少しくたびれた感じで、だけど「疲れた」とか「しんどい」とかそんなことは言わないで、いつもみたいに、なんてことないって顔をしてやってくるんだろう。
    大阪、やっぱ遠いやんな。距離だけやなくて、仕事とか大学とかお金とか、そんないろんなもんが間に挟まって余計に遠く感じる。

    教科書に肘をつきスマホの画面に指を滑らせ、狂児とのライン履歴を開く。リアルな猫が喋るスタンプに混じった狂児の言葉を目で拾っていった。
    『さとみくん何食べたい』
    『バイト始めたん?いつから?』
    『さとみくん欲しいもんある?買ってくよ』
    『あと10分くらいでそっちつくわ』
    『さとみくんまたネ』
    『風邪?大丈夫か?』
    『おやすみ』
    その文字の羅列を見ていると、すかすかになった所がほんの少しだけ満たされる気になる。胸にぬくいものが流れ込んできて、ちょうど良い加減のお風呂に入ったみたいな、そんな気持ち。画面を見ながら畳の上に横になり、今度は別のアプリを開いて画面をスクロールしていく。並んでいる曲名のひとつをタップすると、ギターを弾くイントロとそれから少し掠れた歌声が流れ始めた。
    前にふたりで一緒にテレビを見てた時、流れてきた音楽を聴いた狂児は「懐かし」と呟いた。
    「これ、なんの曲でしたっけ。映画?」
    「そうそう、結構昔のやけど。公開されたん俺が小学校くらいん時やったんやないかなあ。オカンが好きでな。うちにCDあったわ」
    「レコードちゃうん」
    「そこまで昔やないよ。あ、でもCDはこーんなちっこいやつやってん。今あれへんなああいうの」
    そう言いながら狂児は中指と親指で丸を作った。
    「うせやん、そんなちっこいCDなん見たことない」
    「ほんまやて、聡実くん産まれる前やけどあってんて。ほら、これよこれ。見て〜」
    頭と肩をくっつけて狂児の画面を覗き込んだ。画像検索ででてきたのは細長いケースに入ったちいさなCD。
    「こんなん初めて見た」
    「俺子どもん頃はあったんよ」
    「ふうん。狂児さんこの映画見たことあるん?」
    「むかーしな。テレビでやってたやつやけど」
    「曲聴いたことあるけど映画、ちゃんと見たことないです。借りてこようかな」
    「ほな聡実くん一緒に見よ。今度借りに行こ」
    テレビの画面からはタイトルにもなっているサビが何度か繰り返される。
    「久しぶりに聴いたけど、やっぱええな。俺この曲好きやわ」
    そう言って笑った狂児の顔が、好きだと思った。
    狂児が大阪に帰ったあと、その曲を狂児用の着信音にした。ラインだけで済ますことが多いけど今日みたいにたまにだけ掛かってくる電話が鳴ったら、すぐ出られるように。アホみたいやな自分と思う。
    「…しんど」
    しんとした部屋に僕の声だけが響いた。



    翌日テストが無事終わり、友達と学食で昼を取りながら「テスト終わったしカラオケでも行かない?」って話になったけど、結局昨日、というか今日の明け方近くまで眠れなかったせいで「また今度な」って遠慮した。
    アパートの鍵を開けながらバイト今日まで休みやし、ちょっと寝よ。そう思いながらあくびをいくつも咬み殺した。部屋に入ってすぐの流しに残してある食器は見て見ぬふりをしたけど、廊下に置いてあるカゴの中の洗濯物が嫌でも視界に入る。あ、洗濯もんせなあかんかった。めんど。やらなきゃいけないことを数えながら、だけどとりあえずリュックを置いて、畳んだ布団にもたれかったら、そのまま、あっという間に意識を手放してしまった。
    次に気付いた時は窓の外はとっくに暗くなっていた。
    よう寝たな…なんて思いながら畳の上にほかってあったスマホを掴むと20時を過ぎていた。ワープしてもうた。お腹すいたな。でも、冷蔵庫ん中なんもあれへんし起きるんめんどいな、なんてぼんやりした頭で考えながらもう一度目をつぶると外の階段を重たいけど軽やかな足音で登ってくる音が聞こえた。聞き覚えのあるそれに一気に目が覚める。こんな足音をさせて2階に上がって来るのはここの住民じゃないし、僕が知っているたった一人しかいない。階段を上がり切り、部屋の前で足音が止まったと同時にスマホの着信音が鳴った。僕の指が勝手に素早く動く。
    「もしもし、狂児さん?」
    「聡実くん〜玄関開けて〜」
    「なん、で、来てんの」
    そう言いながら体は自然に動いて玄関まで早足で向かう。キーチェーンを外すのがもどかしい。ドアを開けるとその隙間から狂児の手のひらががっちりと扉を掴んだ。
    「ありがと」
    「狂児さん、どないしはったんですか」
    「ん〜?」
    玄関ドアをしめながら狂児は首を傾げた。
    「んー、やなくて。こっち来はるん来月や言うてはったやん」
    「聡実くんに会いたなったから来ちゃった」
    「そんな、人の都合も考えんといきなり」
    するんと出てきた自分自身の言葉に「しまった」と思って顔をしかめる。そんな僕の顔を見て狂児は口の端を軽くあげた。きっと、狂児は僕の機嫌が悪いと思ってるけどそうじゃない。ちゃうのに。こんなん言いたい訳やないのに。「僕も会いたかった」とか「びっくりしたけど嬉しい」とか、そんな言葉はやっぱり喉の奥の方に引っかかってしまって全然出てこない。
    「ごめんな。やけどこないだ聡実くんとお話したらな、どーしても顔見たなってん」
    それから狂児は右手で僕の顎を掴んで持ち上げると、まじまじ顔を見てからふ、と笑った。
    「え、ちょ、な、なに?」
    「顔色はええな」
    「え?」
    「こないだ電話した時、聡実くんしょんぼりした声しとったやろ。なんや体調悪かったらあかん思てな。お勉強しすぎちゃうん?それともバイトしんどいか?」
    「夜寝れてる?」と僕よりも夜に寝られてないような男が真顔で言うのがおかしい。
    「もしかして、そんなことのためだけに来たん」
    狂児は片眉をあげた。
    「そんなことなんあれへんよ」
    穏やかだけど、はっきりとした口調だった。その声音に気圧されて僕は俯いたまま呟く。
    「やけど狂児さん仕事、あんのに」
    「おじさんこういう時んために普段まじめにちゃーんと働いててん。なんとかなってるからええねんて。まー言うたら貯金みたいなもんよ」そう言って狂児はニッと笑った。
    それを、その貯金を、こんなことで消費してええんやろか。その「なんとか」するために、狂児は時間とか、お金とか色んなものを費やして僕のもとに来ている。子どもの頃は思わなかった、僕に会うために工面しなきゃならない沢山のものがあること、今ならわかる。

    狂児の指先が僕の前髪をそうっと掬った。僕が不貞腐れたり、黙ってしまった時、狂児はいつもそうやって触れて来る。
    「聡実くんに会えるんやったらな、なーんでも出来るのよ。俺」
    「愛かなあ」なんて軽い調子で言う狂児の声が、僕のすかすかな部分にちょっとずつ流れ込んで、たぷたぷと埋め尽くす。胸がぬくくなっていく。その流れ込んできたもので、胸の奥の言えなかったことがぷかりと浮かんで、胸から喉へ、喉から口へ押し出されてくる気がした。
    「ありがとう、ございます」
    だけど、やっぱり狂児の顔は見られない。狂児の高そうな、いつでもぴかぴかに光っている革靴を見ながら呟くと頭上から「どういたしまして」と返ってくる。
    「…ほんまは、会いたかったです。僕も」
    「うん」
    「…狂児さん来てくれはって、嬉しい。…です」
    恥ずかしくて尻すぼみになっていく言葉と反比例して狂児が顔を近づけてくる。
    「聡実くん」
    「…なに」
    「お顔もっとよお見して」
    「…無理」
    「な、お願い聡実くん」
    視線だけ上げると、狂児の夜みたいに濃い色をした目とぶつかる。顔が近づいたと思ったら口を塞がれた。そのまま壁に追いやられ、壁と後頭部の隙間に狂児の手が差し込まれる。少しかさついた、硬い唇の感触。疲れてるんやっぱり狂児さんのほうやん。バイト代でリップクリーム買うてあげようかな。なんてぼんやり考えていると前歯の隙間から舌が差し込まれる。柔らかくて熱い、ざらついた舌の感触が懐かしい。懐かしい、と思えるくらいには飢えていたんだと思う。狂児の舌が生き物みたいに僕の歯をなぞって、頬の内側を撫でる。狂児はいつもいつも口の中をまんべんなく舐め回す。口の中やのにくすぐったい気持ちになって、だんだん体の力が抜けてきた。それがわかったみたいに狂児の手が僕の腰を抱き、足の間に膝を差し込んで支えた。つぶっていた目を薄く開けると、至近距離すぎてぼやけた顔の狂児が嬉しそうに目を細めているのが見える。なにニヤニヤしてんねんてちょっと腹が立って胸をどん、と叩くと狂児はふ、と笑いながら口を離した。
    「も、長いねん。口じんじんするやん」
    「え〜?うそん。全然短いやろ」
    「感覚おかしなっとる」
    「聡実くん飯食うた?食いに行く?それともこのままお布団行こか?」
    「なんでその二択やねん」
    「とりあえず立ち話もなんやからお部屋あがらせて〜」
    「それ自分が言うん」
    「あ。聡実くんお洗濯もん溜まっとるやん。飯食うついでにコインランドリー行こ!」
    腰に腕をまわして機嫌よく部屋に上がりながら、狂児はスマホを握ったままの僕の左手を見た。
    「そういや聡実くん着信変えた?」
    「え、」
    「前に聡実くんのお母さんから掛かってきたときあったやん。さっき聴こえてきたんそんときとちゃう音やなー思って」
    そして狂児は鼻歌でメロディを誦じた。サビの部分を繰り返す。
    「ええ曲やんな、あれ。俺好きよ。聡実くんも気に入ってくれたん?」

    そう言って笑った狂児の顔が、僕はとても好きだと思った。
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